言論・表現の自由弾圧から戦争は始まる

12 - 2016
発 行 所
公益財団法人
新聞通信調査会
売り上げ部数が多いのは中国もの
目 次 (
月号)
言論・表現の自由弾圧から戦争は始まる 浅田 次郎︙
・・・
ネットニュース、閲覧率で新聞朝刊と並ぶ
本誌編集部︙
・・・
特派員リレー報告�バンコク ・・・
近澤 守康︙
国分 俊英︙
日記で読む昭和史( ) ・・・・・・・
ルポルタージュ「日本人ヤングムスリム」 伊藤
・・・ 亜衣︙
︻メディア談話室︼
井芹 浩文︙
「脱真実政治」の衝撃 ・・・・・・・・・・
︻プレスウオッチング︼
「その場しのぎ」は来年も? ・・・
小池 新︙
︻放送時評︼
中国市場、無視できない存在に ・・・
音 好宏︙
︻海外情報︿米国﹀
︼
津山 恵子︙
主要メディアの敗北 ・・・・・・・・・・・
︻海外情報︿欧州﹀
︼
パリ・テロから1年、犠牲者を追悼 ・・・
小林 恭子︙
︻海外情報︿中国﹀
︼
西 茹︙
中国の対日感情が改善傾向 ・・・
書評﹃デジタル・ジャーナリズムは稼げるか﹄ 坪田
・・・ 知己︙
編集後記・読者の声 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
調査会だより ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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で、 意 外 と 誰 も 書 い て い な い ぞ と い う と こ ろ を
そうきゅう すばる
﹃蒼穹の昴﹄のシリーズで書き続けています。
これはタイトルが変わってもずっと続いている
ので、一連の作品だと分かるようにしたいと版元
の講談社に言っているのですが、なかなかアイデ
アが湧かず毎回タイトルを変えてしまうので、読
者は違う本が出ていると思うらしい。 巻まで出
電話 03(3593)1081
http://www.chosakai.gr.jp/
から楽です。商売でも、アイテムを絞った方が利
益は上がる。私のようにアイテムをさまざま書き
散らしていると、商売で言えば在庫がたまって赤
字に転落するというパターンだが、ものを書くの
が好きで、似たものを書くのが嫌なので、いろい
ろな本を読んで、いろいろ料理して書いている毎
日です。
(小説家 日本ペンクラブ会長)
浅 田 次 郎
世論が封殺されないようメディアの責任重い
言論・表現の自由弾圧から戦争は始まる
毎月 1 回 1 日発行
1963年 1 月 1 日
新聞通信調査会報
として発刊
その中で今主軸になっているのは、売り上げ部
数でも一番多い中国物です。中国物というのは日
本文学の伝統で、近代日本文学では誰かが書いて
いるが、
﹃三国志﹄
﹃水滸伝﹄のような昔が舞台の
ものが多い。私が書いているのは近代中国のもの
( 1 )
40 34 31 18 1
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36
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44 43 15 38
特別講演会
歴史小説を書いていると、説得力があるからと
いって老け顔の写真を広告に使われる。実物は写
真より若い感じだと思いますが、1₉51年生ま
れの若造です(笑)。年頃から言えば、同級生が
続々と定年退職し、悠々自適の暮らしに入ってい
く最中、小説家というのは案外長命なので、まだ
若造 と 言 わ れ て い る と い う 感 じ で す 。
きょうは「日本の来し方、行く末を考える~メ
ディアの役割は?」というタイトルが付いている
の で、 そ れ に 近 い お 話 が で き れ ば と 考 え て い ま
す。私はさまざまなジャンルの小説を書いていま
す。普通、小説家というのは、「こういう時代の、
こういうテーマのもの」をずっと書いていくと、
読者も集まりやすいし、書く方も同じ資料で済む
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てい て 、 巻 目 が 月 末 発 売 さ れ ま し た 。
メディア締め付けに讒謗律と新聞紙条例
第1巻から読まなくとも分かるようになってい
OBの方が大勢いらっしゃるでしょうが、メデ
るので、興味のある方はそこだけお読みいただけ
ばよいと思います。内容は──中国の皇帝の中で ィアが一番最初に政治と関わったのは1₈₇5年
ざんぼうりつ
唯一、裁判で離婚した例がある。ラストエンペラ の「讒謗律」と「新聞紙条例」という、ほぼ同時
ふ ぎ
ー、宣統帝溥儀の側室が屋敷を抜け出して弁護士 に制定された法律です。制定されたと言っても、
を立てて中華民国の法廷に訴えた。その裁判のこ 太政官布告の時代だから手続きを踏んで法律が成
とについてで、聞く分には面白そうだが、読むと 立したわけではない。政府が「こうしなさい」と
言ったのが法となったわけで、讒謗律はあまり深
どうかは分からない(笑)。
中国のものをシリーズでいろいろ書いているう く 考 え て い な か っ た の で は な い か と 思 い ま す。
ちに、新聞記者が大勢出てきます。必ずしも必要 「政府の悪口を言ってはいけない。高官のスキャ
があって登場させているわけではないが、歴史の ンダルを暴いてはいけない。そういうことをすれ
傍 観 者 と し て、 歴 史 に 立 ち 会 っ て い る 職 業 と し ば出版差し止めだ」という、今日で言えば、「週
て、新聞記者というのは実に適役だと思います。 刊文春」が毎週差し止めというのが讒謗律です。
き そん
特に動乱の近代中国に日本から行っている特派員 ただしこれは、今日の法律で言う名誉毀損罪の原
という立場の人が主な配役で、何人も代わって出 型に当たるわけで、その後起こった自由民権運動
てくる。辛亥革命の昔は誰も見たわけではないの の弾圧に都合よく使われました。
で無責任に書いていましたが、時代がどんどん近
同時に成立した新聞紙条例も同じで、多分これ
づいてくると、その時代に立ち会った人や目撃者 が成立した背景には佐幕派の存在があります。明
もいるので、最近は責任を取らなければならなく 治政府ができた途端に、「徳川幕府の政治の方が
なっ て き ま し た 。
よかった。今の政府は絶対間違っている」と攻撃
今満州国成立のところまで話が来ていて、これ する佐幕派が出した新聞をとにかく弾圧しなけれ
を新聞記者たちがどのように見たかという視点で ばならないというのが、新聞紙条例の最初の考え
書い て い ま す 。
方だったのでしょう。
その小説を書くためには、過去においてメディ
有名な例は福地源一郎です。後に東京日日新聞
こう し
アはどのように世の中と関わってきたか、実態は で筆を振るい、日本のジャーナリズムの嚆矢であ
どうであったか、自分なりに調べ、調べる以上に った彼は元幕臣で、「江湖新聞」をつくり、明治
考えなければならない。きょうはその話をしたい 政府批判を書いて、それを売り、明治政府から弾
と思 い ま す 。
圧に次ぐ弾圧を受けます。これが一番良い例で、
佐幕派を封じ込めるための法律でした。
後に福地源一郎は西南戦争にも従軍して、日本
初の従軍記者といわれ、西南戦争の記事を新聞に
掲載したことでも知られています。西郷隆盛の反
乱は維新政府にとっては大事件だったので、親西
郷派に対する弾圧にも新聞紙条例は力を発揮しま
した。二つの法律とも、自由民権運動の弾圧に利
用され、政府批判を制限し続けたが、新聞紙条例
は後に新聞紙法という法律に変わり、明治の末か
ら昭和 年まで、長い時代にわたる言論弾圧法規
として生き続けることになりました。
われわれが戦前の世界でイメージする「言論の
不自由さ」は大体この法律が底辺にあるのだが、
それでも世の中が平和であれば、多少こういう厄
介な法律でも厄介にはならない。法律には法律と
しての理もあるので、平和な時代は理の方が勝っ
て悪い方には使われない。ところが、世の中がだ
んだんおかしくなり、戦争に傾斜していくと、悪
い方に使われ始めるわけです。
法律を作るというのは大変なことで、今の世の
ために作った法律が、今の世の人が全部死に絶え
て次の世の人になっても生きている。ところが、
われわれは次の世を予測できないから、その法律
がどのように悪用されるか分からない。これが命
のない法律というものの恐ろしさだと思います。
やがて1₉1₄年から 年にかけて、第1次世
界大戦が起きる。当時は第2次世界大戦が起こっ
ていないから、第1次世界大戦という言い方があ
るわけがない。当時の新聞を見ると、「欧州大戦」
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という言い方が多い。ドイツ、オーストリア、ト 上戦闘する時、それまでは船対船で正々堂々戦っ 年後、日本ペンクラブもそのブランチとしてでき
ル コ と い う 枢 軸 国 対 イ ギ リ ス、 フ ラ ン ス、 ロ シ ていたが、それでは効率がよくない。商船、補給 ました。初代会長は島崎藤村です。
ア、途中からアメリカ、という構造のヨーロッパ 艦、兵員輸送船などを沈めた方が効果があるだろ
ペンクラブは言論・表現の自由を主張
を舞台にした戦争だった。アメリカは意外と後出 うという発想から、敵国の船を無差別に沈めるた
今日本ペンクラブというと、いつも声明文ばか
しで、第1次世界大戦でも第2次世界大戦でも、 めに発明されたのが潜水艦です。
今話したような近代兵器は全て第2次世界大戦 り出している反政府団体ではないか、ちょっと思
最初は参加しないでお金もうけをして、後半参加
するというひきょうなところがあるが、第1次世 でも使われるが、第1次世界大戦でも多く使われ 想的に偏っているのではないかと思われがちです
ました。その結果、₄年間に、それまでの戦争と が、そうではない。あくまでも私たちはリベラル
界大 戦 と い う の は 画 期 的 な 戦 争 で し た 。
ヨーロッパで戦争は昔からずっと続いています は桁違いの犠牲者が出てしまった。正確な数はも に言論・表現の自由を主張し、なおかつ戦争に反
が、クリミヤ戦争と第1次世界大戦の間には大き ち ろ ん 分 か ら な い が、 そ れ ま で の 戦 争 の 1₀₀ 対するという立場から、いろいろ意見を申し上げ
な兵器の飛躍、化学の飛躍があった。かつてのク 倍、2₀₀倍の₈₀₀万人ぐらい亡くなったので ている団体です。皆さまも、入会ご希望の方は事
務局にお問い合わせください(笑)
。
リミヤ戦争では使われていなかった兵器が第1次 はないでしょうか。
今会員数が漸減しています。大体こういう個人
そのため、これはまずいというので軍縮が進ん
世界大戦の時には数多く登場する。それまでは単
発のライフル銃が主役だったのが、機関銃が量産 でいったり、もう戦争はやめようという話し合い 的な利益に結び付かない団体はどこも、次第に会
され、有効な兵器として使われるようになる。大 を持つために、戦勝国が集まって国際連盟ができ 員数が減っていく。これは悲しむべきことで、世
砲は大口径になり、長距離になって破壊力を増し た。私が今関わっている国際ペンも発足します。 の中、おカネになる仕事というのは、たかがおカ
たものが量産される。初めて登場したのが、毒ガ 「国同士が政府間で話し合ってもらちが明くわけ ネで、一番良い仕事はそれ以外のところにある。
スをはじめとする化学兵器です。あまりにも殺傷 がない。それよりも、国境を越えて文筆家たちが 自己宣伝ではあるが、ペンクラブはそういう団体
力が強いので制限されたりするが、いざとなれば 集 ま っ て 平 和 を 求 め よ う で は な い か、 そ の 理 由 です。
第1次世界大戦は日本の言論界においてもター
は、戦争は言論・表現の自
使わ れ る 。 機 関 銃 が 主 力 兵 器
ざんごう
由が弾圧されるところから ニングポイントでした。それまでもいろいろな法
にな っ た の で 、 歩 兵 は 塹 壕 を
始まるんだ。戦争をしたい 律があり、多少の制限はあったが、第1次世界大
掘っ て 、 塹 壕 で 弾 を よ け な が
人 間 は 誰 も い な い の だ か 戦を見、経験した人たち、主として陸軍のヨーロ
ら撃 ち 返 す よ う に な る 。 こ の
ら、世論を味方に付けてお ッパに駐在していた、あるいは留学していた駐在
塹壕 を つ ぶ す た め に 登 場 し た
け ば 戦 争 は 回 避 で き る ん 武官や軍人たちが、₈₀₀万人もの犠牲者を出し
のが 戦 車 で す 。 塹 壕 戦 に 勝 つ
だ」という考え方から、世 たあの激しい戦争を目の当たりにしてしまった。
ため に 、 航 空 機 に よ っ て 爆 撃
界中の文筆家が集まって国 「いずれこういう戦争は繰り返されるだろう。そ
しよ う と い う の も 第 1 次 世 界
際ペンができたわけです。 の時、弱小国の日本は地球上から消えてしまうの
大戦 か ら 始 ま り ま す 。 案 外 知
ロンドンに本部を置き、数 ではないか」という危機感を抱くのは当然で、で
られ て い な い の は 、 海 軍 が 海
10月12日に時事通信ホールで
講演する浅田次郎氏
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はそれを防ぐためにどうすればよいか、軍人たち
が話 し 合 い を 始 め た 。
「日 本 は 国 が 小 さ い し、 資 源 が な い。 戦 争 を 継
続するためにはどうすればよいか」、そこで考え
出されたのが「国家総動員」という考え方です。
ないならないなりに、全ての国力を絞り出せば、
国力の 分の1しか使っていない大国よりも、
分の₉使った日本の方が強いのではないか──こ
れが総力戦の思想と言われるもので、戦争目的、
国防目的達成のためには、あらゆる人的資源、物
的資源を政府が統制・運用しよう、できるのでは
ない か と 考 え た の で す 。
今から考えると無謀なようですが、当時からす
る と、 そ う い う 考 え 方 も あ り な の か な と 思 い ま
す。日露戦争にようやく勝った。外債に頼り、し
かも幸運に恵まれて勝った戦争だ。ところが、帝
政ロシアが滅びて共産国のソ連ができて、これが
大変な国力を身に付けていく。ソ連との間にはい
つか必ず戦争が起きるのではないか。前は何とか
勝ったが、今度あったらかなわんぞという危機感
が多 分 あ っ た の で し ょ う 。
明確にそう言った人はいないが、日本の満州支
配という考え方の一番根っこにあるのはそれだ
と、私は思います。「ソ連に対する脅威。そのた
めには、日本の本土に来るまでの間の、あの大き
な中国東北地区を支配しておくのが最も良い」と
考えた。それが根底にあって、総力戦を何とか達
成していこうと、ヨーロッパに何度も行き、ヨー
ロッパの事情に詳しく、頭の非常によいエリート
年に国家総動員法が成立
軍人であった永田鉄山が中心となって、国家総動
員法についての研究を続けていったわけです。
昭和
必要なものを管理・統制できる。「これは売って
は駄目。これは今年はこれだけ売る」というのも
政府が決める。つまり、経済の自由競争も許され
なくなった。
その他にもいろいろあって、あらゆる営利事業
も文化もメディアも全て、この法律の制定によっ
て政府の統制下に置かれました。戦時下では、政
府の統制下というよりも事実上、軍の統制下にな
る。くしくもこの昭和 年は泥沼の日中戦争に突
入する年で、この種の法律がとんとん拍子に成立
していった。世の中がとてもそれに反対できない
空気になっていたということです。
この空気というのは恐ろしい。先日、小説の取
材でロンドンにしばらくいたのですが、その時、
例のEU脱退に関する国民投票があり、立ち会っ
てしまった。私はまさかあの結果は出ないと思っ
ていたが、不思議なことに、イエスに投票した人
もノーに投票した人も、実はあの結果になるとは
思っていなかったようです。大変なことになった
と、選挙前日よりも翌日の方が、みんなあちこち
で議論していた。私は実際に立ち会って、国民投
票というのは良い方法ではないと痛感した。
皆さんもいろいろなことでイエスかノーか決断
を迫られることでしょうが、何らかの条件が付い
ていると思います。イエスかノーか、はっきり分
けられることは世の中にそうはない。「イエスだ
が、こ こ は だ め」と か、「ノ ー だ け ど、こ の 部 分
国民投票は必ずしも良いとは言えず
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13
国家総動員法は昭和 年に成立しますが、ご存
じの通り、その前に陸軍省軍務局長の永田鉄山は
暗殺されます。白昼堂々、軍務局長執務室で惨殺
されるという、全く謎の多い、いわゆる相沢事件
です。総力戦の思想に関して全容を把握し、リー
ダーシップを取っていたのは間違いなく永田鉄山
でした。周りの人は、同調はしていたが彼ほどの
エ キ ス パ ー ト で は な い。 そ の 中 心 人 物 が 暗 殺 さ
れ、 突 然 消 え て し ま っ た こ と に よ っ て 迷 走 す る
が、昭和 年に国家総動員法は成立する。国防目
的達成のために、あらゆる人的・物的資源を動員
できる、政府にその大権が与えられるという法律
です。
人的資源で言えば、「徴兵令」は既にあるので
兵隊は集められるが、それ以外に、学生でも誰で
も軍需工場に動員してよいという「国民徴用令」
が 後 に 付 属 し ま す。 女 学 校 に 行 っ て い た 私 の 母
は、この法律によって学校にはほとんど行けず、
三鷹の横河電機の工場で飛行機のメーターを作ら
されています。その世代の方はお気の毒に、学生
でありながら学問を全くできず、戦争に行くか銃
後で軍需物資を製造するかしかなかった。これは
全 て、 こ の 法 律 の せ い で す。 配 給 は 既 に あ っ た
が、「生活必要物資統制令」がこの法律には付い
ていて、食糧でも着るものでも、国家があらゆる
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は良いのではないか」とか、条件付きで、どっち
かと言えばイエスだ、ノーだという判断をするの
がほとんどではないでしょうか。条件抜きで「ど
っちにする?」というのは人間にとって乱暴な選
択で、選挙で議員を選ぶのとは意味が違う。私は
あれを見て、これは絶対やっては駄目だと思いま
した 。
なぜかと言えば、一番支配的なものはその時の
空気だからです。ナチス・ドイツがドイツを支配
した時に、あの熱狂的な空気の中で、ヒトラーの
言うことにイエスかノーかと言われれば、圧倒的
に「イエス」だと思います。日本にもそういう時
期があって、日中戦争の時、「この戦争を継続す
べきかどうか、イエスかノーか」と言えば、「イ
エス」に票が集まったはずです。余談ではありま
すが、だから国民投票法というのは危険だと私は
考え て い る の で す 。
第1次世界大戦よりも前に普仏戦争という、フ
ランスとプロシアとの大戦争がありました。フラ
ン ス と ド イ ツ は よ く 戦 争 す る。 対 戦 相 手 で 言 う
と、歴史上一番多いのがフランス対ドイツではな
いかと思います。そして勝ったり負けたりしてい
る が 、 1₈₇₀ 年 か ら 年 の 普 仏 戦 争 で は ド イ
ツ・ プ ロ シ ア 側 が 勝 利 し ま し た 。
当時のフランスは伝統的なフランス陸軍の志願
兵制度にのっとっていたようです。もともと戦争
というのは義勇兵でやるものですが、徴兵制を言
い出したのはフランスで、フランスの発想で始ま
った徴兵制がナポレオンの時代で確立された。ナ
ポレオンが軍務に就いていた十数年の間に、約2
₀₀万人という、義勇兵、民兵、自由兵ではあり
得なかった数の兵隊を動員できた。それでナポレ
オンはヨーロッパであれだけの勢力を張ることが
できたのですが、彼の失脚後、「徴兵制は違うの
ではないか」というので、フランスは伝統的な義
勇兵制度に戻った。ところがプロシアの方はどん
どん進化していって、徴兵制がかなり統一的に行
われていたらしいのです。
日本の陸軍は明治の初め、徳川幕府の軍政を引
き継いでフランス軍政を学んでいたのですが、普
仏戦争でフランスが負け、ドイツが勝った。日本
の軍人たちは「フランスよりもドイツの方がシス
テムも戦術も優れている」と分析して、急にフラ
ンス式をやめてドイツ式に変えます。士官学校の
教育言語もフランス語からドイツ語に変え、武官
を留学させるのもフランスからドイツに変えま
す。永田鉄山はそのドイツ風の1人だったのです
が、彼が亡くなった後、日中戦争が始まります。
張作霖爆殺事件きっかけに日中戦争へ
日中戦争の発端は張作霖爆殺事件です。私の小
説﹃マンチュリアン・リポート﹄には、張作霖爆
殺事件のミステリー、なぜ、どういうふうにやっ
たか、詳しく書いているので読んでほしい。あれ
は謀略ではなかったと言う人がいるが、そんなは
ずはない。「張作霖爆殺事件は私がやりました」
と言う人がいるのだから、間違いなく謀略です。
あの小説を書くために、私は何度も現場に行き
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こう こ とん
ま し た。 向 こ う で は 皇 姑 屯 事 件 と 言 わ れ て い る
が、奉天、今の瀋陽郊外の、満鉄と中国の鉄道が
クロスする地点に張作霖の乗った列車が入ってき
た 時 爆 破 さ れ た。 ど う い う 爆 破 の さ れ 方 だ っ た
か、現場に行った人でないと分からないが、中国
の線路が爆破されたわけではないし、客車を爆破
す る こ と も で き る は ず が な い。 上 に 日 本 の 満 鉄
(南満州鉄道)がクロスしています。これの橋脚
に 爆 弾 を 仕 掛 け て、 橋 脚 ご と、 鉄 橋 ご と 落 と し
た。その鉄橋は終点の奉天駅のそばにある。昔の
機関車は駅が近づくとスピードを落とすから、駅
に向かって時速 ㌔ぐらいでのろのろ走っていた
張作霖の乗っている車両の真上に落としたので
す。
これはゲリラではできない。間違いなく熟練し
た工兵の仕業です。現場検証から考えても、そん
なことができるのは優秀な日本の工兵隊しかな
い。ちなみに日本軍の昔の奉天の地図と皇姑屯の
位置を重ね合わせてみると、皇姑屯のクロス地点
のすぐそばに、日本の関東軍工兵隊の宿営地があ
る。これはほとんど間違いないでしょう。
というわけで張作霖は殺されてしまった。何の
ために殺したかというと、日本軍の謀略だと分か
れば、息子の張学良が兵を起こすだろう。日本軍
がそれを迎え撃って、一気に満州を制圧してしま
おうという計画だった。日本の計画ではない。関
東軍の計画であり、関東軍の暴走です。板垣征四
かん じ
郎と石原莞爾という悪名高きキャスティングの謀
略と断言してよいと思います。
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板垣征四郎は後に一連の事件の責任を問われて
極東軍事裁判で絞首刑になったが、不思議なこと
に石原莞爾は何も罪を問われなかった。あの人に
は不思議なカリスマ性があって、今でも石原莞爾
待 望 論 み た い な も の が あ る。 彼 は 天 才 だ っ た と
か、本もたくさん出ていますが、私は決してそう
は思わない。人間を善悪で言うのは間違っている
が、歴史的な悪役として考えれば、戦争責任から
言えば、ナンバーワンだと思う。むしろ板垣征四
郎は石原莞爾の思想に引きずり回された実行者で
あったという感がある。計画者と実行者の間柄で
ない で し ょ う か 。
そのようにして張作霖を爆殺したが、張作霖は
当時の満州の事実上の皇帝、主権者、王様です。
トンペーワン
当時中国では「東北王」という言葉があって、そ
れは張作霖のことなのです。張作霖爆殺事件に関
しては報道もされたが、既にこの時には国家総動
員法にまつわるいろいろな法律ができていて、そ
の中の「新聞紙掲載制限令」によって、写真掲載
は不許可。それはそうでしょう。爆発したのでは
なく、上から橋脚が落ちて客車がつぶされている
写真など掲載できない。詳しい内容も不許可とい
うことで報道されなかったが、全てはこの法律の
せい で す 。
年後、100年後をみて法律制定を
法律ができる時というのは、国民がその時代の
空気をよく見定めて、「今の空気はこっちを向い
て い る が 、 本 当 は ど う な ん だ」 と 考 え る べ き で
す。「今は必要かもしれないが、果たして 年後、
1₀₀年後に悪用される恐れはないのか」という
ところまで検証して判断した上でないと、法律と
い う の は 作 っ て は い け な い。 今 大 丈 夫 で し ょ う
か、危ない感じがしますね。
張 作 霖 が 死 ん だ 後、 張 学 良 は 不 戦 将 軍 と 言 わ
れ、腰抜けの2代目という逆のプロパガンダがま
ん延して、日本ではバカにされました。しかし、
事実をよく見て検証していくと、張学良はすごい
人です。親が殺されているのに、あそこで動かな
い。ここで兵を起こせば大変なことになると考え
て、自分の兵を止める。その頃、張学良の率いて
いた東北軍は、満州に駐屯していただけでも 万
人以上。他にも北支に主力が行っていて、総合力
で言えば1₀₀万に近い大軍でした。しかも、国
民政府が持っていなかった空軍、海軍まで持って
いて、非常に整備が良かった。それに対して日本
の関東軍は1個師団プラスアルファ程度で、せい
ぜい2、3万人しかいない。自分の方が断然強い
となれば、普通ならたたきつぶすところを、張学
良はそうしなかった。国際的に見たらどうであろ
うか、日本からどのぐらいの軍が動員されてくる
かを推察し、ここは忍ぶべきであると考えて抵抗
しなかった。そのため、石原莞爾と板垣征四郎の
謀略は空振りに終わったのです。
満州事変も謀略から
50
その後、満州事変が起きますが、これも間違い
なく謀略です。張作霖爆殺事件のやり方と₉・
30
5・ 事件でメディアは真実暴けず
の柳条湖事件の鉄道爆破の方法とは、驚くほど似
ている。もう少し手を変えれば言い訳のしようも
あったかもしれないが、同じことを2度やって、
「やっぱり私ではありません」と言うのは、いく
ら何でもお粗末過ぎます。
その結果、日本軍が一方的に攻め込んでいって
しまう。張学良軍の方から撃ってきたわけではな
い。張学良軍の北大営という奉天の駐屯地のすぐ
そばの柳条湖で爆破したので、「ここにゲリラが
いるぞ」と、日本軍がワッと出動し、ついでに攻
め込んだ。そんなふうにして満州事変は始まり、
張学良軍はほとんど抵抗することなく、東北の自
分たちの地から追われてしまう。あの一連の──
日本が悪いという言い方はしたくないが、少なく
とも関東軍のやり方、それを阻止できなかった軍
部中央と日本政府の無力さ、これは歴史の大失策
だったと思います。
1₈
50
その最中、5・ 事件が起きる。あの5・ 事
件というのは脅迫だ。犬養首相は日本の満州経営
に対して大変消極的な人だったために、血祭りに
上げられたわけだ。そういう時にこそ、本来メデ
ィアというものは真実を暴かなければならない
し、真実を国民に伝えなければならないのに、そ
れができなかった。
それから日本は泥沼の戦争に陥っていくわけだ
が、「中国軍は弱い」という根拠のない考え方が
あって、中国をなめていた。ところが、いざ戦火
15
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15
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を交えてみると、どんどん兵力を投入していって か。どのレベルが駄目なのか、私も具体的に分か
も蒋介石を屈伏させることができない。それどこ らなかったので、いろいろ資料を調べていると、
ろ か、 ま ず 中 国 大 陸 の 大 き さ を 認 識 で き な か っ 内務省が出した「出版警察報」という月刊誌があ
って、この中にガイドラインを発見しました。
た。
簡単に言うと、大きく分けて四つの基準があり
私が初めて中国に行ったのは、﹃蒼穹の昴﹄を
書いた後でした。無責任なことに、中国に行かず ます。その1、「作戦計画の内容や命令の内容」
に資料だけで書いてしまい、本が出てから、見て に触れてはいけない。徐州作戦とかいう名前はよ
おかなきゃまずいだろうと思って北京に行き、天 いのかもしれないが、作戦の内容がこうだという
安門広場ってこんなに大きかったのかと驚いてし ことは書いてはいけない。こういう命令が発せら
ま っ た。 小 説 の 中 で は 新 聞 記 者 同 士 が 話 し な が れたというのも、命令の内容をはっきり書いては
ら、すぐどこかに着いてしまうのですが、そんな いけない。第2は「発信者と受信者」、一体この
ことはあり得ない。日本人的なサイズで書いてい 記事を誰が書いて、誰が受けたか、これも駄目。
るから記述に誤りがある。日本の軍部もそうだっ 3つ目は「戦闘序列または軍隊区分に基づく隷属
たのではないでしょうか。地図上で見ると、「こ 系 統、部 隊 号、部 隊 数」。分 か り や す く 言 え ば、
れなら何日で占領できるだろう」と思って行って 戦闘序列、その軍隊の序列、どの軍隊がどの師団
みると、行けども行けども到着できない、そうい のどの連隊が行っているという序列や、軍隊の区
分による隷属系統を書いてはいけない。そうする
う戦 場 だ っ た の だ ろ う と 思 い ま す 。
そこに従軍記者が付いていくわけです。満州事 と日本軍の全体像が分かってしまうから。この師
変から数えれば 年間にわたる長い泥沼の日中戦 団の下に何連隊がいて、何連隊の下にこういう大
争には必ず、皆さま方の先輩の多くの方が従軍記 隊 が い る と い う の が 分 か っ て し ま う か ら、 部 隊
者として行った。しかも、自分の書いた記事をそ 号、部隊数、固有名は書いてはいけない。
その結果生まれたのが「部隊」というあいまい
のまま送るわけにはいかない。軍には必ず検閲班
と い う の が あ っ て、 そ こ の 司 令 部 に 行 っ て 見 せ な言葉です。大隊とか連隊とか言わないで、何々
る。編集者にちょっと赤を入れられても頭にくる 部隊と言う。この何々部隊のことを某部隊と書い
のに、自分の書いたものを軍人に見られて、ここ たり、それではあまりに分からないから、部隊長
を書き直せと言われたら、どんなに腹が立ったこ の苗字を入れる。第何十何連隊などとは言っては
いけなくて、その連隊長が浅田だったら「浅田部
とだ ろ う と 思 い ま す 。
先輩方はそれに耐えてきたわけですが、従軍記 隊」 と 書 く。 こ れ な ら 分 か り づ ら い し、 恐 ら く
者が書いていけないものは何か、ご存じでしょう 「鈴 木 部 隊」「佐 藤 部 隊」 な ど は 山 の よ う に あ っ
て、こうなると全く分からない。そういうふうに
あいまいな表記をすることによって、部隊を特定
できない、規模も分からないようにした。
今話した要件が新聞記者のアンタッチャブルで
した。ガイドラインは標準の基準ということだか
ら、うるさい検閲官ならもっと厳しくされただろ
うし、中には甘い人もいただろうし、まあいいか
げんなものだったと思うが、そういうふうにして
新聞の報道はなされていったのです。
こういうあいまいな、真実をはっきりしてはな
らないという流れの中で、
「大本営発表」として、
架空の数字とか途方もない話を書かされるように
なります。軍隊にあれは駄目、これは駄目と言わ
れていたのから、軍隊がこう書けというものに変
わっていってしまう。そのようにして、おびただ
しい数の従軍記者が日中戦争に参加し、中には命
を落とされた人もいるだろうし、大変なご苦労を
なさったのだと思います。
記者と小説家で従軍ペン部隊
そのうち、従軍ペン部隊といって、従軍記者の
中に小説家が交じるようになりました。これは日
本ペンクラブとは何の関係もない。小説家が動員
さ れ て、 主 と し て 日 中 戦 争 で 軍 隊 と 行 動 を 共 に
し、従軍記を書くわけです。変な話で、今の私た
ちから考えれば、拒否できなかったのか、戦争に
加 担 し た の で は な い か と、 簡 単 に 考 え て し ま う
が、いろいろ分析した結果、無理もない事情とい
うのが判明しました。
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小説家は出版社に食わせてもらっているから、
例えば出版社からちょっと来てくれないかと言わ
れて文藝春秋のサロンに行くと、菊池寛が出てき
て、「浅田さん、今度ちょっとうちの特派員で行
ってくれないかねえ」と。そう言われたら、ノー
と は 言 え な い。 私 も い ろ い ろ な こ と を 頼 ま れ る
が、社長から何か言われると、やっぱり断れない
(笑)。そういう事情があったと思います。
経済的な問題もあって、新聞社、出版社の特派
員の資格で作家が行くので、臨時雇用の社員とし
て規定の給与をもらえる。日にちはその場合によ
って違うが、短くても 日、長いと3カ月ぐらい
戦地に行くと、その間、給料がもらえる。小説家
も売れない段階だと、月々の給料にものすごく憧
れる。私もそういう時期があって、「書かなけれ
ば何も入ってこない。編集者の人はいいなあ。
日には給料がもらえるんだ」と、心から思ったこ
とがある。そういう小説家の心理から言えば、こ
の給料をもらえるという経済的な恩恵は大きかっ
たのではないかと思います。さらに自分が書いた
原 稿 は 確 実 に 買 っ て く れ る。 多 少 検 閲 を 受 け て
も、ボツにはならない。これも魅力です。
さらに調べていくと、驚くべき事実が発見され
ました。実は従軍作家に対しては政府の機密費か
ら一律₇₀₀円出ていたのです。昭和 年当時の
₇₀₀円は大きい。高文試験に合格して高級役人
になった人の初任給が 円ぐらい。新聞社も出版
社も、大学を出て就職した人の月給は大体そのく
らい。その 倍が一時金でもらえる。単純計算す
30
₇0
ると、今なら月3₀₀万円ぐらいの、目のくらむ 章を書いてしまうわけだから。わが戒めとしよう
と、しみじみ思いました。まあ全体がそういう雰
ようなおカネをもらえる。
囲気だったから、必ずしも自分の心に反してとい
火野葦平と石川達三
うことではなかったかもしれません。
いろいろな例がありますが、火野葦平という人
おカネを持っている売れっ子作家は経済的なも
のでは動かないでしょう。それにしては吉川英治 は気の毒でした。彼は文学青年でしたが、職業軍
な ど も 行 っ て い る。 こ れ に は こ れ の 理 由 が あ っ 人でもあった。私も昔、自衛隊にいましたから、
て、従軍記者で行っている間は連載を中止してよ 文学青年の火野葦平が軍隊にいるというのは分か
るし、﹃糞尿譚﹄は素晴らしい小説で、小林秀雄
い(笑)
。これは魅力です。
私も今、長編小説の連載を3本抱えていて、締 という有名な文学者が芥川賞を贈賞しに中国の戦
め切りが5日、 日、 日で、一つ終わると次の 線まで行く。しかし、火野葦平は時代のいけにえ
締め切りが数日後に来ている。その間に考えて、 に さ れ た 感 じ が あ る。そ の 後、﹃麦 と 兵 隊﹄や、
全 く 違 う 小 説 を 書 く。 こ れ は 地 獄 で、 正 直 言 っ 軍隊のプロパガンダとしての小説を書かざるを得
て、今しゃべっている場合ではない(笑)。この なくなり、後年、彼はそのことについて自分自身
をものすごく責めていたらしく、結局自殺してし
3本がまだ終わらない状態で、どういうわけか
月 日から毎日新聞朝刊の連載が始まる。これは まいました。
私が偶然、知り合いから預かったものに、火野
毎日が締め切りです。
こういう過酷な事態になっていれば、菊池寛に 葦 平 が 亡 く な る 直 前 に 書 い た も の が あ り ま す。
呼ばれて、「浅田さん、ちょっと従軍記者になっ 「この国の山吹をもう一度咲かせたい」という、
てもらえないかね。その間、全ての連載は中断と 自 分 の 悔 悟 と、 こ れ か ら の 未 来 を 祈 る よ う な、
いうことで、いかがだろう」と言われたら、行く 切々たる文章です。
も う 1 人 テ キ ス ト と な る の は 石 川 達 三。 彼 は
と思います。しかも従軍作家は佐官待遇で偉い人
だから、ものすごくよくしてもらえる。それで締 ﹃生きている兵隊﹄で発禁を食らったが、この発
め切りがなくなるわ、おカネももらえるわとなっ 禁というのは不思議なもので、ある程度検閲官の
主観だろうと思います。石川達三は剛直な人で、
たら、多少危険を伴うにしても行きます。
こういう甘い話を軍と政府はプロパガンダのた 伏せ字にされても何でも、戦後も同じ社会派の小
めにしたわけで、これを見た時、人間は決してそ 説を書き続けました。第1回芥川龍之介賞の時は
そうぼう
「石川達三﹃蒼氓﹄」と鳴り物入りで新聞
ういう個人的な事情で動いてはいけない。無理も 恐らく、
ないとは思うが、その結果、戦意高揚のための文 にも大きく取り上げられた。知名度があるから、
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こ れ を× と や っ て お け ば 、 国 民 に も よ く 分 か る
し、周りの作家たちの戒めにもなるだろうという
考え方から、血祭りに上げられたのでしょう。こ
の火野葦平と石川達三の2人が、あの時代の小説
家の大きなサンプルと言ってよいと思います。
そろそろ制限時間ですので、この辺で終わらせ
ていただきますが、好むと好まざるとにかかわら
ず、メディアが戦争に対して負う責任はものすご
く大きいということは、皆さま方から後輩にお伝
えく だ さ い 。
戦争は世論の封殺から起きる
言論・表現が不自由になって弾圧されたところ
から、戦争は始まるのです。世論は決して戦争を
希望してはいない。誰も戦争を好んではいないの
に、なぜ戦争が起きるかといえば、世論が封殺さ
れるからです。国民の本当の考えが封ぜられ、な
おかつねじ曲げられていくというのはそこからだ
と 思 う の で、 メ デ ィ ア の 負 う 責 任 は 非 常 に 大 き
い。だから若い方はこういった一連の歴史、特に
近代史をよく理解してほしい。
例えばこの間、安倍晋三首相が「在留邦人保護
のため」と言ったが、意識のある人は必ず、「在
留邦人保護」という言葉に反応するはずです。満
州事変の時も上海事変の時も、どの派兵に際して
も政府が必ず言ったのは「居留民保護」という言
葉です。派兵、出兵の理由は全て、これが付く。
その結果、戦争になる。だから、それが全部ウソ
だとは言わないが、美辞麗句には大変危険な要素
が含まれているということを、「在留邦人保護」 ソのつき方をしなければならないのです。
という言葉については意識しなければいけないと
今私が言ったことは本当で、これはいわば土台
思います。
の 部 分 で す。 そ の 上 に つ い て い る ウ ソ に つ い て
第1次世界大戦では結果的に₈₀₀万人の尊い は、小説をお読みになっていただけばよく分かり
命が失われました。その後の日中戦争に続く第2 ます。
次世界大戦では何人の人が犠牲になったか、正確
何人かご質問をお受けしたい。
には分からないが、大体5₀₀₀万人と言われて
◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇
い ま す。 日 本 で は 3₀₀ 万 人 の 尊 い 命 が 失 わ れ ︻質疑応答の一部︼
た。ドイツではさらに過酷で、₈₀₀万人の国民
Q 先生の「遠別離」という大好きな作品の中
あかがね
が死んだ。意外と知られていないことですが、一 で、 式歩兵銃の実弾が「銅」とか、帽子の後ろ
番犠牲者が出た国はソ連です。正確に把握できな の「帽垂れ」とか書かれていた。私も陸軍用語を
いので、人口の社会減から逆算して大体の数字を 読んだが出てこない。こういう細かいことをどう
はじき出した結果、第2次世界大戦では2₆₆₀ してお知りになったのでしょうか。
万もの人が死んだと言われています。ほとんどは
浅 田 「遠 別 離」と い う の は、戦 時 中 の フ ィ リ
対ドイツ戦で、化学対化学の激突する過酷な大戦 ピン戦線の戦場と日本の現代とが浅田流に交錯す
争によって、それほど多くの人命が失われた。中 る短編小説で、私の﹃あやし うらめし あな
国ではそういう試みをしていないし、当時の人口 かなし﹄という短編集の中に入っています。
の把握も正確にできていないので、どのくらいの
引っ越す前、赤坂の六本木交差点からすぐのと
人が亡くなったか分からないが、 年もの長きに ころに防衛省(庁)がありましたが、あそこは旧
わたる戦争だったのだから、もしかしたらソ連を 歩兵1連隊の兵舎でした。東京の西半分と埼玉県
上回るかもしれない。こういう客観的な事実は知 の徴兵区から引っ張られた兵隊があそこの歩兵一
っていなければいけないことだろうと思います。 連隊に入営して、新橋の駅から列車に乗って宇品
新聞を作ったり報道に関わったりする方は絶対 港からフィリピンに行き、レイテ島で玉砕した。
ウ ソ
に虚構を言っては駄目だが、小説家とは不思議な 死闘決戦だ、最後の決戦だという大変な山場だっ
仕 事 で、 ウ ソ を つ い て な ん ぼ、 と 言 え る で し ょ たから、東京都と埼玉県の戦死者の中で最も多く
う。もっとも、このウソのつき方が難しくて、自 死んでいるのはフィリピンのレイテ島だと思いま
分のついたウソには責任を取らなければなりませ す。
わい きょく
お墓参りに行ったついでに、お孫さんやお子さ
ん。 歴 史 を 歪 曲 し て し ま う よ う な ウ ソ は い け な
い。真実を徹底的に調べた上で、かなり高等なウ んに教えてほしいのですが、兵隊さんのお墓で立
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派なのは、まだ戦争がひどくなる前だと思うが、
履歴を見ると、「比島方面ニテ戦死」とか「レイ
テ島ニテ戦死」というのが東京の西半分の場合は
多 い。 ど こ の 郷 土 で も 郷 土 連 隊 が 戦 っ て い る の
で、どこかの地域の兵隊はどこかでまとまって死
んで い る 。
何年か前、パラオの沖合にあるペリリュー島に
お墓参りに行ったが、ペリリュー島で死んだのは
茨城県水戸連隊の人。小さな島で2万人の兵隊が
亡くなった。足の踏み場もないような戦場だった
と、 行 っ て み て 実 感 し ま し た 。
戦争をそういう角度から見て、「自分たちの郷
土から出ていった人が、ある一定の地域で戦死さ
れた」という事実は、右も左も関係なく、身近な
歴史として学校で教えなければいけない。そこか
ら初めて子どもに「戦争は嫌だ」という気持ちが
生ま れ て く る と 思 い ま す 。
そこで今のお話ですが、「帽垂れ」というのは、
きれ
日本軍特有の戦闘帽の後ろに布が付いているも
の。子どもの頃、何となく格好悪いなと映画を見
な が ら 思 っ て い た が、 自 衛 隊 に い て 分 か っ た の
は、行軍に行ったり演習に行ったりすると、日に
焼け、こすれて、襟のあたりが痛くなる。そのた
めに、中支、南方戦線に行った人たちはあの帽垂
れを戦闘帽に縫い付けていたのだと思います。
きゃはん
脚絆については、よく分からないが、私が子ど
もの頃はまだ、工事現場などに行くと脚絆を巻い
て い る 人 が い ま し た。 ウ ソ か 本 当 か 分 か ら な い
が、あれを締めていると血流が良くなって、足が
軽くなるという話があった。今はむしろエコノミ
ー症候群になるのではないかと考えてしまいます
ね。
今でも使われているのは地下足袋で、あれはす
ごい発明品。私はガーデニングが好きで、庭いじ
りをするとき、地下足袋は便利です。日本で発明
され、昔は道路工事人や職人が履いていたが、軍
隊にも私物品として持ち込まれた。官品ではなか
ったかもしれないが、南方のジャングル戦などで
は活躍する。靴を履くよりはるかに便利だと、地
下足袋はその頃から活躍していたようです。
銃の銅というのは、小銃弾は弾頭の部分を銅で
メッキしてあるので赤銅色をしている。それがあ
るかないかで空砲か実砲か、一目瞭然で分かる。
こういう言葉はどこで知ったかというと、自衛
隊です。私が自衛隊に入隊したのは昭和 年。そ
の時は自衛隊の中に旧陸軍出身者がまだたくさん
いて、下士官の上の方の人や連隊長レベルは全部
士官学校出だったし、若い中隊長がわずかに防衛
大学1期生とかで、その下にいる陸曹長とか一等
陸曹は旧軍の兵隊からのたたき上げ。だから自衛
隊の中に陸軍の用語もみな残っていたのです。
灰皿と言わずに「煙缶」と言うし、物干し場と
は 言 わ ず「物 干 場(ぶ っ か ん ば)」と 言 う。風 邪
ねっ ぱつ
を引いて熱が出たのは「熱発就寝」。自衛隊で現
在でも使われている言葉で、小説にそのまま使っ
てオーケー。
それで知っていたのがほとんどで、あとは戦前
の小説を読めば分かりやすい。資料は、特に新し
い資料には軍事オタクの人が書いているものがあ
るので、案外当てにならない。一番良いのは戦前
に書かれた小説で、伏せ字にされていようが、発
禁になったものであろうが、従軍記を見れば軍隊
用語は正確に分かるので、たくさん読んで頭に入
れるようにしています。
Q お話の後半で5・ 事件のことが少し出ま
したが、本屋でも図書館でも今5・ や2・ 関
係 の 本 が 少 な い の で お 尋 ね し ま す。 5 ・ に し
ろ、2・ にしろ、世の中既に戦争に向かって動
い て い る の に、 や っ た 側 の 兵 士 た ち の 主 観 と し
て、なぜそこで5・ を起こさなければいけない
のか、2・ を起こさなければいけないのか、よ
く分からないのが一つ。
もう一つは、2・ の少し前にヨーロッパで人
民戦線の動きがあって、スペインの人民戦線政府
が勝利するのが2・ の直前だと思う。2・ と
人民戦線の動きと何か連動したものがあるのでし
ょうか。その2点を伺いたい。
浅田 スペインの件とはあまり関係ないと思う
が、共産主義思想とは微妙に絡み合っていて、戦
前の青年将校たちが持っている考え方と紙一重の
ようなものを感じます。
5・ と2・ は質が違うと思う。5・ の場
合は、先ほど申し上げたように、満州政策に対し
て消極的な犬養首相を殺すことが一番の目的だっ
たのではないでしょうか。山本五十六があまりに
も格好良かったせいで、「陸軍は悪、海軍は善」
みたいな変なすり込みをされているが、5・ は
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海軍 の 仕 業 だ か ら 、 陸 軍 も 海 軍 も な い 。
2・ は非常に難しい事件で、私もいつか書い
てみようと思っていますが、資料を読み込めば読
み込むほど闇。公判資料はかなり正確に残ってい
て、松本清張さんもこの2・ 事件の裁判資料と
格闘していました。私もいつも書斎の手の届くと
ころに2・ 事件の関連資料を置いて鋭意検討中
ですが、今はめったなことは言えない(笑)。
ただ、スペインとは関係がないのではないかと
思う。軍事的なつながりもほとんどないし、思想
的なつながりも日本とスペインの間ではあまりな
い。あったとしても、ドイツかイギリス経由だろ
うと 思 い ま す 。
それよりも、共産主義と日本というのは、僕ら
が考えている戦前のレッドパージという感覚とは
違う、もっと深く絡み合っていたのではないでし
ょうか。それが軍人の中にも浸透していて、彼ら
もそうと気付かずに、意識してはいなかったけれ
ども、かなり影響は受けていたのではないかとい
う気 が し ま す 。
かなりファッショな軍人の中にも、その発言録
や言行録を見ると、共産主義に近いようなことを
言う人が案外いる。言ってみれば世界的な流行な
わけで、一概に今から2・ 事件のことは言えま
せん 。
俗に言われるのは、彼らは大体、中隊長職だっ
たから、農家から徴兵されてくる兵隊たちの気持
そんたく
ちをよく忖度できたという意見もあるが、私はそ
れは外れだと思う。連隊区の徴兵の制度から考え
Q 愛犬パンチ号の話を伺いたい。
ても、2・ に関与した1連隊、3連隊、近衛連
浅田 私は動物、獣(けだもの)大好きで、今
隊は東京の真ん中の連隊だから、地方の農家出身
の兵隊がそれほどいたとは思えない。だからそれ 猫が5匹います。かつては猫 匹、犬2匹、その
他にスズメ、小鳥、コウモリ、モグラまで飼って
は後付けのきれい事ではないかと思うのです。
一番いけないことは、あれがドラマチックな出 いた時があって、家中、動物園のようなありさま
来事であったがために、あの青年将校たちが後に でした。
私の自慢は、それが全部雑種だということで、
英雄視される。そして、彼ら皇道派が善であり、
それに対抗していた統制派──統制派という言い 血統書付きとか、おカネを出して買ったことはた
方が当時あったかどうか疑問だが、統制派の人た だの一度もない。同じかわいがるのなら、かわい
ちが日本を誤らせた悪である、というような論理 そうでない犬を飼うより、多分殺処分されてしま
が戦後一貫してある。これは違うと思う。善か悪 うだろう犬を飼った方がいい。そういう信念から
かで言うなら、クーデターはやっぱり良くない。 パンチ号という犬を引き取って、 年間、仲良く
不謹慎な言い方ですが、張作霖爆殺事件の時の 暮らしました。パンチ号が天寿を全うした時、私
田中義一首相が言を翻した時、昭和天皇がものす は猫は飼うが犬は飼わないと誓い、その後、犬は
ごく怒った。それで内閣が倒れたぐらいです。も 飼っていません。やっぱり死なれるとつらいもの
う一つは2・ 事件で閣僚が殺された時に、「誰 です。
ただ、子どもや孫の教育にはペットというのは
も動かないのなら、自分が近衛師団を率いて鎮圧
する」とまでおっしゃった。この判断が正しいの 非常に良い。生と死というものをちゃんと見つめ
かんよう
させる、動物を愛する博愛の気持ちを涵養する意
ではないかと私は思います。
どのような大義名分が彼らにあれ、軍の力によ 味においても、子どもの時代にペットと親しむの
って閣僚を抹殺してしまったのは良くない。しか は非常に良いことだと思います。
も彼らの考え方は──ここが一番、共産革命に接
今いる猫たちは、みんな 歳ぐらいじゃないか
触しているところだが──壊すことは考えても、 な。猫も 歳ともなるとすごいですよ。ボケてく
その後のことは考えていない。これが革命である るし、耳が遠くなったので大声で鳴いたり、餌を
という考え方。それを「革命」を「維新」と名前 やったばかりなのにまたくれと言ったり、全く人
をすり替えているわけで、これは同調できない。 間 と 同 じ(笑)。そ う い う も の で、日 々、犬 猫 に
2・ 事件の決起趣意書などを見ると、文章はう も勉強させていただいております。
まく、ほれぼれするような日本語だと思うが、や (本稿は 月 日に行った講演内容を要約、一部
っぱり違うと私は感じています。
加筆しました)
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米国
主要メディアの敗北
ニューヨーク在住
ジャーナリスト 津山 恵子
対応する特別捜査班を急きょ設けた。
ー ヨ ー ク 州 知 事(民 主 党)は、「ヘ イ ト 犯 罪」に
る嫌がらせもある。アンドリュー・クオモ・ニュ
カ系など移民やイスラム教徒、さらに女性に対す
ト」から発した脅迫や嫌がらせがあった。アフリ
翌 日 か ら 5 日 間 で、 全 米 で 437 件 も の 「ヘ イ
ーの集計によると、トランプ氏当選以来、投開票
られないローカル地域に住む支持者を多く見てき
トランプ氏の集会で、Tシャツ、ジーンズしか見
リ ベ ラ ル で、「上 か ら 目 線」を 感 じ た。筆 者 は、
者ではなくても、誰もが都会的で、おしゃれで、
数人含まれ、芸能界の美男美女がいた。芸能関係
まず白人が多く、ハウス・オブ・カーズの俳優も
しかし、筆者は集会で息苦しさを感じていた。
白 し て い た。 学 校 で は、 ヒ ス パ ニ ッ ク 系 の 子 供
白人のタクシー運転手からセクハラを受けたと告
って、おしゃれな人は誰もいませんでした。多く
めにトランプ氏の集会に行きました。皆さんと違
「私 は 記 者 な の で、 皆 さ ん と 違 っ て、 取 材 の た
たからだ。思い切って、発言した。
が、「強制送還」されると脅されたりしている。
の人に話しましたが、誰も、ニューヨーク・タイ
筆者が参加した集会では、金髪の白人女性が、
日、「アクション・グループ」という集
月
会に出掛けた。ワシントンの政界をめぐるスキャ
にもかかわらず、全米で、デモなどポスト選挙の
持者だ。彼の呼び掛けで、集会は 州100都市
ド 野 望 へ の 階 段」(邦 題、 日 本 で は IMAGICA
が放送)を脚本家として手掛けたボー・ウィ
BS
リモン氏が始めた運動で、彼はクリントン氏の支
ンダルを描いた人気ドラマ「ハウス・オブ・カー
「 混 乱」 が 続 い て い る 。 ド ナ ル ド ・ ト ラ ン プ 共 和
以上で開かれ、ニューヨークでは初めての開催だ
領選挙の投開票日だった8日から2週間近くたつ
党候補の当選が決定したことで、民主党候補のヒ
が、米国の将来を悲観し、トランプ大統領の誕生
に強 く 反 対 し て い る か ら だ 。
会場には約500人の市民が集まり、ウィリモ
ン氏の司会で、前半は、問題意識を持っている人
が、自分が関わっている活動を紹介。後半は紹介
行動は、人種差別、性差別、宗教差別をあおり、
彼らによれば、これまでのトランプ氏の発言や
き掛け、銃規制、女性差別、気候変動などさまざ
民、同性愛結婚、不法逮捕、教育、政治家への働
て 今 後 の 活 動 と 連 携 を 考 え る と い う も の だ。 移
されたトピックごとに参加者がグループをつくっ
移民国家である米国を「間違った」方向に導いて
まな問題が提起された。
当選後5日間で437件の脅迫、嫌がらせ
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いくからだという。実際に、南部貧困法律センタ
「私たちの大統領でない」トランプ氏に抗議する高校生ら
(11月10日、サンフランシスコ、ロイター=共同)
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った。
日現在、つまり米大統
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ラリー・クリントン前国務長官に投票した支持者
これを書いている 月
トランプ大統領の誕生で
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会場はシーンとした。トランプ支持者などに、
くだ さ い 」
支持者に届けられるのか、知恵がある人は教えて
た根拠のあるニュースが、どうやったらトランプ
そがない、キチンとしたジャーナリストが取材し
ォーズを日がな一日見ています。品質が高い、う
( 極 右 系 サ イ ト の) ブ ラ イ ト バ ー ト や イ ン フ ォ ウ
ブルテレビ代や購読料を払わなくても見られる
ムズやCNNを見ていませんでした。彼らはケー
読者の平均世帯年収は 万4000㌦で、トラン
200万部あまり。しかも、宅配を受けている購
たニューヨーク・タイムズは、発行部数がわずか
ディアが米国の状況を知るために「転電」してき
有力メディアとされ、日本の報道機関と世界のメ
00万部の新聞しか発行されていない。歴史的に
対し、人口3億2000万人の米国では、約40
で、約4500万部の新聞が発行されているのに
りもかなり少ない。人口1億2000万人の日本
データから見ると、米国の新聞読者は、日本よ
とではないからだ。CNNの調査では、討論会を
となる「プレジデンシャル(大統領らしい)」こ
が分かり、それは決して、討論会の勝敗の決め手
至るまで、女性蔑視の発言を繰り返してきたこと
決定的と見えた。トランプ氏が、過去から現在に
この瞬間、クリントン氏の同討論会での勝利は
ードという名です!」
ド、彼女には名前があります。アリシア・マチャ
女 が、 ヒ ス パ ニ ッ ク 系 だ っ た か ら で す。 ド ナ ル
と呼び、さらに『ミス家政婦』と呼びました。彼
プ支持者の半分を占める年収5万㌦以下の人の3
倍以上だ。
し、トランプ氏が勝ったという人は、 %にとど
まった。
聴者をどうやって教育するのか」という話題が出
世代)にどうやって到達できるのか」「読者や視
だ。トランプ氏は、対立候補クリントン氏の批判
っ た の は、 ト ラ ン プ 氏 の ツ イ ッ タ ー 利 用 の 効 果
もう一つ、主要メディアが、読み切れていなか
「『関係筋によると』という言葉で、私や私の選
こうつぶやいて反撃に出た。
トランプのツイッター利用効果読み切れず
視聴した %の人が、クリントン氏が勝利したと
リベラルなニューヨーク市民の多くは誰も会った
こと も な い か ら だ 。
後半で、ビデオジャーナリストの女性が音頭を
とってメディア関係者のグループが形成された。
て、メーリングリストを作り、 日後にミーティ
と、 彼 を 批 判 す る 共 和 党 幹 部 を 含 む 政 治 家 の 悪
挙戦のことが記事になっている場合、信じるな。
討論会で劣勢でもツイッターで反論
ングを開くことが決まった。筆者は「トランプ支
口、そして、彼を批判する主要メディアの報道に
関係筋などありはしない。でっち上げのうそだ」
「 ミ レ ニ ア ル (1980 年 代 以 降 に 生 ま れ た 若 い
持者にどうリーチするのかは話し合えないか」と
対する反論とこき下ろしにツイッターを最大限利
しかし、トランプ氏は討論会の4日後の未明、
提案したが、リーダーとなった女性は、無言で苦
用した。2008年にオバマ大統領候補(当時) (9月 日)
もちろん、トランプ支持者の多くが、将来もニ
表情 を 浮 か べ た 。
虫をかみつぶしたような「とても難しい」という
27
が、ボランティアの募集などにソーシャルメディ
「ひ ね く れ た ヒ ラ リ ー は、 あ の ゾ ッ と す る (彼
ア・Mが、米市民になるのを助けて、討論会で彼
女のセックスビデオと過去を調べてみろ)アリシ
日の大統領候補テレビ討論会
アを利用したのとはかなり異なる。
例 え ば、 9 月
で、クリントン氏は、こう指摘した。
このツイートを見て、報道関係者やハッカーま
日)
見ないことは、容易に想像できる。そして、そう
「ト ラ ン プ 氏 の 最 悪 の 発 言 は、 美 人 コ ン テ ス ト
女を利用したのか?」
(9月
した現象と、それを受け入れられない筆者が参加
でが、マチャード氏のセックスビデオを躍起にな
った 「 分 断 」 だ 。
バースの)女性を『ミス子豚(注:転じてデブ)』 って探したが、見つからなかった。つまり、トラ
30
( 13 )
62
16
の女性についてです。彼は、この(元ミス・ユニ
ューヨーク・タイムズも読まなければ、CNNも
30
10
した集会こそが、この大統領選挙で浮き彫りにな
26
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ている。そこを指さすトランプ氏の言葉に合わせ
ている「メディア・プール(報道席)」が広がっ
信社記者が、パソコンを開いて集会の記事を書い
シントン・ポストなどの新聞、AP通信などの通
ンタビューでムカつくからだ」
「ハ イ テ ク 企 業 が な ぜ 女 性 を 雇 わ な い の か : イ
ブライトバートの一部の見出しは以下だ。
い、はらわたが煮えくり返っているからだ。
ィカル・コレクトネス」のせいだと、腹の底で思
ンプ 氏 の ツ イ ー ト に 、 根 拠 は な か っ た 。
それにもかかわらず、トランプ氏は、ツイッタ
て、支持者が唱和する。「最も・不誠実な・やつ
フォロワー、 月中旬で1550万人に
ーのフォロワー数を 年春以降、毎月ほぼ100
「避妊をしている女性は魅力的ではない」
「子 ど も に、 男 女 平 等 主 義 と が ん の ど ち ら を 選
らだ」
万人という割合で急速に増やしていった。 月初
そして、ブーイングを浴びせ、犯罪人であるか
ともフォロワー数が多かったオバマ大統領(注:
ツイッターであおったのち、トランプ氏の支持者
こうした主要メディアへの敵意を日々、集会と
思うのがよく分かる。
言を当たり前のように容認し、投票に関係ないと
これらを読む人々が、トランプ氏の女性蔑視発
ばせたいか」
米大統領アカウント、1070万フォロワー)を
が情報を求めたのが、急成長したオルタナ右翼サ
のように報道席をスマホで撮影する。
初めてしのいだ。ちなみに、この時点で、クリン
の終盤戦、アクセスすると、トランプ陣営への寄
そのうちの一つ、「ブライトバ ート」は選挙戦
トランプ氏の当選後、ホワイトハウスの「首席戦
最高責任者に起用された。そればかりではなく、
ン氏は、選挙戦中、トランプ氏の選挙対策本部の
ブライトバートの会長だったスティーブ・バノ
イトだった。
付を求めるポップアップの広告を消さないと、記
ジ ャ ー ナ リ ズ ム の 一 部 で は な く、 情 報 を 曲 解
略官・上級顧問」になることが決定している。
個別の候補者への寄付広告を掲載しただけでな
し、根拠がなくても誰かが発言すれば報道するブ
事が読めないようになっていた。
く、サイトは、米政治家が重要視してきた「ポリ
ティカル・コレクトネス(政治的に正しいこと)
」 ライトバートは、確実に「ホワイトハウス記者ク
ースを追いかけたい支持者に対し、彼らが知りた
もう一つ、主要メディアが想像できなかったの
メディア、
「反」男女平等、
「反」移民受け入れ、
い都合がいい情報を流し、主要メディアはリーチ
を否定する記事に満ちている。
「反」政治家、
「反」 ラブ」に加入する。そして、トランプ政権のニュ
さらには白人至上主義をも驚くほど支援してい
できない、という状況が続くのは間違いない、と
トの 興 隆 だ 。
る。しかし、性別や人種による差別を「売り」に
筆者はみている。
せんりつ
瞬間 の 一 つ が 以 下 だ 。
したことで、白人の怒れるトランプ支持者を急速
テレビ局、CNNなどのニュースチャンネルのテ
さす瞬間だ。そこには、CBSなどネットワーク
まで米国を良い方向に導こうとしてきた「ポリテ
を抱き、自分たちの生活が向上しないのは、これ
に富んだ大都市には住まず、移民に対し強い反感
北」だった。
チ す る 努 力 を し て こ な か っ た こ と に 対 す る 「敗
の主要メディアが、これまで多くの有権者にリー
筆者が取材したトランプ氏の集会で、戦慄した
「彼 ら を 見 ろ、 彼 ら は 最 も 不 誠 実 な や つ ら だ、
に引き付けた。トランプ支持者の多くは、多様性
月8日のトランプ氏の勝利宣言、それは米国
うそつきだ!」とトランプ氏が、演台の正面を指
は、「オルタナ右翼」系の情報・オピニオンサイ
とに な る 。
ず、トランプ氏の主張が日々、降り注いでいるこ
CNNを見ない人に、根拠があるなしにかかわら
つまり、これだけのフォロワー、しかも新聞や
さら に そ の 数 を 伸 ば し て い る 。
終わった 月中旬で、トランプ氏は1550万と
トン氏のフォロワーは949万人だった。選挙が
1220万人に達し、それまで政治家としてもっ
旬の投開票まで1カ月と迫った時点で、その数は
10
16
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レビカメラが並び、ニューヨーク・タイムズ、ワ
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だ。「い ま」「こ こ で」「私 に と っ て」必 要 な 情
ジェフ・ジャービス 著
報をピンポイントで届けるのが、「究極のメデ
(東洋経済新報社=2200円+税)
ィア」である。大衆に一般常識を届ける「ブロ
ードキャスト」から、自分にとっての情報がす
『デジタル・ジャーナリズムは稼げるか』
ぐに手に入る「ブロードキャッチ」に移行する
のは、MITメディア・ラボ所長だったネグロ
ポンテが、1980年代に予言した通りだ。
年、 日 経 の マ ル チ メ デ ィ ア 班 の 部 屋 に は
「人 々 を 大 勢 ま と め て『マ ス』と と ら え る こ
とをやめる。一人ひとりについて理解し、一人 「適 時、適 量、最 適 表 現」と い う 標 語 が 貼 っ て
ひとりと関わり、一人ひとりに合ったサービス あった。
振り返ると、
「新聞」というのは、ニュースの
を提供していく」
「コンテンツを作って売る、というのではな 発生と、読者への伝達の間に半日から一日のデ
く、サービスを提供する、という発想をする」 ィレーがあるのを利用して「物語」を提供する
「顧客のニーズを満たし、顧客の目的達成の ビジネスだった。今は、ニュースはリアルタイ
ムで受け取れる。中途半端な「物語」は不要だ。
手助けをする」
将来的に、フラッシュがニュースの主流とな
ここまでは、私の見方と一致する。
ところが、第3部「ビジネスモデル」は、支 る一方、深い知識に基づいたコメンタリーが評
価される二極分化が進むだろう。
離滅裂で、具体的な処方箋を示せていない。
情報だけでなく、さまざまな商品は、ユーザ
「メ デ ィ ア 企 業 に と っ て は、 今 後、 商 品 販 売
も 主 た る 収 益 源 の 一 つ に な る と 私 は 考 え て い ーの個別性に合わせて提供されるようになる。
る」とか、不動産業もやるべきだと書いている 「スーパーパーソナル」な時代が広がりつつあ
のは「狂気」としか言えない。これでは商品の る。端的にいえば、あなたが開いたフェイスブ
批評ができなくなる。それはジャーナリズムの ックの画面は、完全にあなたのためにカスタマ
イズされている。
自殺である。
私にとって、テレビや新聞で流れる一般ニュ
ジャービスは、情報社会の基本、ITの進化
の方向について、恐ろしく不勉強だ。この本か ースより、親しい友人の「今」の方が優先度が
高い。マスメディアは、自らの栄華を支えてき
ら未来へのヒントはつかめない。
I T に つ い て は、 7 月 に 邦 訳 が 出 た、 ケ ビ た条件がどれほど崩壊し、新しい時代に、個々
ン・ケリー著『〈インターネット〉の次に来る 人に対しての「パーソナル・コンシェルジュ」
もの』(NHK 出版)に書かれていることを理 になれるかどうかを真剣に考えるべきだ。
(坪 田 知 己 = 京 都 工 芸 繊 維 大 学 特 任 教 授、元
解できなければ、話にならない。
そもそも「情報」は、個人の行動選択の材料
日本経済新聞社日経メディアラボ所長)
1990 年 に ア ル ビ ン ・ ト フ ラ ー に 会 っ た
時、私は「将来、マスメディアが衰退し、個別
供給型のメディアが主流になる」と話した。
彼は「それは面白い考えだ。ぜひ実現してほ
しい」と答えた。
年以降、日本経済新聞社でインターネット
事 業 の 企 画 を 始 め た 私 は、 そ う い う 構 想 で、
「日経・電子版」の設計図を描いていった。
2050年ごろには、フルデジタルのメディ
アが主流になると思う。それに対し、一合目半
まで来ているのが「日経・電子版」で、他の既
存メディアは一合目まで達していない。
年に、私は『2030年 メディアのかた
ち』という本を講談社から出版したが、ここで
書いている話は五合目付近のものだ。
闇に向かって拡声器で叫ぶようなマスメディ
アは、 世紀後半に、空前の収益を上げ、栄華
を誇った。
インターネットの登場で「情報はタダ」が常
識化し、「デジタルの川」を越えられない既存
メディアは、衰退の一途だ。
この本は、それを打開する狙いで書かれたも
のだが、その内容は、打開の見通しを示せてい
ない。
この本の前半は素晴らしい。
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「脱真実政治」の衝
撃
崇城大学教授
井芹 浩文
英国人が6月 日夜、ブレグジット国民投票の
結果を知って居心地の悪さを味わったように、米
国民は 月8日の大統領選の結果、﹁奇妙な夜﹂
︵ 米 ニ ュ ー ス キ ャ ス タ ー︶ を 味 わ っ た 。 ド ナ ル
ド・トランプ氏が大方の予想を覆して大勝したた
めだ。今回ジャーナリズムにとっての意味を読み
解 く の に ﹁ポ ス ト ・ ト ゥ ル ー ス ・ ポ リ テ ィ ッ ク
ス﹂︵脱真実政治︶という言葉を手掛かりにして
みた い 。
ほう まつ
泡沫候補と言われたトランプ氏が大統領選を制
したのはなぜか。事前の世論調査がことごとく外
れたのはなぜか。なぜマスメディアのスキャンダ
ル報道がほとんど影響力を持たず、大衆に無視さ
れたのか。これらを読み解くカギがこの言葉にあ
りそうだ。
の原田亮介論説委員長は﹁事実を無視した政治﹂
と訳し︵ 月 日、新聞週間特集︶、細谷雄一慶
計算ずくの暴言・虚言
応大学教授はこれを今の政治を理解するカギとし
これほどの暴言・虚言を吐く大統領候補が登場 た 上 で﹁真 実 後︵の 政 治︶﹂と 訳 し て い る︵ 月
するとは信じられなかった。しかし、今考えてみ
日付読売新聞︶。定訳はまだない。 Post-factual
れば、それは計算ずくだったのかもしれない。
︵脱 事 実 政 治︶ と も 言 わ れ る。 前 近 代 か
politics
当初の下馬評ではブッシュ前大統領の弟のジェ ら近代を経て、その近代を否定し、超越しようと
ブ・ブッシュ氏が共和党候補の本命視されていた。 する﹁ポスト・モダン﹂がしばしば﹁脱近代﹂と
フロリダ州知事の実績があり、政治資金も豊富で、 訳されることから筆者は﹁脱真実﹂としてみた。
父と兄を大統領に持つ知名度も抜群とされた。
脱真実政治とは何か。真実・事実に立脚せずに
これに対しトランプ氏には公職経験も軍首脳の 専ら感情に訴える政治。そこでは真実・事実その
経験もない。政治資金はクリントン氏の5・9億 も の が 無 視 さ れ る か、 さ し た る 問 題 と は さ れ な
㌦に対し4・3億㌦と劣勢だった︵ 月 日毎日 い。細谷氏が﹁今や政治の世界では、虚偽を語っ
新聞電子版︶。唯一、対抗可能だったのがテレビ ても検証されず、批判もされない。真実を語るこ
の人気タレント・不動産王として培った知名度く とはもはや重要ではなくなる﹂と指摘する通りだ。
ラルフ・キーズが2004年に出版した﹃脱真
らいだった。テレビでは過激なことを言わないと
受けないことをよく知るトランプ氏は﹁メキシコ 実時代﹄︵ Post-truth Era
︶と い う 本 で こ れ を 初 め
移民は麻薬や犯罪を持ち込む。レイプ犯だ﹂と決 て 論 じ た。 同 じ 年 に 米 ジ ャ ー ナ リ ス ト の エ リ ッ
め付け、さらには﹁メキシコとの間に壁を築く。 ク・オルターマンは、ブッシュ大統領がイラク戦
金はメキシコに支払わせる﹂とエスカレートさせ 争で虚偽の大量破壊兵器所有を開戦理由としたこ
た。
とを﹁脱真実大統領制﹂と断じた。 年の大統領
選 で ミ ッ ト ・ ロ ム ニ ー 候 補 が 使 っ た の が ﹁脱 真
﹁真実﹂が問題とされない政治
実﹂の政治手法だとしてポール・クルーグマン米
実は、これまでの政治世界では、こうした荒唐 ニューヨーク市立大学教授が厳しく批判した︵細
無稽な言明はそれだけで信頼をなくすのが常だっ 谷氏︶。
たが、この法則はトランプ氏には当てはまらなか
世論調査がトランプ人気を押し上げる
っ た 。 そ れ こ そ 彼 が ﹁ 脱 真 実 政 治﹂
Post-truth
初期の大統領選で本命のブッシュ氏に対抗する
の世界に生きているからにほかならない。
politics
を ど う 訳 す る か。 日 経 新 聞 トランプ氏を押し上げたのはまさにマスメディア
Post-truth politics
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が 実 施 し た 世 論 調 査 だ っ た。 ど の 大 統 領 選 で も
﹁ 人 気﹂ は 大 き な 要 素 で あ り 、 そ れ を 測 る 世 論 調
査は重視されてきた。しかし、それを唯一の足掛
かりにしたのがトランプ氏だった。それはテレビ
の﹁報道﹂というフレームワークの中で報じられ
るのだが、そのすぐ隣にある﹁コマーシャル﹂の
世界では、ウソに近い真実が日夜、伝えられる。
ハリウッド映画やファンタジーでは、うまいウソ
ほ どヒット映画になるという実態がある。
テレビ番組で人気を博したトランプ氏は聴衆の
心をつかむ術を心得ている。彼ほど白人中間層の
心をつかんだ候補はいなかった。彼らが抱く違法
移民︵合法移民も含めて︶に対する不平不満に火
を付けた。しかも常識人なら口にしないような過
激発言によって。われわれがタケシの毒舌にニヤ
リとするように、米国の大衆も過激発言にカタル
シスを得たのではないか。ポピュリズムもまたこ
の脱 真 実 の 政 治 手 法 が な け れ ば 機 能 し な い 。
﹁地 球 温 暖 化 の コ ン セ プ ト は 米 製 造 業 の 競 争 力
を奪うため、中国がつくり上げたものだ﹂﹁︵TP
P︿環太平洋連携協定﹀は︶米国の製造業を壊滅
させる。米国を外国の支配下に置くことになる﹂
などの言説も、吟味された上で首尾一貫した政策
として発せられたものとは言えまい。トランプ氏
の鋭い嗅覚は、ワシントン中枢の﹁エスタブリッ
シュメント﹂によって打ち出された政策を攻撃す
るのが効果的と考えた。トランプ流のしたたかな
計算 だ 。
こ う し た 極 端 な 言 説 が 米 ト ラ ン プ 政 権 の ﹁政
策﹂になるのか。世界は、大統領選中の言説がそ アではなく、フェイスブックやツイッターなどの
のまま政策になれば、とんでもない世界が現出す ソーシャルメディアだった。そして彼らは﹁ワシ
ると懸念する。だが発言に責任を持とうとしない ントンのエスタブリッシュメントとウォールスト
人だから、実際に政策として打ち出されるか不明 リート、主流派メディアを信用しなかった﹂︵ジ
だ。心配し過ぎても仕方あるまい。英国の伝統的 ム・リューテンバーグ氏、 月 日付、ニューヨ
外交手法ではないが、
﹁ウェイト・アンド・シー﹂ ーク・タイムズ・インターナショナル紙︶という
で行くしかあるまい。
ように、マスメディアが政治権力・経済権力と一
からげで批判されたのだ。
マスメディアもまた敗北者
終盤のオクトーバー・サプライズの段階で、ワ
シントン・ポスト紙が女性 視発言を﹁事実﹂に
基づいて報道したのに対しても、トランプ氏は形
だけ謝って済ませた。彼の支持者がそうした事実
はさして気にすまいと読み切っていた節がある。
同じオクトーバー・サプライズでもクリントン氏
にとって米連邦捜査局︵FBI︶のコミー長官が
メール問題で再捜査を発表したことの影響の方が
大きかった。
マスメディアは最後の瞬間まで間違った。ニュ
ーヨーク・タイムズ紙は8日夕の段階で﹁クリン
トンが %勝ちそうな候補だ﹂としていたが、午
後 時 分に突然﹁トランプが %勝ちそうだ﹂
と変わった︵リューテンバーグ氏︶。直前までロ
サンゼルス・タイムズ紙を除き、ほとんどのマス
メディアがクリントン有利の世論調査結果を伝え
ていた。
﹁ジ ャ ー ナ リ ズ ム に お い て 何 か が 根 本 的 に 壊 れ
た﹂とリューテンバーグ氏は指摘する。敗れたの
はクリントン氏だけではない。米国のマスメディ
ア全体が敗北感に襲われている。
われわれにとって問題なのは、マスメディアが
トランプ氏にとっては何ら尊敬に値するものでな
いだけでなく、真剣に対応すべき相手でもないか
のように振る舞ったことだ。﹁訴訟も辞さない﹂
と言ったり、敵対的でさえあった。いや、案外、
内心ではマスコミの攻撃に小心翼翼だったかもし
れないが、それは外部に見せなかった。
米大統領選を実地に見聞した久保文明東大教授
は﹁トランプ氏の演説を2度聴きましたが、事実
誤 認 が 多 く、 正 直、 ひ ど い と 思 い ま し た。 し か
し、横の聴衆は熱狂して﹃こんなに素晴らしい演
説は初めて聞いた﹄と感激していました﹂︵ 月
日付朝日新聞︶と語っている。この落差こそが
問題なのだ。われわれは正しい政治か否かを判定
するのに、いかなる政治的主張も事実・真実に基
づくべきだと考えるが、﹁脱真実政治﹂の立場に
立つならば、事実や真実はどうでもよくて、自分
たちが聴きたいことを話してくれる候補の演説に
耳を傾けるのだ。
トランプ陣営が注目したのは既存のマスメディ
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ネットニュース、閲覧率で新聞朝刊と並ぶ
参院選の﹁投票先決める参考になった﹂は新聞がトップ
ここ数年、スマートフォンは 代以下の若年層
ネットニュースの閲覧率、増加傾向が顕著
(新聞通信調査会世論調査班)
第9回﹁メディアに関する全国世論調査﹂︵上︶
公益財団法人新聞通信調査会(長谷川和明理事
長)は2016年8月 日から9月6日にかけて
全国の 歳以上の5000人を対象に「第9回メ
だけでなく 代以上の中高年層にも広く普及して
20
19
調査結果からは①インターネットニュースの閲
安スマホ」の市場シェアが拡大しており、身近な
きた。特に昨年からはSIMフリー化による「格
ディ ア に 関 す る 全 国 世 論 調 査 」 を 実 施 し た 。
18
覧率は新聞朝刊閲読率とほぼ同率の %②「報道
50
の自由は常に保障されるべき」という意見が昨年
存在感を増している。今年度の調査結果にもその
モバイル機器、情報収集ツールとして、より一層
まず、新聞朝刊閲読率とスマートフォンやパソ
に続いて8割以上③参院選報道で「投票先を決め
か に な っ た 。 今 回 ( 上) は 主 な 調 査 結 果 を 報 告
コンを利用したインターネットニュース閲覧率の
影響が色濃く反映されているようだ。
し、来年1月号の(下)では政治学者の菅原琢・
時系列変化を見ると、新聞朝刊閲読率は 年度の
る参考になったのは新聞が第1位││などが明ら
東京大学先端科学技術研究センター客員研究員に
分析 を お 願 い し て い る 。
・9%から今回は ・4%に低下した。一方、
では、新聞、インターネット、テレビなど各メ
のユーザーに偏らない国民全体を代表するサンプ
08人から回答を得た。本調査は特定のメディア
は、 年度の ・8%から ・2%に低下する一
「情報源として欠かせない」は
な く な っ た。 ま た、 新 聞 朝 刊 を 毎 日 閲 覧 す る 人 「情報が役に立つ」
1%から今回 ・6%に上昇し、両者の差がほぼ
力がある」「情報がわかりやすい」はNHK テレ
年度の
ディアの印象・評価はどうだろうか。結果を見る
インターネットニュース閲覧率は
ル設計(住民基本台帳を用いた層化二段無作為抽
方で、インターネットニュースを毎日閲覧する人
10
61
った(図表1)
。
42
36
25
10
れた。昨年度調査と比較すると、新聞とNHKテ
聞きできる」「情報の量が多い」で1位に挙げら
新聞が1位に、
「情報が信頼できる」
「社会的影響
出)を特徴とし、各種メディアの問題点や評価、
ビが1位となった。インターネットは「手軽に見
いる 。
は同年の ・5%から ・9%に上昇したため、
と、各メディアの特徴がよく表れている。まず、
・
図表 1 新聞朝刊閲読率とインターネットニュース閲覧率の推移
信頼度などを調べ、クロスメディア時代における
この調査は、訪問留置法で行い、約 %の33
10
両者の差は 年度の ・3㌽から7・3㌽に縮ま
57
70
新聞の在り方を考えるデータの提供を目的として
69
10
82
50
( 18 )
70
66
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レビは、「情報が信頼できる」を除く全ての項目
ン」 の 数 値 は 逆 転 し て い る が 、 こ こ で は
代で
ここで、インターネットニュースの閲覧状況、
進行しているスマートフォンの普及状況を考慮す
上でも3割を超えている点が注目される。現在も
代以
目の割合が減少した。逆にインターネットは、全
およびその評価を詳細に分析してみたい。インタ
れば、近い将来、中高年層の使用率はさらに上昇
「スマートフォン・携帯電話」は約半数、
ての項目で昨年度より割合が増加し、「情報が役
ーネットニュースを見る時に使用する機器は「ス
ネットニュース閲覧は8割弱がスマホ・携帯
に立つ」「情報源として欠かせない」が2位に挙
新聞とインターネットニュースの閲覧頻度の関
すると見るのが妥当と思われる。
・ 5%
係は、新聞を読まない人ほどインターネットニュ
・ 6%、「タ ブ レ ッ ト」が
と な っ た。 こ れ を 性 別、 年 代 別 に 見 た の が 図 表
・
ースの閲覧頻度が高くなった。具体的な頻度別で
・ 3% 、 新 聞 を 読 ま な い 人 で は
・
60
3、「スマートフォン・携帯電話」は男性(
以下の若年層で9割台と多かった。 ~ 代にか
た」と答えた人が ・0%であったが、インター
ニュースを見ない人では新聞を読む時間が「減っ
新聞を読む時間の変化を見ると、インターネット
また、インターネットニュースの閲覧状況別に
うだ。
どうあるべきか、そのような視点が重要になりそ
か。今後は両者の読まれ方、お互いの役割分担は
補完し合う関係になっているのではないだろう
であろう。両者は相反するものではなく、相互に
がインターネットニュースを見ているという事実
の大小ではなく、新聞を読んでいる人でも半数超
4%となった。ここで注目すべきは、単なる数値
接触率は
は、新聞を毎日読む人のインターネットニュース
ソ コ ン」が
77
8%)より女性( ・7%)で、年代別では 代
13
マートフォン・携帯電話」が ・2%、以下「パ
図表 ₂ 各メディアの印象
げられるなど存在感が増している(図表2)。
の割合が減少し、民放テレビとラジオは全ての項
70 60
83
が「減った」と答えた人が ・7%であった。
続いて、新聞とインターネットの役割に関する
新聞の役割、減少派が持続派を突き放す
19
50
82
け て 「ス マ ー ト フ ォ ン ・ 携 帯 電 話」 と 「パ ソ コ
57
ネットニュースを毎日見る人では新聞を読む時間
12
( 19 )
45
30 71
図表 3 ネットニュース閲覧に使用する機器(性別・年代別)
No.66₀
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評価を概観する。将来の新聞について、「インタ
ーネットなどの普及により新聞の役割が少なくな
くなる。今回調査では 代以下で役割減少派が半
数を超えた。 年度以降の時系列変化を見ると、
役割減少派は、 ~ 代で 年度に比べ ㌽以上
の増加となった。 代でも 年度からは ・7㌽
・1%、「今
までどおり、新聞が報道に果たす役割は大きい」
増加しており、若い世代だけでなく中高年層を含
っ て く る」 と 考 え る 役 割 減 少 派 は
と考える役割持続派は ・6%であった。この質
16 20
読む」人で逆転する。週に1日以下および読まな
い人での新聞役割持続派は2割にも満たない。そ
れに対して、インターネットニュースの閲覧頻度
・
別での変動はやや穏やかである。毎日閲覧する人
の新聞役割減少派は ・5%、役割持続派は
がさらに強まった。これは新聞の役割持続派が底
う。新聞の閲覧頻度別では、毎日読む人の新聞役
全く見ない人でも新聞の役割が減少するという人
・3%とほぼ4人に1人の割合である(図表
は
役 割 評 価 を そ れ ぞ れ の 閲 覧 頻 度 別 に 見 て み よ 「週に1日以下」になってからである。ただし、
めた全年代でこの傾向は共通している(図表5)。 7% で あ る が、 両 者 が 逆 転 す る の は 閲 覧 頻 度 が
25
09 09
割減少派は ・5%、役割持続派は ・5%であ
少派が役割持続派を上回ったが、今回はその傾向
61
50
50
09
30
60
47
問を始めた 年度調査以来、一昨年初めて役割減
35
抜けした、とも換言できそうだ(図表4)。
図表 5 新聞役割減少派の割合(年代別・時系列)
6)
。
24
図表 6 新聞の役割(新聞、ネットニュース閲読(覧)頻度別)
33
49
るが、両者は次に高い頻度である「週に4~5日
( 20 )
09
年代別では、若年層ほど役割減少派の割合が高
図表 4 将来の新聞の役割(時系列)
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・ 6% 、「思 わ な
・4%と昨年度調査同様の結
て は、「思 う」 と 答 え た 人 が
い」と答えた人が
果で、「報道の自由」の重要性は広く国民の意識
・ 4%)か ら 7 ・ 1 ㌽ 増 加 し た。「現
がないと思うか」は
・7%と昨年度(
・2%)
在の報道を見ていると、圧力をかけられても仕方
昨 年 度(
自由を振りかざしていると思うか」は ・5%と
毎年質問している各メディアの情報信頼度は今
る場合は100点、全く信頼をしていない場合は
0点、普通の場合は 点として点数を付けてもら
・ 6 点 と な り、 前 回 調
50
35
・ 6% と 昨 年 度 (
・ 6%) か ら
5・0㌽増加した。昨年との比較では「報道の自
思 う か」 は
いう理由でメディアに圧力をかけるのは当然だと
から5・5㌽増加した。「政府が国益を損なうと
40
ったところ、「新聞」は
・
・ 0 点)で
・ 2 点) で 0 ・ 4 点 の 低
査 よ り 0 ・ 8 点 低 下 し た。「N H K テ レ ビ」 は
・ 8 点 (前 回 調 査
・ 1 点 (同
・ 6 点 (同
の自由」、および憲法改正問題との関連で国民の
関心が高まっている。また、SNSなどインター
ネットでの炎上問題など、身近な問題として話題
に上る機会も多い。
27
下、「民 放 テ レ ビ」が
1・9点の低下、「ラジオ」が
7 点)で 2 ・ 1 点 の 低 下、「イ ン タ ー ネ ッ ト」が
・5点(同 ・7点)で0・2点の低下であっ
「民放テレビ」と「ラジオ」の低下がやや大きい。
また、「NHKテレビ」「新聞」「民放テレビ」「ラ
ジオ」は、 年度調査開始以来最低の信頼度得点
となった。新聞の情報信頼度の低下傾向は、図表
1に示した新聞(朝刊)の閲読状況の低下に沿う
ようにして推移している。この傾向は、「新聞を
読まない」ので信頼度などを評価できない、とい
う解釈が成り立つのかもしれない(図表7)。
報道姿勢に対して国民の厳しい視線
次にメディアによる報道の自由に関して、国民
一般の意見を調査した結果を紹介する。当テーマ
「報道の自由」は憲法
に定着していることをうかがわせた。以下、「思
新聞等メディアの情報信頼度は低下進む
82
回どう変化したか見てみる。各メディアの情報を
15
う」の割合について見ると、「メディアは報道の
条 で 保 障 さ れ た 「表 現
21
どの程度信頼しているかを、全面的に信頼してい
図表 ₇ 各メディアの情報信頼度(時系列)
「報道の自由は常に保障されるべきだ」につい
( 21 )
59
61
43
32
68
50
59 70
た。全てのメディアの信頼度得点が低下したが、
53
08
は昨 年 に 引 き 続 い て の 質 問 で あ る 。
図表 ₈ 報道の自由について
57
69
53
No.66₀
メ デ ィ ア 展 望
₂₀16.1₂.1
・
利」を 重 視 し て い る」は
・ 1%、「時 に(結 果
的に)個人や企業などをバッシングすることに加
・ 8% の 計)は
4%、「プライバ シーの保護」に重点が置かれて
担している」は ・6%と共に2割未満で、こち
と 言 え ば「報 道 の 自 由」」
「 思 う」 の 割 合 が 増 加 し て お り 、 報 道 の 在 り 方 に
いると答えた人の割合(「プライバシーの保護」
ら はN H K が 最 も 低 く 新 聞 が そ れ を や や 上 回 っ
由 は 常 に 保 障 さ れ る べ き だ」 を 除 い て い ず れ も
対して国民がより厳しい視線を向けているのが分
4・7%と「どちらかと言えば「プライバシーの
「 思 わ な い」
・ 0%)を 新 た な 項 目 と し て加え
シ ー 保 護 よ り) 報 道 の 自 由 に 重 点 が 置 か れ て い
においては、総じてNHKの印象が強く、新聞は
ライバシーが侵害されていると思う」が「思わな
い」を大きく上回ったこととも符合している(図
保護」のどちらに重点が置かれていると思うかを
日本の報道は「報道の自由」と「プライバシーの
イバ シーに気を配っている」が
印象評価はどうだろうか。NHKテレビは「プラ
では、プライバシー保護に関する各メディアの
表9)
。
尋 ね た。本 来、「報 道 の 自 由」と「プ ラ イ バ シ ー
イバシーに配慮しすぎてふみこんだ報道ができな
・5%、「プラ
の保護」は両極に対峙する概念ではないが、人々
い」が
・1% と他のメディアを上回った。「プ
66
かみたい、という意図でこの質問を設定した。
ライバシーより人々の﹃知る権利﹄を重視してい
・7%で最も多く、次
る」はインターネットが
・ 5%、「時 に(結 果 的 に)個 人 や
40
は雑誌が ・1%で最も多く、次いでインターネ
企業などをバッシングすることに加担している」
いで雑誌が
「 報 道 の 自 由」 に 重 点 が 置 か れ て い る と 答 え た
60
たい じ
16
それに次ぐ評価となっているようだ。
ーが 侵 害 さ れ て い る と 思 う か 」
(「思う」 ・2%、 保護」
かる。なお、今回は「報道によって、プライバシ
16
た。プライバシー保護に関するメディア間の比較
61
・6%の計)が ・2%と、
「
(プライバ
48
36
る」が多数派となった。この結果は、前述の「プ
31
が日常生活の中で、どのように感じているかをつ
前述の今年度新規項目と関連する質問として、
日本は﹁プライバシー﹂より﹁報道の自由﹂に重点
た(図表8)。
62
・ 6% と「ど ち ら か
12
43
ットが ・0%となった。
51
・6% と
54
みこんだ報道ができない」は ・3%でいずれも
半数を上回り、「プライバシーに配慮しすぎてふ
「プライバシーに気を配っている」が
新 聞 に 対 す る 評 価 を も う 少 し 詳 し く 見 る と、
48
はNHKとの比率差が ㌽超とかなり大きい。そ
NHKに次ぎ第2位に挙げられた。ただし、後者
34
れ に 対 し て 「プ ラ イ バ シ ー よ り 人 々 の 「知 る 権
20
図表1₀ プライバシー保護に関する各メディアの印象
35
人 の 割 合(「報 道 の 自 由」
図表 ₉ 「報道の自由」と「プライバ
シーの保護」のどちらに重点
が置かれているか
( 22 )
No.66₀
メ デ ィ ア 展 望
₂₀16.1₂.1
参院選の投票先は新聞報道を参考
次に今年度のトピック項目などを中心に見てみ
年、
・ 3% の 計)は
・0%の計)は
・8%となった。当落予想の是非について意見
8%と「あまり参考にしない」
・
・ 1%、
25
「参考にしない」(「ほとんど参考にしない」
年 に も 質 問 し て お り、
「B:問 「や や 参 考 に す る」
留する人も ・8%で前二者とほぼ同数存在する。 「参 考 に す る」(「と て も 参 考 に す る」2 ・ 8% と
当項目は
題だ」とする人は低下傾向を見せた(図表 )
。
では、有権者が実際に投票する際、選挙前の当
31
09
30
13
落 予 想 や 情 勢 報 道 を 参 考 に す る か に つ い て は、
42
12
22
本調査では、 年度調査から4年間にわたって
憲法改正報道は民放テレビに高い評価
ては否定的な評価が大勢を占める結果となった。
は分かれたが、実際に参考にするかどうかについ
73
る。
・7%、「今回の選挙の焦点が憲法改正
ぼす影響についての報道や情報が分かりやすかっ
た」 は
・7%、「選挙前
発議に必要な議席数(定数の3分の2)であるこ
と を 分 か り や す く 伝 え た」 は
の当落予想や情勢報道を参考にした」は ・3%
3位を新聞、民放テレビ、NHKが占めており、
)。
総じてインターネットの印象評価は低かった(図
表
新聞やテレビが選挙前に当落予想をすることに
ついて、
「A:有権者の動向を伝え、投票する上で
の判断材料を提供することは、報道として当然だ」
「B:有 権 者に予 断 を与 え、選 挙 結 果に影 響 を与
える恐れがあるので、報道として問題だ」のどち
らに賛同するかを尋ねた。結果は「A:当然だ」
が ・3%、
「B:問題だ」が ・4%とほぼ意見
図表11 参議院選挙報道に関する各メディアの印象
まず、参議院選挙報道について各メディアの印
象を見ると、新聞は「投票する候補者や政党を決
める際に、参考になった」( ・7%)が1位で、
民放テレビ( ・0%)が次いでいる。他の項目
は全て民放テレビが1位に挙げられており、「
・4%、「選挙結果が、今後の政治や生活に及
歳選挙権に関する報道や情報が充実していた」は
18
34
となった。ここで紹介した5項目はいずれも1~
38
13
42
40
34
( 23 )
42
は二分 さ れ、「ど ち ら と も 言 え ない」と 態 度 を 保
33
図表1₂ 選挙前の当落予想報道についての意見
48
11
No.66₀
メ デ ィ ア 展 望
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憲法改正問題と新聞報道について調査を行ってき
関心の高さを示している(図表 )
。
・2% という結果になっ
ビが5・9㌽、新聞が2・7㌽、NHKテレビが
が ・8%、「NHKテレビ」が
うメディアは「民放テレビ」が ・3%、「新聞」
憲法改正問題に関する情報で分かりやすいと思
れ増加した。
5・5㌽、それぞれ減少した。一方、インターネ
・4% (「全く関心がな 「インターネット」が
・7%、
・ 6% と 最 も 多 く、 以 下、
では、憲法改正問題に関する情報をどのメディ
ビ」 を 挙 げ た 人 が
た。まず、「あなたは、憲法改正問題に関心があ
・
ットが2・9㌽、雑誌・書籍は2・4㌽、それぞ
・9% (「非常に関心がある」
アから入手しているのかについては、「民放テレ
答えた人が
り ま す か」と 質 問 し た と こ ろ、「関 心 が あ る」と
13
た(複数回答)。前回調査と比べると、民放テレ
・1%、「イン
38 45
59
「NHKテレビ」が
8%と「やや関心がある」 ・1%の計)、「関心 「新聞」が ・8%、
が な い」 と 答 え た 人 が
い」5・2%と「あまり関心がない」 ・2%の
計)となった。関心がある人の割合は前回調査か
42
55
23
ら4・0㌽減少したが、 年度に質問を開始して
13
35
55
図表14 憲法改正問題報道:
情報入手メディアと分かりやすいメディア(時系列)
23
28
47
70
以来 %前後で推移しており、変わることのない
( 24 )
70
図表13 憲法改正問題への関心(時系列)
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2016.12.1
タ ー ネ ッ ト」 が
・ 2% と な っ た(複 数 回 答)。
前回調査と比べると、民放テレビが8・3㌽、新
聞が0・7㌽、NHKテレビが7・4㌽、それぞ
れ減少した。一方、インターネットが3・2㌽、
雑誌 ・ 書 籍 は 2 ・ 3 ㌽ 、 そ れ ぞ れ 増 加 し た 。
今年度について見ると「情報を入手している」
「 情 報 が 分 か り や す い」 と も に 民 放 テ レ ビ の 評 価
が高くなっているが、対前年比で見ると民放テレ
ビ、新聞、NHKテレビはそろって割合が低下し
年度以降、一貫して割
ており、3者の割合の差はわずかである。それに
対し て イ ン タ ー ネ ッ ト は
合が増加している。この傾向が続けば、近い将来
概観してみよう。電子新聞の認知率(「現在、利
で読むことができる電子新聞の認知と利用状況を
最後に、パソコンや携帯電話、タブレットなど
う。今年で9回目の調査となり、これまでの推移
聞朝刊閲読と肩を並べる状況になったことであろ
は、インターネットでのニュース閲覧が増え、新
紹 介 し て き た が、 今 回 調 査 で 最 も 注 目 さ れ る の
インターネットニュース接触の増加が明らかにな
ている。これまでは、若者を中心にこのような傾
向 が 顕 著 で、 中 高 年 で の 変 化 は 緩 や か で あ っ た
が、スマートフォンが幅広い年代に普及し、今年
度は昨年度までに比べ、インターネットニュース
への接触や評価など、若年層よりも中高年層での
高まりが大きかった。このような状況の中でも、
今回トピック質問として聞いた参議院選挙に関す
る報道では、新聞に対する人々の評価は高く、大
きな役割を果たしていると言えよう。また、新聞
とインターネットニュースは、人々にとって二者
択一ではなく、使い分けている様子も調査結果か
らうかがえた。本調査はその目的である今後の新
聞の在り方を考えていく上で手掛かりとなるので
はないだろうか。
歳以上男
)
http://www.chosakai.gr.jp/
※その他の調査結果は新聞通信調査会のホーム
ページ参照。
(
調査の概要
①調査地域=全国、②調査対象=
女 個 人(5000 人)、③ サ ン プ リ ン グ 法=
住民基本台帳からの層化二段無作為抽出法、
④回収サンプルの構成=回収数3308(性
別 男 性 ・ 4%、女 性 ・ 6%)、⑤ 調 査
方法=専門調査員による訪問留置法、⑥実査
時期=2016年8月 日~9月6日、⑦質
問数= 項目+属性、⑧調査委託機関=一般
社団法人 中央調査社
( 25 )
に民放テレビ、新聞、NHKテレビと並ぶメディ
アになることが推測される(図表 )。
用 し て い る」 3 ・ 0% と 「現 在 利 用 し て い な い
は思わない」 ・4%の合計)は ・1%と、昨
今回調査では、昨年までのトレンドの傾向が一段
が3・0% と昨年より0・8㌽の減少、「現在利
ったが、人々の評価や意識、といった面でもイン
ターネットに対する評価が全般に上昇していて、
・7%と
利用意向を聞いたところ、「現在、利用している」 と鮮明になった感がある。実態面でも新聞離れ、
年調査より0・8㌽減少した。有料の電子新聞の
覧が伸び、新聞閲読が減少傾向を示していたが、
を見てみると、毎年、インターネットニュース閲
以上、メディアに関する全国世論調査の結果を
2㌽の増加となった(図表 )
。
15
が、利用してみたい」 ・7%と「利用したいと
電子新聞の利用状況は伸び悩み
図表15 電子新聞の認知と利用意向(時系列)
・4%と昨年より0・ 「欠かせない」メディアという認識が広がってき
18
14
77
用し て い な い が 、 利 用 し て み た い 」 が
した い と は 思 わ な い 」 は
52
19
23
63
昨年より0・2㌽の減少となった。一方、「利用
10
47
14
10
63
45
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ジャーナリスト
小池 新
11
日本時間 月9日、トランプ氏の勝利が判明。
「クリントン氏 優 位」の世 論 調 査 を 覆 す 衝 撃 的 な
結末で、翌 日付の各紙朝刊は大量報道に。政治
経験がないまま、予備選から有力候補を次々破っ
て「ト ラ ン プ 旋 風」「ト ラ ン プ 現 象」と 言 わ れ た
が、本選でのまさかの勝利に「トランプショック」
や、勝 因 に 挙 げ られ た「隠 れ ト ラ ン プ」
(潜 在 的
最大の敗者はメディア
この号が出る時はもう師走。今年も数々の流行
語・新語が生まれては消えていった。 月には、
アメリカ大統領選でトランプ氏が当選するとい
う、世界最大級の出来事があったが、そのニュー
スを中心に、世間をにぎわした言葉をちりばめな
がら、今年起きたこととその意味を考えてみる。
「その場しのぎ」は来年も?
流行語・新語で今年を
振り返る
11
10
な支持者)の新語が飛び交った。在京紙の多くが
1面にアメリカ総局長らの署名入り記事を掲載。
社 説 で も「世 界 的 な 漂 流 を 懸 念」
(毎 日)
、「政 治
の劣化深刻」
(読売)
、
「米社会の亀裂映す」
(日経)
、
「現状打破への期待」
(東京)と結果を表現した。
しかし、トランプ氏は個性が強烈な半面、政策
面は未知数な上、メディアが当選の可能性を真剣
に検討しなかったことは明らかで、戸惑いがあり
あり。分析も言い訳のようにしか読めなかった。
沖 縄 の 2 紙 は、 辺 野 古 問 題 で 「見 直 す 絶 好 の 機
会」
(沖縄タイムス)
、
「断念を求める」
(琉球新報)
と、期待感をのぞかせながらも、
「トランプ政治」
全体の評価との関連を判断しかねたようだった。
トランプ氏については、新聞もテレビも以前か
ら、暴言癖や女性蔑視の態度、「派手過ぎる」家
族、 カ ツ ラ 疑 惑 な ど、 表 層 的 な 報 道 が ほ と ん ど
で、存在がアメリカ政治史上でどんな意味を持つ
のかなど、本質的な論評はごくわずか。朝日は社
説で「米国政治こそが最大の敗者」としたが、そ
れを言うなら、最大の敗者は日米などのメディア
だろう。今年、インターネットでは、日本人芸人
がダンスに乗せて歌う奇妙な曲「ペンパイナッポ
ーアッポーペン(PPAP)」が世界的なブーム
あ ほう
になったが、これでは、「ペン馬鹿報道、阿呆ペ
ン」とやゆされても仕方がないのではないか。
目 立 っ た の は 産 経 1 面 の 編 集 局 長 署 名 記 事。
「トランプ大統領で、いいじゃないか」の見出し
で「米軍が撤退する、となれば、自衛隊の装備を
大増強すればいい」とし、「現実的ではないが」
と前置きしつつ「日本の核兵器保持は……中国を
に ら ん だ 外 交 カ ー ド と し て は 有 効」 と 踏 み 込 ん
だ。「日本も米国に軍事でも経済でも過度に依存
しない、
『偉大な国』を目指せばいいだけの話だ」
と言い切る。「トランプ大統領」を現実として受
け止め、自社の主張に引き込む狙い。「右」の反
応の極端な例で、勇ましいが論理は荒っぽい。
「盛り土」? 「森怒」?
流行語を数多く生んだ点からみても、これほど
東京都知事が注目された年はなかったのではない
か。舛添要一・前知事は、政治資金使途の公私混
同が問題になり、「厳しい第三者の目で」と弁護
士らに調査を依頼。「違法ではないが(一部)不
そ か
適切」とされたが、四面楚歌の状態に陥って6月
に辞職した。趣味の書道用のチャイナ服まで政治
資金で購入。海外メディアにも「SEKOI(セ
コイ)
」と報じられた。後任の小池百合子知事は、
無所属で出馬した選挙中、「百合子グリーン」と
呼ばれた緑のシンボルカラーなどで、政党の支援
を 受 け た 他 候 補 ら に 対 し 「孤 軍 奮 闘」 を ア ピ ー
ル。就任後も「都民ファースト」を連呼して、築
地 市 場 の 豊 洲 移 転 と 2020 年 東 京 オ リ ン ピ ッ
ク・パラリンピックの2大プロジェクトで既定方
針に待ったをかけた。言動は連日、新聞やテレビ
のワイドショーなどで取り上げられて高い関心を
集 め、「小 池 劇 場」の〝ヒ ロ イ ン〟に。豊 洲 で 未
施工が発覚した「盛り土」は、専門用語にもかか
わらず流行語になった。オリンピックでも会場選
定などをパフォーマンス化して、大会組織委員会
会長の森喜朗・元首相が不満を漏らすことも。こ
( 26 )
No.660
メ デ ィ ア 展 望
2016.12.1
どは表面的な横並びの内容。ユーザーはそれで満
ちら は 盛 り 土 で は な く 「 森 怒 」 ?
「神ってる」は、プロ野球で 年ぶり7度目の 足してしまう。そうしたネット情報との関わり方
セ・リーグ優勝を果たした広島・鈴木誠也選手を が人間の思考に与える影響はないだろうか?
子どもが保育園に入れなかった母親がネットで
指す新語。ただ、本当に「神ってた」選手を、大
ヒットアニメ映画から出た流行語を使って「君の 漏らして話題になった「保育園落ちた日本死ね」。
名は」と問えば、答えは、広島を破って 年ぶり 発想が飛躍していて、「ネット感覚」の言語の特
3度目の日本一に輝いた日本ハムの「二刀流」大 徴を示している。確かにインパクトは強いが、半
谷翔平選手だろう。投手で日本球界最速の165 面、何かが抜け落ちているように私は感じる。
「琴バウアー」という新語があったことを覚え
㌔を記録。打者でも日本代表の中心で活躍し、異
ている人はどれくらいいるだろう。大相撲初場所
次元 の レ ベ ル に 達 し た 感 が あ っ た 。
で初優勝した大関琴奨菊の、体を大きく反らせる
「琴 バ ウ ア ー 」 を 覚 え て い る か
しぐさ。しかし、次の場所で綱とりに失敗。その
「歩きスマホ」に加えて、車を運転中の事故な 後も成績は振るわず、言葉も忘れ去られた。綱と
どが問題になったのがスマートフォン(スマホ) りの関心は稀勢の里に移り、今は豪栄道。締め切
用ゲーム「ポケモンGO」。一時より下火になっ り時点で九州場所の結果は分からないが、要する
たが、公園などでたむろする集団が目に付いた。 に、話題が次から次へコロコロ変わる。芸能人ら
報道の論調は「安全に配慮し、人に迷惑を掛けな の不倫を次々取り上げ、「ゲス不倫」の流行語を
いようにして遊ぶべきだ」が圧倒的多数だが、果 生 ん だ テ レ ビ ワ イ ド シ ョ ー の 〝功 績〟 も 大 き い
が、根本にはネットの影響があると思う。
たし て 問 題 は そ れ だ け で 済 む の か 。
ネット感覚は今回の大統領選にも影を落とした。
ポケモンに限らず、電車の中などで、イヤホン
月 日 付 毎 日 朝 刊 の 識 者 座 談 会 で、 中 林 美 恵
を着けてスマホをいじっている若者は多い。「事
故が起きた時、状況を把握した行動が取れるか」 子・早稲田大准教授は、トランプ氏勝利の背景を
という疑問が湧くが、それ以上に、その時、その 「インターネット上での情報が拡散することで、
人たちは現実の環境から隔離された世界にいる。 マスコミによるスクリーニング(選別)を通した
そうした体験の蓄積が、人間の感覚や思考に何ら 良識的な報道が影響力を持たない選挙になった」
かの変化を与えないだろうか。時には「ポケモン と指 摘した。「仲間 う ち」の無選別で感情的な情
報が世の中を動かすようになったという意味だ。
STOP」で考える必要があるのではないか。
同じようなことはネット情報全体についていえ
じり貧でも現状維持か、賭けの変革か
る。何かを知ろうとして検索すると、概要はすぐ
マイナス金利決定(1月)
、熊本地震(4月)、
分かる。便利だが、大量に出てくる情報のほとん
「パ ナ マ 文 書」公 開(同)、「伊 勢 志 摩 サ ミ ッ ト」
(5 月)、オ バ マ 大 統 領 広 島 訪 問(同)、イ ギ リ ス
が国民投票で欧州連合(EU)離脱決定(6月)、
「 歳選挙権」実施の参院選で自公圧勝(7月)
、
相模原市の障害者福祉施設で 人殺害(同)、天
皇 が「お 気 持 ち」で 生 前 退 位 の 意 向(8 月)、リ
オデジャネイロ・オリンピック・パラリンピック
(同)……。今年もいろいろなことがあった。
感じたのは、ネット感覚にも通じる「その場し
のぎでやり過ごす」風潮だ。地元紙・北日本新聞
の奮闘で次々明るみに出た富山市議の政務活動費
不 正 で は、 人 が 辞 職 し た が、 補 選 の 投 票 率 は
・ %。変 革 を 求 め る 動 き に 熱 は 感 じ ら れ な
い。大分県姫島村の村長選は、 年間、親子二代
が 無 投 票 で 村 長 を 務 め、 今 年 や っ と 対 抗 馬 が 出
た。大差で9選を果たした現職は「村民が疑心暗
鬼になるから、選挙はよくない」と語った。
こうしたことから透けて見える民意は「現状に
不満があって今後の見通しがじり貧でも、何とか
生きていける。変えたら、どうなるか不安」とい
う心情。内閣支持率が下がらず「安倍マリオ」の
「一強」が続くのも同じ意味で、
「その場しのぎ」
は続きそうだ。一方、アメリカはトランプ氏を選
び、イギリスは「Brex it (ブレグジット)」
という新語を生んで「EU離脱」を決定。ともに
賭けに出た。韓国では、知人との関係をめぐる疑
パク ク ネ
惑で、最大百万人が街頭で朴槿恵大統領の退陣を
求めた。日本では考えられない熱気。ささやかな
現状維持か、リスクを抱えた変革志向か。どちら
が吉か凶か、分からないまま、2016年が終わる。
( 27 )
15
56
No.660
メ デ ィ ア 展 望
2016.12.1
25
10
11
10
18
26
94
13
13
パリ・テロから 1 年、犠牲者を追悼
在英ジャーナリスト
ぎん こ
小林 恭子
1年。130人もの死者を出したテロは、フラン
刺雑誌「シャルリ・エブド」の編集スタッフがイ
同時多発テロの実行犯の数人が在ベルギーのフ
である。
もいた。パリとブリュッセルはつながっていたの
者たちで、両方のテロに関与した実行犯・容疑者
ランス人あるいはベルギーの移民家庭で育った若
人が殺害されたのだ。
スラム過激派男性たちに襲撃され、警官2人を含
む
シャルリ・エブド、パリ同時多発テロと続いた
テロの連鎖は今年に入っても収まらなかった。7
昨年から今年にかけて、欧州はイスラム過激派
に心酔した青年たちによるテロが頻繁に発生する
月にはニースでトラック暴走テロにより 人が犠
牲となり、8月にはISのメンバーとされる男性
場所の一つになってしまった。
数々の追悼イベント開催される
2人が北部ルーアン近郊で神父を殺害する事件が
発生した。「テロとの戦争」に挑戦するかのよう
な動きが次々と発生した。
月、市内
では犠牲者を追悼するさまざまなイベントが開催
パリ・テロから1周年となった今年
ラム教徒(ムスリム)の女性が海岸で着用する、
された。オランド大統領、パリのイダルゴ市長ら
夏にはフランスの海岸沿いの町の一部が、イス
全身を覆う水着「ブルキニ」の使用を禁止する動
人という最多の犠牲者を出したバ
が、自爆テロが起きた多目的スタジアム、複数の
レストラン、
昨年 月のパリ・テロ直後、オランド仏大統領
のジハード・ネットワークの分析を紹介したい。
で、パリ・テロの実行犯らと関係が深いベルギー
本稿ではテロ発生後1周年の様子を伝えた後
ューマン・ライツ・リーグ」と反イスラムフォビ
高裁の判断で禁止令は解除された。人権団体「ヒ
いう声が圧倒的だったのではないか。実際に、最
ス国外では「そこまではやり過ぎではないか」と
で怖い」印象を与えたのかもしれないが、フラン
の一部からすればブルキニは「何となく、不気味
ら見ていたが、遺族の前で犠牲者一人一人の名前
筆者はバタクラン前のセレモニーをプレス席か
に火をともした。
レピュブリック広場では市民が集まり、ロウソク
付け、追悼のメッセージが入った灯籠が流され、
サンマルタン運河ではフランスの三色旗の色を
タクラン劇場前で追悼セレモニーを行った。
は「テロとの戦争」を宣言し、イスラム過激組織
を読み上げられる、厳粛な場に遭遇した。
月中旬にパリとブリュッセルを訪れた
た。3月、首都ブリュッセルのブリュッセル空港
パ リ ・ テ ロ の 恐 怖 は、 ベ ル ギ ー に も 飛 び 火 し
付いた。ブリュッセルでは駅の改札口や繁華街に
時点では、パリ市内では警察官の姿が頻繁に目に
空爆を強化した。また国内に非常事態宣言を敷い (イスラム恐怖症)の表れと評した。
た。バルス首相は、来年5月までこの状態を延長
する と 述 べ て い る 。
銃を携える兵士たちがいた。今後さらに新たな逮
筆者が
ア 協 会 は 禁 止 令 を 人 権 侵 害、 イ ス ラ ム フ ォ ビ ア
パリ・テロ、ニース・テロを経たフランス国民
発的な行為」と映ったようだ。
きに出た。イスラム過激主義を連想させる、「挑
11
イスラム国(IS)が勢力を拡大するシリアへの
しんかん
84
とマールベーク駅で連続爆破テロが発生。犯人3
捕者などが出る可能性もあるだろう。
( 28 )
12
人を含む 人が亡くなった。
35
昨年年頭、フランスはパリ・テロの前哨戦とも
いうべき事件を既に経験していた。1月上旬、風
11
スの み な ら ず 世 界 中 を 震 撼 さ せ た 。
90
ベルギーの聖戦ネットワークとは
日に発生したパリ同時多発テロから
欧州
昨年 月
11
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パリ・テロ発生直後から注目されたのがベルギ
ーの存在だ。なぜ二つのテロの実行犯の大部分が
ベルギー生まれ、あるいはベルギー在住者だった
のだ ろ う か 。
イタリアのシンクタンク「ISPI」が今年7
ラ戦線」が戦士の動員に大きな力を発揮している
ジア、シナイ半島)およびコーカサス地域の例を
ン半島)の具体例、後半は中東(リビア、チュニ
ベルギーのジハド戦士は欧州連合内で最多
取り上げている。
という。
例えば、1981年から2011年の間にイス
ラム教が主要な宗教となっている国で発生した戦
争に駆り出された外国人戦士は1万人から3万人
の数についてはさまざまな推定があるが、ファン
ベルギー(人口約1100万人)のジハド戦士
しかし、米情報機関が昨年9月に発表したとこ
=フラーデン氏によると今年4月時点でシリアや
に上る。
ろでは、過去5年間でシリアの内戦に参加するた
イラクで戦うあるいは戦うためにベルギーを離れ
月、リポート「ジハディストの温床~地域の過激
めにシリアやイラクにやってきた外国人戦士は3
た戦士の数は589人。その %がISに参加し
化 過 程 を 理 解 す る ( Jihadist Hotbeds. Under)」 を 出
standing Local Radicalization Processes
版したが、この中にジャーナリストのギー・ファ
万人となった。100カ国を超える国から参加し
を行っているという。今年3月の最新情報による
ており、その大部分がISの一員として戦闘行為
も多い。2番目は英国(人口約6000万人)で
相当する。欧州連合(EU)内ではベルギーが最
たという。人口100万人当たりでは
人に
と、ISに参加するために両国に渡った戦士の数
人だった。ベルギーからの戦士の大部分は
・
ン=フラーデン氏がベルギーのジハード・ネット
ワー ク に つ い て 寄 稿 し て い る 。
同氏の分析を紹介する前に、リポート自体につ
いて 説 明 し て お き た い 。
・
ラク戦争(2003年)後の混乱やシリアの内戦
は以前から存在していたが、リポートによればイ
内戦に参加する「外国人戦士」だ。こうした戦士
義に心酔した青年たちが多い地域に注目しても、
る理由を一般化することは難しいという。過激主
たちが戦闘さえも辞さないほどの過激主義に染ま
これまでのアカデミックな研究によると、青年
ルートメント・ネットワークの存在があるから
Sha-
この二つの都市が抜きんでているのは強いリク
だ。
(20 1 1 年 ~ ) の 拡 大 に 伴 い 、 イ ラ ク と シ リ ア
アントワープでは2010年に発足した「
並列掲載する形を取る。2部構成になっており、
ポートは世界の諸地域の状況についての各分析を
過激化の理由は各地域によって異なるため、リ
らかにすることは重要となる。
状況下でいかに過激主義に染まっていくのかを明
多くの人が過激主義の危険な組織とは思っていな
動を大っぴらに行っていたことから、当局も含め
を守ったりする活動に従事していた。こうした活
は、 当 初 は ム ス リ ム に 転 向 さ
Sharia4Belgium
せるための説教を行ったり、ムスリム市民の権利
いという。
それでも、これほど大規模なジハディストの流
」(シャリア・フォー・ベルジウム、
ria4Belgium
入が世界的規模で続く中、青年たちがどのような 「ベルギーにシャリア法を」の意味)の力が大き
は走らなかったという場合があるからだ。
だ。
は3万8000人である。
02
前半は欧米諸国(米国、ベルギー、英国、バルカ
( 29 )
52
75
同じような状況にいた他の青年たちは過激主義に
11月13日、パリ同時テロ 1 年を迎
え、市内の運河で灯籠を流す人々
(フランス・パリ、AFP=時事)
で勢力を拡大させるISやアルカイダ系の「ナス
リポートが注目したのは、外国からやってきて
12
ブ リ ュ ッ セ ル か、 第 2 の 都 市 ア ン ト ワ ー プ 出 身
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か っ た。 ム ス リ ム の 若 者 た ち も
の だ、 と い う 意 識 が 共 有 さ れ る よ う に な る べ き
る。欧州でこれほどムスリムが差別されていると
だ」と言うのがその答えだった。
と か ら 生 じ る 感 覚 だ。先 の Sharia4Belgium
の創
Sharia4Bel- 始者もイスラムフォビアの苦しい経験を吐露して
いる。
いうことを示したい。テロ行為によって社会を分
Sharia4Belgium ムスリムであること、あるいはその両方であるこ
移民家庭の出身であること、ムスリムであるこ
断しようとするISの手口に乗ってはいけない」
。
に参 加 し や す か っ た と い う 。
とで社会から拒絶されたという感覚が生まれた要
パリ・テロやブリュッセル・テロは多くの人に
ISは「社会を分断させることを目的としてい
の 指 導 者 を 逮 捕 し た 時 点 で は、 既 に 数 百 人
gium
規模 の フ ォ ロ ワ ー が 過 激 化 し て い た 。
因として、ファン=フラーデン氏は反移民、反ム
大きな衝撃を与えたが、現地の複数のジャーナリ
年、 ベ ル ギ ー 当 局 が
指導者の逮捕で国内で活動を続けることが困難
スリムの右派勢力の存在があったのではないかと
ストに聞くと「あれほどの規模は予測していなか
し か し、
となり、シリアに戦士を送ることが選択肢の一つ
推測する。
た。支持者たちは犯罪行為を通じてジハドのため
3人がパリやブリュッセルのテロの実行犯となっ
を送るようになっていった。この中の少なくとも
ツ活動などを通じて支持者を集め、シリアに戦士
ラム教徒の移民制限やフランデレン地域のベルギ
民族主義政党「フラームス・ブロック」だ。イス
選挙で躍進を遂げたのがフランデレン地域の極右
ダ語)の3地域に分かれるが、1991年の国政
圏)、ブリュッセル首都圏(フランス語、オラン
、南部のワロン地域(フランス語
ンプにいたモロッコ人カリド・ザルカニがスポー (オランダ語圏)
視線が行ってしまう。相手も私が見ていると分か
車の中でムスリムの市民の姿を見かけると、つい
の政治記者ルディビナ・ポンスィ氏)。ただ、
「電
い」(ベルギーのフランス語新聞「ル・ソワール」
事をするなど、今までの行動を変えるつもりはな
民の感覚は違うのかもしれないが、「繁華街で食
いう感想が返ってきた。ジャーナリストと一般市
ったが、いつかは起きるのではと思っていた」と
の資 金 を 集 め る こ と を 奨 励 さ れ て い た 。
ーからの独立を訴えた。2004年、関連団体が
ブリュッセルでは元アルカイダのテロ訓練キャ
このように犯罪行為とジハドが結び付いている
ムスリムの市民に対する懐疑の目があるとした
るので気まずい思いをするが、ついそうしてしま
は議席数を減らしているものの、欧州難民問題の
ら、テロの影響は大きいと筆者は思わざるを得な
人 種 差 別 的 と す る 裁 判 所 の 判 決 の 後 で、 党 名 を
ジハド戦士たちの社会的背景に注目すると、モ
解決の糸口が見えにくい中、ベルギー国内では反
かった。「共に社会を構成する仲間」と考えられ
のが、パリ・テロの実行犯らが複数住んでいたモ
ロッコ系移民の家庭に育ったこと、貧困であるこ
移民・難民感情がより強くなっているといわれ
う」と言う。
とな ど の 特 徴 が あ る と い う 。
にならないようするためにどうするべきかを聞い
tion-processes-15418
hadist-hotbeds-understanding-local-radicaliza-
http://www.ispionline.it/it/pubblicazione/ji-
らダウンロードできる。
参考:ISPIのリポートは以下のアドレスか
るよう、大きな働き掛けが必要とされている。
しかし、どちらの要素が過激化により貢献して
いたのかは判別しにくい。裕福な家庭で育った青
ファン=フラーデン氏はこの二つの要素以上に
てみた。中長期な施策としては「移民家庭出身で
会い、ムスリム家庭に育つ若者たちがジハド戦士
大きいのが「拒絶あるいは排除」ではないかとい
も、ムスリムでもベルギー社会を構成する仲間な
年た ち も い る か ら だ 。
筆者はブリュッセルでファン=フラーデン氏に
る。
レンベーク地域のネットワークの特徴だという。 「フラームス・ベランフ」に変更している。近年
ベルギーの行政区域は北部のフランデレン地域
と な っ た。 年、政 府 は Sharia4Belgium
をテロ
組織 と し て 公 式 に 分 類 し た 。
12
15
う。これはもともとのベルギー人ではないこと、
( 30 )
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卑怯・非国民が一転、
国の政策に
集団疎開と強制疎開
開戦5カ月後の 年4月 日、東京中心に神戸ま
での太平洋岸の主要都市がドーリットル中佐率い
るB 爆撃機により空襲される。推計で死者 人
以上、重軽傷者は4百人を超え、家屋の全壊・全
焼は2百戸近くに及んだ。軍の発表は襲撃機 機
のうち9機を撃墜したという全くのウソで、被害
も「軽微」というものだった。初の本土空襲の実
態を覆い隠そうとしたが、緒戦の快進撃に沸き立
っていた国民に大きな衝撃を与えた。
それに敏感に反応した1人が作家の伊藤整。東
京・杉並区の借家に住んでいた伊藤は「この頃し
きりに家を建てることを考える」(
『太平洋戦争日
記』) 年 6 月 日)。 頭 金 を 工 面 す る と と も に
「四年賦(ローン)」で世田谷区・祖師谷の一戸建
てを購入する。当時の世田谷区は大半が農地帯で
軍需工場もなく、戦争中を通し大空襲にさられる
ことはほとんどなかった。伊藤は「私は人に先ん
いわゆる
じて所謂疎開をして、この地に来たがこれで空襲
への備えは人並みに果たした」と記す。「聖戦」
を賛美する日記を書き続けた伊藤は 年には新潮
社企画部長などの職を投げ打ち、家も高値で売却
し、出身の北海道に疎開する。
疎 開 は 政 府 が つ く り 出 し た 「造 語」 だ っ た。
『伊 藤 日 記』
──「東 京 や 朝 日(い ず れ も 新 聞)な
どで疎散の必要を説いている」
( 年8月 日)、
「こ の 二 三 日 毎 日 の よ う に 新 聞 に は 都 市 人 口 疎 散
のことが出ているが、近く当局から何か命令で実
践されることになる前提かも知れぬ」(8月 日)
。
こ の 記 述 の よ う に 最 初 は 「疎 散」 と い わ れ て い
( 34 )
共同通信社社友
参謀・難波三十四(陸軍中佐)が開戦1カ月前の
年 月に刊行した『現時局下の防空』という小
冊子を取り上げている。空襲についての軍部の認
識を示す資料である。
難波は、東京が 機編成で1回襲われたと仮定
して単純に計算する。「東京都の人口は大体七百
万であるから、一回の空襲で焼夷弾の場合では千
七百人の中一人、爆弾では三千五百人の中一人し
か死傷しない」。だから「空襲は決して恐れるべ
きものではない」「百人内外の死傷は誠に微々た
るものであり、戦争する以上当然忍ぶべき犠牲で
ある」とする。それでも空襲から逃れるため都市
から離れようとするのは「日本の武士道、帝国の
国民道徳はこれを許さない」「卑怯未練なものと
言うべく(略)非国民と言われても申し訳が立た
ない」
──。荷風が記した通りである。
日本軍は 年から蒋介石・国民政府の臨時首
都・重慶を断続的に空爆した。犠牲者は1万人以
上で、ほとんどが非戦闘員だった。一方、欧州戦
線ではナチス・ドイツが 年から英国の首都ロン
ドンに対して空襲を重ね、8カ月間で民間人の犠
牲者は4万3千人にも上り、家を失った人は百万
人といわれる。難波はこれら無差別爆撃のことを
当然承知の上で書いたとみられ、一般国民の犠牲
などは眼中にない独善的かつ高圧的な説教であっ
た。
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「疎散」が「疎開」に
41
40
日本本土への空襲もすぐに現実なものとなる。
13
18
国分 俊英
作家・永井荷風の日記『断腸亭日乗』1944
(昭和 ) 年 4 月 日 ─ ─
「食料品の欠乏日を追う
たい
ようや
て甚だしくなるにつれ軍人に對する反感漸く激し
ごと
いたるところ
くなり行くが如し。市中 到 處 疎開空襲必至の張
てんきょ
札を見る。一昨年四月敵機襲来の後市外へ轉居す
ひ きょう
のの
るものを見れば卑怯と言ひ非国民などと罵しりに
にわか
十八年冬頃より俄に疎開の語をつくり出し民家離
とり はらい
散取拂を迫る。朝令暮改笑うべきなり」。東条英
機内閣が空襲に備え、大都市からの疎開を推進し
始め た こ と に 対 す る 痛 烈 な 批 判 で あ る 。
太平洋戦争中の教育の実態を膨大な資料で記録
した児童文学作家・中山恒の『ボクラ少国民』シ
リーズ第四部『欲シガリマセン勝ツマデハ』。こ
の中で中山は、本土防衛に当たる防衛総司令部の
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た。しかし、これでは避難、退去というマイナス
イメージが強いとの理由で、政府は「開」と用語
に 統 一 す る。撤 退 を「転 進」、全 滅 を「玉 砕」と
言い 換 え た と 同 じ 類 で あ る 。
海軍はミッドウェー戦( 年6月)で大敗、陸
軍もガダルカナル攻防戦から撤退( 年2月)、
日本の要衝の島を「カエル跳び作戦」で陥落して
いく米軍に、日本軍は守勢一方となる。欧州では
日独伊三国同盟の一角イタリアが降伏、英米連合
軍がベルリンなどドイツの主要都市に対し、昼夜
じゅうたん
を問わない絨毯爆撃を開始する。日本にもその機
が迫 っ て き て い た 。
日本陸軍にも疎開的な発想がなかったわけでな
い。前掲『現時局下の防空』で難波は「老幼病者
の戦闘無能力者が足手まといになることは戦闘力
を減殺するので(略)適当な方法で防護収容の方
法を考えなければならない」と指摘している。だ
が、これは作戦上の邪魔者を排除しておくという
発想にすぎない。空襲対策としては国民を動員し
て行ったバケツリレーなどの消火訓練だけだった。
日本本土に対する本格的な空襲は 年6月
日、中国基地から発進したB による北九州爆撃
で始まり、 月には日本軍が玉砕したマリアナ基
地から東京を空襲、それが全国の都市に拡大され
ていく。北九州爆撃の約2カ月前の評論家・清沢
きよし
洌『暗黒日記』
──
「新聞は疎開のことを毎日毎日
書いている。疎開をするのにトラックがなく、汽
車が不自由、疎開先の連絡もやれぬ──足を縛っ
ておいて、それ飛べ、なぜ飛ばぬかというのが現
21
疎開先の劣悪な生活、無慈悲な強制退去
辺の住宅を強制的に立ち退かせ取り払うもので、
荷風は代々木駅周辺を見て書く。「省線沿線の民
ため
じんかい
家取拂の為綱にて引倒されし家屋の跡塵芥の臭気
粉ゝたり」。疎開命令が出ると、通告から早いと
ころでわずか5日、遅くとも 日後に退去しなけ
ればならない。東京医専(現東京医科大)の学生
であった作家、山田風太郎はその様子を『戦中派
不戦日記』に「町ゝいたるところにマル疎の白墨
印 押 さ れ た る 家 を 見 る」( 年 3 月 日)。 そ し
て、連日のようにそれらの家の取り壊しに動員さ
れる。荷風が記しているように道具はなく、みん
なで綱を引いて引き倒す原始的作業であった。
退去させられる住民は道具類を売りに出す。山
田 は そ の 情 景 を 記 す。「『う り も の』 と 記 し て 茶
碗、家具その他種ゝ様々のものを店頭街上に出し
て並ぶ。半年前までは三里遠きもみな来りて買い
争いしに相違なき品々を、ゆく人見返る者なきは
哀れなり」
リベラルな政治家、植原悦二郎は清沢らとの会
合で、強制立ち退きで家をめちゃくちゃに壊され
ても黙っている日本人について「この国民は何と
いう従順な国民だろう」と慨嘆した。植原による
と、強制疎開の担当者が「土地は陛下のものであ
るから、国策からこわすのに何の遠慮もなくドシ
ドシやる」と言明していたという。『暗黒日記』
に 記 さ れ て い る 話 で、 清 沢 は 「戦 争 と い う も の
は、個人の権利もなにも、全く認めない」「官僚
め ちゃ
と軍人の政治というものが、こうも日本を滅茶に
させてしまったのだ。ああ」(4月 日)と記す。
( 35 )
13
この経験談や証言は数多い。当時の新聞は児童
が親と離れても明るく元気で過ごしている日常を
報じたが、生活環境は劣悪だった。食料不足と飢
餓、そして不衛生である。『荷風日記』 年 月
じ どう
日──
「伊 豆 伊 東 の 旅 館 に 送 ら れ し 兒 童 の 中 に
にげかえ
は食物の量少なきため東京の親元に逃歸りし者あ
せん だい
ぼう しょ
り」「仙臺に近き片田舎の某處に送られし兒童中
こくみんがっこう
には國民學校の校舎に放火せんとして捕らえられ
し者あり。苦役に堪えず校舎が焼ければ親の家に
あ
送り返されるゝものと思い事を擧げしと云ふ。山
椒大夫の話も思出されて哀れなり」。清沢も「疎
ま びょう
開した児童が痲病〔=痲疹・麻疹〈はしか〉?〕
に感染して皆で医者にかかっている。(略)文部
省では黙っていてくれといっている由」と日記に
記す。
強制疎開は、軍需工場や鉄道沿線、幹線道路周
26
10
在の政治だ」
(4月 日)
。
柴山兼四郎・陸軍次官は、本土侵攻に対しては
「完璧な用意と確信を持っている」と議会で強調
する一方で、にわか仕立ての疎開策を進める。裕
福な層や地方に縁故のある都市住民に自主疎開す
る動きが出ていたが、これを政府の命令で実施す
る こ と を 決 め る。 中 心 は 「学 童 疎 開」 と 住 宅 の
「強制疎開」である。集団疎開は縁故疎開できな
い全国 都市の国民学校3年生から6年生を対象
に、学校ごとに地方の旅館や寺院で集団生活させ
るものであった。
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45
中国市場、無視できない
存在に
った。
このフォーラムのスタートは2001年で、日
韓両国の制作者によってTV制作者たちの歴史認
識の問題をテーマに、博多─釜山の定期客船上で
開催された。これを機に、日韓両国で毎年交互に
開催していたのだが、 年からは中国も正式に加
わり、以後、3カ国の持ち回りの開催となった。
テレビ制作者同士が、率直に意見を交わせるユニ
ークな場として定着したのである。
ただ、各国の主催団体に関しては少し性格が異
なる。日本は放送界のOB・OGらを中心に、個
人が手弁当で運営する「放送人の会」、韓国も同
様に、プロデューサー、ディレクターが個人の資
格で参加する組織「PD連合」であるが、中国だ
けは、政府機関の中国テレビ芸術家協会が主催団
体となっている。
ちなみに今年の大会は、湖南省長沙市で開く予
定だったが、開催直前になって、急に中国側から
無期中止が伝えられ、その後、北京での開催とい
うことになった。中止(延期)の理由について、
中国側からは一切説明がなかった。
関係筋によれば、このところの韓中の外交上の
対立がフォーラム開催に影響したとか、習近平政
権が進める地方政府の締め付け策の一環として、
地方での大型フォーラムの開催が認められなかっ
たなどのうわさが広がっていたという。このよう
なうわさが広がることからも分かる通り、どうし
ても中国のメディアでは、政府の意向が反映して
しまいがちだ。
その辺りは、出品してくる作品群にも反映して
いると言える。3カ国の違いを色濃く示していた
のは、今回の作品で言えば、ドキュメンタリーで
あろう。
今回、ドキュメンタリーのジャンルでは、日本
か ら は「N H K ス ペ シ ャ ル 老 人 漂 流 社 会」、韓
国 か ら は「S B S 特 集 地 獄 の 韓 国」、中 国 か ら
は広東省広播電視局の「私たちの青春」が出品さ
れた。NHKの「老人漂流社会」は老後破産の問
題 が、S B S の 「地 獄 の 韓 国」 は 若 者 の 社 会 格
差・貧困からくる社会への怒りが、テーマになっ
ている。
他方、中国の「私たちの青春」は、大学進学に
よって社会で成功した2人の若者を追いかけたド
キュメンタリーだ。そこには、現代の社会状況に
対する批判性は薄い。それぞれの国で、テレビメ
ディアが置かれる社会的背景が、反映された結果
と言えよう。
中国市場開拓に熱入れる韓国
なお私が個人的に強く関心を引かれたのは、韓
まつえい
国KBS制作の連続ドラマ「太陽の末裔」であっ
た。韓国軍特殊部隊の兵士と戦地などで救急医療
に携わる心臓外科女医とのラブストーリーで、韓
国国内で大ヒットし、中国でも大変話題になった
ドラマだという。ちなみに日本でも、韓国ドラマ
の 有 料 専 門 チ ャ ン ネ ル で、 既 に 放 送 さ れ て い る
が、一部の韓国ドラマファンには強く支持された
ものの、さほど大きな話題にはならなかった。
番組の質に関する評価はさておくとして、興味
を引いたのはその制作手法である。この連続ドラ
( 36 )
北京で TV 制作者フォーラム
上智大学教授
音 好宏
この 月 日から 日までの5日間にわたり、
北京で第 回日韓中テレビ制作者フォーラムが開
催された。このフォーラムに参加する機会を得た
ことで、日本のテレビ番組における海外展開の強
みと課題が改めて浮き彫りになったところも多い
ように感じた。今回は、この日韓中制作者フォー
ラムの様子を紹介しながら、同フォーラムで感じ
たこ と を ま と め て お き た い 。
この日韓中テレビ制作者フォーラムは、日韓中
3カ国の放送現場のプロデューサー、ディレクタ
ー、メディア研究者らの率直な意見交換の場とし
て、毎回、特定のテーマを決め、ドラマ、ドキュ
メンタリー、バラエティーの3ジャンルの作品を
各国が持ち寄り、制作者間の意見交換を行ってい
る。今 年 の テ ー マ は、「家 庭、青 年 の 感 情」で あ
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マは全 話だが、制作したKBSは 話全てを完
成させてから放送したという。その理由は、企画
段階から中国での放送を計画していたためで、中
国での放送が認められるよう、中国側の意向を意
識しながら制作が進められたのだという。具体的
な費用をここで書くことはできないが、この「太
陽の末裔」の企画に関して、中国側が多額の制作
費を出したのだという。このところ、中国のメデ
ィア系企業が多額の制作費を出資し、ハリウッド
クラスの大物タレントを起用するといった事例も
増えている。ただ、このような中国による海外番
組への大型投資は、タレント料の高騰という新た
な問 題 を 生 ん で い る よ う だ 。
韓国のテレビ界が、1990年代の「韓流ブー
ム」を追い風に、テレビ番組の海外展開に活路を
見いだしたことからも明らかな通り、既に韓国の
放送界は、海外展開を念頭に入れた番組作りが一
般的 に な っ て き て い る 。
中でも中国マーケットは、無視できない存在で
ある。中国側も企画段階から絡むことで、中国の
視聴者に合わせたストーリー展開、キャスティン
グなどを要請するので、中国市場での確実なヒッ
トを実現することが可能になる。そこでは時の政
権が主張する政治的メッセージに配慮する場面も
生ま れ よ う 。
ちなみにこの「太陽の末裔」は、中国では地上
波では放送されず、有料チャンネルでの放送とな
ったものの、中国の若者の間では、大変なヒット
となったという。現地の関係者からは、この番組
について兵士が恋愛に走るというストーリー設定
は、人民解放軍の士気に関わるものとして、視聴
者数の多い地上波での放送が見送られたのだとい
った話を耳にした。滞在中、この話の裏取りはで
きなかったが、KBS側からすれば、制作に当た
って中国の資金を入れたことで、中国市場に受け
入れられやすくなったのは確かだし、また、有料
チャンネルでの限定的な放送とはいっても、巨大
中国市場で放送したことによるビジネス的な価値
は大きい。
中国における海外番組輸入に当たっての検閲シ
ステムと、巨大な人口を抱える中国市場での視聴
者獲得という市場性とのはざまで繰り広げられた
韓国側のしたたかな対応の一端を垣間見た思いが
した。
もちろん中国側も、映像産業は将来性のある産
業であるとともに、政治的なメッセージを発する
ことになる危険性もある。中国政府も、その産業
振興には積極的である一方で、手綱は握っておき
たいところなのであろう。
少ない日本の国際共同制作
翻って日本のドラマ制作では、現状、海外マー
ケットを最初から念頭に置いて企画されるという
ことはまずない。日本の放送ビジネスは、初回の
放送で制作費を回収するビジネスモデルが堅持さ
れているし、国際共同制作もまだまだ少ない。
ただし、最もビジネスサイズが大きい地上民放
が行っている広告放送のモデルは、日本経済の景
気に左右されるマクロ経済連動型のビジネスモデ
ルだ。インターネット広告の伸長が著しい一方、
日本経済の先行きが明るくない中で、広告モデル
のみに頼ることへの先行き不安から、海外市場を
念頭に入れた番組作りに注目が集まりつつある。
ただ、海外展開といっても、アニメーションを
除けば、既に日本国内の市場で放送した、いわば
決算の済んだ番組の中で、特に海外市場で可能性
のある番組を海外向けに現地語への翻訳など「ロ
ーカライズ」して海外へ輸出したり、番組の企画
のみを売るフォーマットセールスが主流であっ
た。近年、海外からの観光客を呼び込むインバウ
ンドの可能性と連動して、放送番組の海外展開の
支援策が急増しているが、日本の場合、韓国の放
送界のように、国内市場が小さいが故に、最初か
ら海外を意識した番組作りをしなくてもよいとい
う事情がある。
ただ、日本の経済状況を見てみると、多くの分
野で中国市場を意識した対応が見られるようにな
って久しい。早晩、映像コンテンツ市場において
も、中国市場など海外市場を最初から意識した番
組作り、特に国際共同制作が求められてくるので
はないか。その点で言えば、韓国の先行事例は日
本の参考になろう。
他方で、フォーラムの最中にやりとりした中国
の関係者によると、日本で大ヒットした連続ドラ
マのリメーク権に熱い視線が注がれており、番組
名は紹介できないが、原作者との権利調整など、
既に幾つかの番組企画が進んでいるという話も聞
いた。
日本に対して、将来を見越した動きを早々に進
めているのは、中国側なのかもしれない。
( 37 )
No.660
メ デ ィ ア 展 望
2016.12.1
16
16
西 茹
人は
% と な っ て い る (朝 日 新 聞 朝 刊 9 月
日
い。実際、同調査では訪日経験があると答えた人
が、昨年の7・9%から ・5%へ、また日本に
・7% を上
回り ・9%に増え、その見方を裏付ける。
題 が 依 然 と し て 感 情 の 障 害 と な っ て い る が、 他 「行きたい」と回答する人が昨年の
付)。両国国民の間には、歴史認識問題や領土問
81
い印象を持ちながら、悪化する相互感情に懸念を
ただなかなか読みにくいとの見方を持つ人も少
ディアを通じ政府の姿勢に左右されるからであ
る。中国政府の対日政策に変化が起きているから
日中共同世論調査は2005年から毎年実施さ
は、南シナ海仲裁判決の後であり、中国メディア
だ が、 日 中 共 同 世 論 調 査 が 行 わ れ た 8 ~ 9 月
ではないかとの臆測もある。
れているが、相手国に対し「良い印象」を持つ比
の日本批判のトーンが弱まったとの実感はなかっ
く、日中関係の将来に対し、「良くなっていく」
が見られる。好感度が上がりつつあるだけではな
はっきりとした増加が見られたかもしれないと。
は微増にとどまったが、そうでなかったらもっと
国政府の日本批判が厳しかったので、対日好感度
5・2%から ・7%に回復し、毎年改善の傾向
日中関係と国民感情に関する世論調査の結果が
と見る中国人は ・6%(昨年 ・5%)と微増
回日中共同世論調査」(以下日中共
9 月 に 相 次 い で 発 表 さ れ た。 日 本 の 言 論 N P O
行 っ た 「第
で き る」 と 考 え る 人 も 昨 年 の
・8%に達した。相互関係の改善にとって民間
・ 2%)、「教 員 ・ 教 育 関 係 者 同 士 の 交
ア 間 の 交 流」(
つつある。伝統メディアもSNS(ソーシャル・
と答えた日本人は ・6%(昨年 ・8%)と増
入 れ」(
流」( %)も、重 要 な 交 流 チ ャ ン ネ ル と し て 挙
・
3%)と減少した。日中両方の国民感情が悪化し
げられた(中国経済網東京9月 日「2016年
・ 7% (同
たままの状態にあるが、両者の意見のすれ違いが
世論調査はメディアとインターネットについても
設問した。興味深いのは、「自国のメディアの報
道は客観的で公平か」について、「客観的公平」
だと思う中国人は ・3%で高水準のように見え
まな見方がされるだろう。日本を訪問する中国人
る。だが、実際はピークとなる 年の
・5%か
られる。米調査では、中国人に好感を持たない日
ら年々下がり、一方で、「客観的公平でない」と
中国人の対日印象の改善をどう読むか、さまざ
23
観光客の増加がもたらした結果だと見る人は多
ピュー・リサーチ・センターの調査結果からも見
中日共同世論調査結果」
)
。
え た の に 対 し、 中 国 人 の 方 は
50
広がった点も注目される。同じ傾向は米調査機関
78
88
76
91
本人が %に対し、日本人に好感を持たない中国
13
71
32
24
ないと影響力を果たせなくなっている。日中共同
印象が「良くない」「どちらかといえば良くない」 交流が重要だと考える人は6割を超え、「メディ
同世論調査と略称)の結果では、相手国に対する
17
19
19
ネットワーキング・サービス)を積極的に利用し
30
12
・ 3%)、「相 互 の 留 学 生 の 受 け
うに、中国では既にネットメディアが主流になり
より注目すべきは、世論形成の情報環境の変化
た。むしろこんな解説ができるかもしれない。中
率が中国側で、調査開始以来最も低かった 年の
注目は情報環境の変化
超えている。
なくない。なぜなら、中国人の対外世論は官製メ
40
抱き、日中関係が重要だと考えている人も7割を
方、日本人にしても、中国人にしても、互いに悪
35
13
14
13
ルー
シー
し、日中両国の「平和的な共存・共栄関係が実現
北海道大学大学院
准教授 ( 民 間 非 営 利 団 体) と 中 国 国 際 出 版 集 団 が 共 同 で
~観光客の増加や情報の多様化で
であろう。このコラムで以前から紹介してきたよ
対日感情が改善傾向
・ 4% を 上 回 る
中国
86
84
( 38 )
21
No.660
メ デ ィ ア 展 望
2016.12.1
した。偶然かもしれないが、その増加傾向は、中
ディア)大学の趙利新准教授は「日本新華僑報網」 ー、生活、IT(情報技術)と多彩多様であり、
の流れも、情報の流れもつくられた。中国傳媒(メ
99万人を上回った。この人の流れに伴って、商品
アだ。内容は娯楽、ファッション、健康、レジャ
えた。その4分の1は情報提供を主とするメディ
思う人は増え続け、 年の8%から ・2%に達
国人 の 対 日 印 象 改 善 の ペ ー ス と 一 致 す る 。
「一 部 の 中 国 人 観 光 客 の 良 く な い 振 る 舞 い で、
の全体像もあまりに膨大で把握できない。筆者は
日本情報を発信する「微信公衆号」の配信状況
マスコミより現実に近く、生活に近い。
況もうかがえる。日本側は「日本のニュースメデ
中国人旅行者は常に日本メディアの注目点となっ
で訪日中国人の情報発信を次のように指摘する。
・ 2%)、「日 本 の テ レ ビ ド ラ マ ・ 情 報
周りの中国人留学生に「あなたがブックマークし
ィ ア」(
ている。だが、一方で訪日中国人は日本情報の重
番 組 ・ 映 画」(
ネット・SNSを通じた会話・情報」( ・7%) 要な窓口となり、日本の良いイメージを広げてい
を超えた。それらを
美食を随時に自分の微博(中国版ツイッター)と
ー の よ う な 機 関 以 外 に、 日 本 在 住 の 中 国 人 が 多
追跡し観察すると、発信者は日本北京文化センタ
頼したら、あっという間に
微信(中国版ライン)で発信し、知人・友人とシ
い。 内 容 は ネ ッ ト 通 販 情 報 も あ れ ば、 政 治、 社
る。つまり、彼(彼女)らは日本で撮った美景と
5%)、「中国のテレビドラマ・情報番組・映画」
ェアするため、自然に日本の対中宣伝『発信源』
会、経済、芸能、生活、美術、音楽などもある。
%)、「日 本 の ニ ュ ー ス メ デ ィ ア」(
・
・9%)、「中国の書籍」( ・8%)、「家族や
になっている。清潔で、礼儀正しい日本は人々を
情報源は日本のテレビ、新聞、週刊誌、ネットで
(
知 人 ・ 友 人、 ネ ッ ト ・ S N S を 通 じ た 会 話 ・ 情
魅了する」
、
「中国の観光客は素質を高めれば、イ
報」(
中国で最も人気のあるSNSの微信の利用者は
庶民感覚伝えるSNS
3%)、「日本のテレビドラマ・情報番組・映画」 ン タ ー ネ ッ ト 訪 日 が 日 本 人 に 良 い 印 象 を も た
+
( %)とより多様な情報源に接している。音楽、 らせるかもしれない」
。
ア ニ メ は 両 国 と も 1 割 以 下 だ。 よ り 細 か く 見 る
と、「中国のニュースメディア」と答えた人では、
「テレビ」が %(昨年 ・4%)で、「モバイル
月
もある。トランプ氏当選の米大統領選の結果に日
本人がどう反応したか、「中国独身の日」
(
日)に行われたネット通販を日本の人々はどう見
ているか、民放番組やネット上のやりとりをベー
政府が国際報道をコントロールし、国際情報を
回答する中国人は %と圧倒的多数を占める。
る。しかも、ネット世論が民意を反映していると
末を通じてニュースを得る人の急増ぶりが見られ
メディアを中国では「自媒体」と呼ぶ。今年6月
ど文字、画像、動画、音声を駆使し自ら発信する
は静かなブームになっている。「微信公衆号」な
発信する「微信公衆号」(微信公式アカウント)
が美景美食の写真を送るだけでなく、日本情報を
中国の対日感情の改善傾向は、日本訪問者の増
あるいは個人感覚で日本を描いている。
あるだろう。「自媒体」は庶民感覚や若者感覚、
本をあなたに教える」という「自媒体」の立場に
マスコミとの大きな違いは「私が知っている日
スにした記事が素早く届いた。
統制しようとする中国で、日本情報を得るチャン
加と情報の多様化に引っ張られている側面が大き
よると、「微信公衆号」は
済、マスコミレベルの改善が不可欠だろう。
に出版の『新媒体青書:中国新媒体発展報告』に
7億人に達した。微信の「朋友圏」に訪日中国人
もあるし、独自に取材したオリジナルな取材記事
・
という情報源から中国関連情報を得る。それに対
10
し、中国側は「中国のニュースメディア」(
た日本情報の微信公衆号を教えてください」と依
・ 6%)、「家 族 や 知 人 ・ 友 人、
さらに、同調査から相手国に関する情報源の状
20
・7%(同4・8%)となる。携帯端
82
日の観光局の発表では訪日中国人は1~
始以降、登録数は今年2月までに1000万を超
12
88
ネル が 多 様 化 し つ つ あ る の は 意 味 が 深 い 。
月
19
9月累計で500万人を突破し、昨年1年間の4
10
( 39 )
13
い。それを安定した形で進めるために、政治、経
端末 」 が
61
11
13
年8月のサービス開
26
11
16
32
86
30
14
94
20
53
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連載
日本人ヤングムスリムとの出会い
社会が抱える問題を見るために
伊 藤
早稲田大学修士課程修了(現共同通信社記者) 亜 衣
16
に疑問をぶつけても納得のいく回答は得られなか
った。
初めて食べたラーメン
生まれてからずっと豚は汚いもので、食べたら
地獄に行くと聞かされ続けていた。ワカスさんの
家族はハラールではない肉は豚肉でなくとも食べ
ない。そのため友人からの誘いを断ることが多か
った。学校帰りにみんながラーメン屋に行く時は
一人だけ先に帰った。みんなと一緒に行きたい。
でも食べてはいけない。 藤が続いた。友人たち
は時々、気を使ってメニューが豊富なファミリー
レストランに行こうと言ってくれたが、申し訳な
く思っていた。
高校2年生の学校帰りに初めてラーメン屋さん
に入った。これまでも友人に誘われることはあっ
た が、 断 っ て い た。 こ の 日 は な ぜ か 誘 い に 乗 っ
た。恐る恐る豚骨ラーメンを注文した。当時はラ
ーメンの食べ方も分からなかった。麺とスープど
ちらから手を付けていいのか、メンマは麺と一緒
に食べるのか。罪悪感はあったが、完食した。
徐々にイスラムに背を向けるようになっていっ
た。友人とマクドナルドに行って食べるのは、フ
ィ レ オ フ ィ ッ シ ュ か エ ビ フ ィ レ オ だ っ た。 あ る
日、初めて肉の入ったハンバーガーを食べた。緊
張で罪悪感に襲われた。家族には話せない。家に
帰ってそわそわする気持ちを懸命に抑えた。しか
し、次第にイスラムで禁止されているものを受け
入れるようになっていった。数回繰り返すうちに
罪悪感もなくなった。
( 40 )
6
小学生までは何の違和感もなく、ムスリムであ
日本の文化や習慣とイスラムの戒律の間で生き
るボーンムスリムの子どもたち。自分の意思で入 ることを周囲に隠すこともなかった。学校にムス
信したムスリムは、イスラム教の置かれた現実を リムは自分一人だけだったが、そこに疑問を感じ
ある程度理解した上で入信する。しかし、ボーン ることはなかった。
ムスリムは生まれた時からなぜか自分はムスリ
矛盾に気付き疑問を持つように
ム。自ら選択してムスリムになったわけではない
分、納得できないこともたくさんあるし、つらい
しかし、次第にイスラムの道から外れていく。
思いをすることも改宗ムスリムに比べて多い。
、 歳の時に、父の経営する会社の業績が悪化
した。父は息子のワカスさんにこう語りかけた。
ムスリムとして生まれる
﹁私 は い い こ と ば か り し て い る し、 絶 対 ア ッ ラ ー
は見てくれているから何とかなる﹂
しかし、事態は深刻だった。ワカスさんは、夜
中にリビングで泣きながら礼拝する父の姿を見
た。﹁宗教って何だろうなって。救われているわ
けでもないし﹂。これまで両親から教わってきた
ことは、果たして本当に正しいのか疑問を持つよ
うになった。イスラム教では将来のことは全てア
ッラーが知っているとされる。両親はよくワカス
さんに、
﹁頑張った分だけアッラーに報われるよ﹂
と言った。一生懸命頑張って勉強して受験に失敗
しても、それはもう決まっていることだから落ち
込 む こ と は な い と。﹁じ ゃ あ 頑 張 る 意 味 な く な
い?﹂。ある時、矛盾に気付いてしまった。両親
23
パキスタン人の父と日本人の母を持ち、ムスリ
ムとして日本で生まれ育ったワカスさん︵仮名、
︶は現在、故郷を離れ大手企業に勤めながら一
人で暮らしている。生まれた時からイスラム教を
疑ったことはなかった。何が正しくて何が間違っ
ているのかも分からない。ただ、自分がムスリム
であることは当たり前のことだった。両親から教
えられることが全て正解だと思っていた。コーラ
ンを読んでいると、﹁いい子だね﹂﹁よく知ってい
るね﹂と父に褒められる。それがうれしくて読ん
だ。父と一緒によくモスクへ足を運んだ。﹁アッ
ラーのためというよりは全て親のためにやってい
ました﹂。
15
No.660
メ デ ィ ア 展 望
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スリムらしく﹂過ごしてきた。信仰心が全くなか んは﹁別にいいよ。ラーメン食べに行こうぜ﹂と
ったわけではない。それでも信仰心より恐怖心の 開き直っていた。だから隠す理由も必要もなかっ
方が大きかった。思春期は﹁いかがわしい﹂もの た。豚肉を食べお酒を飲むようになり、﹁落ちぶ
に興味が出てくる年頃。しかし、イスラムではシ れたな﹂と感じた時、もうムスリムとして生きる
ャリーアという法律によってポルノが禁止されて ことを半ば諦めた。しかし、今でも家族には言え
いる。見てはいけないものと知りつつも、目にし ない。言わない方がいいと思っている。だから家
てしまった。﹁何てことをしてしまったんだ。や 族の前では﹁ムスリムらしく﹂振る舞う。そうす
ばい、どうしよう。アッラーに絶対見られてた﹂ れば両親が喜んでくれるから。
と恐怖に駆られた。今では恐怖心も無くなった。
ボーンムスリムの苦悩
もし、生まれ変われるとしたらムスリムではな
い家庭に生まれたい。そして自分の子どもにもム
ワカスさんのようにムスリムであることをオー
スリムであることで悩んだり苦しんだりしてほし プンにできる子どもたちばかりではない。中には
くない。それでも結婚となるとこのままでいいの 友人に隠して生活している子どももいる。パキス
か不安になる。結婚は夫婦二人だけの関係ではな タン人の父と日本人の母を持ち、日本で生まれた
く、両家の家族ぐるみの付き合いとなる。ムスリ ムスリム、ザイナブさん︵仮名、 ︶は、外国人
ムではない女性を両親に紹介できない。それにム ムスリムの親をもつハーフの子どもの苦悩をこう
スリムの自分を相手の両親が受け入れてくれるの 話す。
かどうかも分からない。イスラムの家族のことを
﹁外 国 人 ム ス リ ム の 親 は 宗 教 に 関 し て 強 め な ん
考えて結婚するか、それとも自分が好きになった ですよ。それが悪いっていうわけではなくて、親
女性と結婚するのか。今までは自分だけのことを が厳しく言わないと子どもは日本の環境に乗っち
考えていればそれでよかった。しかし、これから ゃ っ て 宗 教 は 全 く 関 係 な い み た い に な っ て し ま
先、どういう女性と結婚すればいいのか、子ども う。親はそれを恐れるんですよ。だから幼い頃か
はどう育てるべきなのか、誰にも相談できずに悩 らモスクに連れて行ったりとか、コーランを読ま
んでいる。
せたりとか、そういうしつけをする。でももちろ
ムスリムが超少数派の日本で、なぜかムスリム ん子どもは反抗期があるし、周りと違う自分を気
として生まれ育てられるボーンムスリムの子ども にするようになる。人間だからソーシャルな関係
たち。ワカスさんの場合、ムスリムであることは がないと生きていけないじゃないですか。友達に
学校でも友達にも隠すことなく生きてきた。思春 ﹃なにお前、お祈りしてんの?ムスリム?﹄って
期に入り、友達と外食する機会が増えた。友達は 聞かれると、そこを隠すようになっちゃう。在日
ムスリムの自分を気に掛けてくれたが、ワカスさ ムスリムのハーフはみんな結構こんな感じです﹂
( 41 )
﹁落ちぶれたな﹂
親がいない時は礼拝も断食もしなかった。イス
ラムの教えを守っても守らなくても高校生活には
満足していた。良い友達に恵まれ、かわいい彼女
もいた。何一つ不満に思うことはなかった。小さ
い頃から、イスラムの教え通りにきちんと道を進
んでいけば幸せになれると聞かされてきた。しか
し、 ム ス リ ム で は な い 大 富 豪 は 世 界 中 に 大 勢 い
る。幸せに暮らすのは、ムスリムだけではない。
逆に、紛争下で暮らす人々や故郷を離れ難民とな
るムスリムがたくさんいる。救われないムスリム
が い る の は な ぜ だ。 疑 問 を ム ス リ ム に ぶ つ け る
と、決まって﹁死後、天国に行けば救われる﹂と
話す 。 そ ん な の 分 か る わ け が な い 。
大学入学と同時に上京した。偶然、顔を出した
サークルが飲み会サークルだった。新入生歓迎コ
ン パ で、 酒 を 浴 び る よ う に 飲 む 周 囲 に 圧 倒 さ れ
た。自分にも順番が回ってきた。白ワインを一気
飲みした。豚肉も食べてしまい、ついにはお酒を
飲んでしまった。﹁落ちぶれたな﹂。結局そのサー
クルに入ることになり、半年もたたないうちに、
酒を飲む自分に対して何も思わなくなった。3年
生になった時には、飲み会サークルの代表を務め
るま で に な っ た 。
信仰心より恐怖心
生まれた家庭がイスラム教だっただけで、自分
の意思でなったわけではない。だからイスラムの
信仰に熱心さはなかった。ただ家族の前では﹁ム
25
No.660
メ デ ィ ア 展 望
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ボーンムスリムの親たちは子どもが立派なムス
リムに育つことを願っている。学校生活でもでき
る限りイスラムの教えを守れるよう学校側に掛け
合う。礼拝させてください、弁当を持参させてく
ださい、ヒジャブをかぶらせてください。学校に
よって対応はさまざまだが、ある程度の範囲では
認められているようだ。しかし、当の子どもたち
にとっては、イスラムの教えを全うすることより
も大事なことがある。同級生の輪にうまく溶け込
めるか、友人にどう思われるだろうか。気になる
のは 周 り の 友 達 の 目 だ 。
人がアーミルさんに商品を指して言った。
﹁ごめん。俺、豚肉食わないから﹂
﹁あっ、そっか﹂
これまでだったら、﹁俺、今それ食べたくない
わ﹂ と 返 し て い た。 ム ス リ ム だ と バ レ な い よ う
に。﹁今は、自分からあえて言っています﹂と話
す顔は誇らしげだ。﹁言ってしまえば僕は最近改
宗したくらいの気持ちなんですよ。生まれつきム
スリムなんですけど、ムスリムとして何もしてい
なかったんで、感覚的にはボーンムスリムってい
うよりも改宗したくらいの気持ちですね。おかし
いですよね﹂と笑う。
父の機嫌をとるために礼拝
ムスリムの親から生まれた子どもは生まれなが
らのムスリム、ボーンムスリムだ。イスラムでは
両親のいずれかがムスリムであれば、生まれた子
どもはムスリムとなる。
アーミルさんはパキスタン人の父と日本人の母
をもつボーンムスリムだ。1981年に来日した
父は、パキスタン人のムスリム。日本人の母と1
990年に結婚し、母は結婚を機にムスリムにな
った。そして1993年3月に愛知県名古屋市で
アーミルさんは生まれた。
物心つく前から父と一緒にモスクに行き、モス
クでコーランの勉強をした。1日5回の礼拝も父
の言う通りに行った。父は息子を立派なムスリム
に 育 て よ う と し た。 し か し、 ア ー ミ ル さ ん 自 身
は、﹁父のために礼拝しているくらいの気持ちだ
ったんですよ。父がいなかったらもちろんしない
ですし、父を喜ばせるために、言われたからとり
あえず落ち着かせるためにしていました﹂。
礼拝だけではない。ラマダーンの断食期間中、
家族の前では飲み食いしないが、学校では友人と
昼ご飯を食べ、兄とこっそりコンビニに行くこと
もあった。
イスラム教は信者が守るべき行動規範が日常生
活の細部にわたって定められている。そのためイ
スラム社会で育つと、文化や習慣と宗教の境目が
分からなくなることもある。イスラム国家のパキ
スタンで生まれ育ったアーミルさんの父もその1
人だ。ムスリムに囲まれて育った父にとって、イ
スラムは日常生活そのものだった。アーミルさん
の母サキナさん︵仮名︶は、﹁パキスタンとかイ
スラム圏のムスリムの中にはコーランを読んだこ
とがなくて、家族から聞いた話しか知らない人が
います。それが全てイスラムの教えだと思い込ん
でしまう人もいるんですよ﹂と話す。
結婚当初、夫は夕方に自宅で礼拝をする時、必
ず家中の全ての明かりをつけていた。入信したば
かりのサキナさんは、それが礼拝をする時の決ま
りだと思った。しかし、どこにもそのような教え
は見当たらなかった。そのことを問われた夫はイ
マームに尋ね、イスラムの教えでなかったことを
知った。生まれた時から家族や親戚のまね事をし
てきたムスリムにとって、家族の習慣とイスラム
の教えとの間の線引きができないことがある。夫
はサキナさんに指摘されるまで、自分の行動がイ
スラムの教えではなく、自分の家族固有の習慣で
あることを知らなかったのである。
︵次号に続く︶
( 42 )
僕はもう一度ムスリムになった
﹁ハ ー フ、 パ キ ス タ ン 人、 ム ス リ ム、 こ の 3 つ
がどうしても出せなかった﹂。そう語るのは、大
学3年生のマリク・アーミルさん︵仮名、 ︶。
肩幅が広く、がっしりした体つき。アパレルのバ
イト経験がある、おしゃれな男子学生だ。﹁外見
はめちゃめちゃ日本人ですよ﹂と本人は言うが、
彫りが深い目元からはどこか異国情緒が漂ってい
る。昔から﹁どこのハーフ?﹂とよく聞かれる。
そのたびに、ブラジル人などと適当に答えた。
﹁パ キ ス タ ン っ て 言 う と イ ス ラ ム 教 に つ な が っ
ちゃ う ん で ﹂
長い間、隠してきた﹁ハーフ、パキスタン人、
ムスリム﹂をオープンにするようになったのは大
学2年生になってから、ここ最近のことだ。日常
の何気ない会話も変わった。昨日、友人とコンビ
ニに 行 っ た 。
﹁ こ の 豚 焼 き そ ば 、 お い し そ う じ ゃ な い﹂ と 友
20
No.660
メ デ ィ ア 展 望
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てまだまだ試行錯誤を続けていますが、読
▼本年最終号となりました。編集人とし
の 欧 州 連 合 (E U ) 離 脱 を 決 め た 国 民 投 票 と い
た。驚きの結果との受け止め方が大半です。英国
▼米国の次期大統領にトランプ氏が選ばれまし
来年1月 日に就任予定です。在米の定期寄稿者
す。世界が戸惑っているということでしょうか。
の 後 急 反 転 し、 目 ま ぐ る し い 動 き を 見 せ て い ま
とし お
(倉沢章夫)
である津山恵子氏に書いていただきました。
ます。
の改正が必要であり、今回は天皇の意向を受け
マーケットは当初こそ警戒していたものの、そ
符が付けられています。
い、予想外の結末で、メディアの事前予測に疑問
者の皆様のお声に耳を傾けながら、内容の
充実を図ってまいりたいと考えています。
▼さて本号のトップは作家、浅田次郎氏
の講演録です。浅田氏は新聞記者について、「歴
史に立ち会っている職業」と考え、「メディアと
いうものは真実を暴かなければならないし、真実
「皇室批判」は新聞のタブーか
ての法改正となり、これは「天皇は国政に関す
「生前退位」を実現するためには皇室典範等
ィアが戦争に対して負う責任はものすごく大き
今年の新聞協会賞ニュース部門はNHKのス
クープ「天皇『生前退位』の意図」
(7月 日) る権能を有しない」という憲法第4条の文言に
うだったか、じくじたる思いも致します。後輩た
う。とはいえ、問題はその後の推移について新
に決定しました。文句なしの授賞といえましょ
ジによる天皇の表明は、憲法第4条に違反する
抵触します。また、8月8日のビデオメッセー
日に開かれた弊会主催のシンポジウム
ちに語り伝えていってほしいとのことでした。
▼ 月
日ごろ、憲法擁護の旗を掲げている朝日、毎
シンポジウムの中身については、弊誌の新年1
勉強してほしいとの厳しい指摘がありました。
であること、真実に肉薄し報道するためにもっと
学法学部教授の鈴木正朝氏から、記者が勉強不足
アへの要望を述べましたが、その後、特に新潟大
お務めについてのお気持ち」を放送すること自
そもそも公共の電波を使って「象徴としての
を否定し「生前退位」の意向を示唆しました。
立場で表明。公務の負担軽減や摂政を置くこと
り方や公務についての考えを「個人として」の
日のビデオメッセージで天皇が象徴としての在
ップをかけられているのでしょうか。「皇室批
らないのか、大いに疑問です。編集幹部にスト
るそうですが、なぜ、紙面で堂々たる論陣を張
退位」に関する天皇の発言を「違憲」としてい
一部の週刊誌によると、皇室記者らが「生前
ょうか。
天皇の言動を批判しないのはいかがなものでし
日、東京などの各紙が、憲法を無視するような
月号と2月号、さらに2月をめどに刊行される弊
体、公的であり、天皇が「個人として」と強調
判」(天皇制)が新聞にとってタブーであるの
日のNHK報道が発端となり、8月8
会の書籍をご覧いただきたいと思います。なおシ
しても、それは詭弁にほかなりません。まして
64
き べん
ン ポ ジ ウ ム は 、 150 名 近 く の 聴 衆 を 集 め 盛 況
(東京都足立区 小林 明 )
は情けないと思わざるを得ません。
や天皇自身の気持ちを明確にしているので、そ
定の 書 籍 、 ご 期 待 く だ さ い 。
で、パネリストの方々も熱く語られ、予想以上に
7月
材姿勢が問われています。
恐れがあります。
もないのですが、自らを振り返ると、果たしてど
い」と強調されました。誠にその通りでコメント
を国民に伝えなければならない」と述べ、「メデ
20
聞が及び腰であることです。特に皇室記者の取
13
の政治的影響を考慮しない方がおかしいと思い
基調講演でジャーナリスト、津田大介氏がメディ
でもメディアに対する注文が相次ぎました。まず
16
興味深い内容となりました。1~2月号と刊行予
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編集後記
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No.660
メ デ ィ ア 展 望
2016.12.1
2016.12.1
メ デ ィ ア 展 望
No.660
調 査 会 だ よ り
ー保護とメディアの在り方」と題したシンポ
◎ボーン・上田賞の推薦候補者募集
ジウムを開催しました。メディア・アクティ
第67回「ボーン・上田記念国際記者賞」
ビストの津田大介氏が基調講演を行った後、
(2016年度)の推薦候補者を募集しています。
松本真由美氏(東京大学教養学部客員准教
ボーン・上田記念国際記者賞は、新聞・通
授)の司会で鈴木正朝氏(新潟大学法学部教
信・放送・その他を通じて報道による国際理
授)
、神田知宏氏(弁護士)
、山口真一氏(国
解の促進に貢献した、報道現場で活躍してい
際大学 GLOCOM 講師)、杉田弘毅氏(共同
る記者個人を顕彰することを目的としていま
通信社論説委員長)が参加してパネルディス
す。主に海外での取材・報道活動を選考対象
カッションを行いました。
としていますが、日本での取材活動に基づく
◎日ロ関係で共同・佐藤外信部次長が講演
報道、解説なども対象に加えています。国際
政治、外交、経済にとどまらず文化、社会、
新聞通信調査会は11月25日(金)、東京都
科学、スポーツなど幅広い分野でのニュース
千代田区内幸町 2 - 2 - 1 にある日本プレス
報道からご推薦いただくようお願いします。
センタービルで11月定例講演会を開催しまし
お心当たりの報道活動がありましたら、12月
た。講師は共同通信社外信部次長の佐藤親賢
14日(金)までに新聞通信調査会ボーン・上
氏、演題は『プーチン外交と日ロ関係の展
田記念国際記者賞委員会事務局あてに、ご連
望』でした。
絡いただきたくお願いします。
(連絡先)ボーン・上田記念国際記者賞委
員会事務局 鈴木元、電話番号は03-35931081。
〉〉〉通信社ライブラリーだより〈〈〈
《購入書籍》
◎プライバシーとメディアでシンポ
●
『検閲帝国ハプスブルク』
(菊池良生著、河出
公益財団法人新聞通信調査会はプライバシ
ペディア現代ジャーナリズム』(早稲田大学ジ
ー権を守るために必要なことは何か、メディ
アは現状を把握し対応できているかなどを検
証する目的で11月16日(水)に東京都千代田
区内幸町にあるイイノホールで「プライバシ
書房新社、215㌻、1,500円)●『エンサイクロ
ャーナリズム教育研究所編、早稲田大学出版部、
403㌻、3,600円)●
『はじめて学ぶ学校教育と
新聞活用~考え方から実践方法までの基礎知
識』(小原友行、高木まさき、平石隆敏編著、
ミネルヴァ書房、206㌻、2,500円)●
『秘録~
核スクープの裏側』
(太田昌克著、講談社、255
㌻、1,700円)●
『原寿雄自撰デスク日記~1963
定価150円 1 年分1,500円(送料とも)
~68』(小和田次郎著、弓立社、396㌻、2,200
発行所 公益財団法人 新聞通信調査会
〒100-0011 東京都千代田区内幸町 2 - 2 - 1
日本プレスセンタービル 1 階
☎ 03-3593-1081(代) FAX 03-3593-1282
E-mail:chosakai@helen.ocn.ne.jp
円)●『テレビの履歴書~地デジ化とは何だっ
た の か』(原 真 著、 リ ベ ル タ 出 版、 170 ㌻、
1,500円)●
『聞かないマスコミ答えない政治
家』(池上彰著、ホーム社、205㌻、1,000円)
●
『メディア・リテラシーの現在(いま)~公害
いずれかの方法で購読代金を前払いしてください
/環境問題から読み解く』(池田理知子編著、
◇郵便振替口座 00120-4-73467
ナカニシヤ出版、248㌻、2,400円)●
『最新放
(通信欄に購読開始月も記入してください)
送業界の動向とカラクリがよくわかる本~業界
人、就職、転職に役立つ情報満載』
(中野明著、
◇ゆうちょ銀行 〇一九 店 当座 0073467
秀和システム、237㌻、1,400円)●『科学技術
(振り込む際、必ず上記アドレスにお名前、郵便番
号、住所、電話番号、購読開始月を連絡ください)
報道史~メディアは科学事件をどのように報道
したか』(御代川貴久夫著、東京電機大学出版
印刷所 株式会社 太平印刷社
ISSN 2187-2961 Ⓒ新聞通信調査会2016
局、199㌻、2,300円)
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