情報メモ NO.27-73 製造業の国内回帰 ~「地産地消」の原則に基づく一部の動きにとどまる~ 2015 年 10 月 22 日 調査部 担当 鈴木 潤 TEL:03-3246-9370 円高の是正が進み円安水準が続くと、円高の時に海外に移管した生産拠点が国内回帰するのでは ないか、との期待が高まってくる。大企業の一部には、国内工場への生産移管や、国内生産比率を 上昇させることを発表するなど、具体的な事例も報道されている【図表 1】。本稿では、これらの企業 の動向が、日本経済全体の動きとなっていくのかを分析した。 【図表1】 国内回帰の事例 業種 企業 対象製品 規模 元の生産国 北米向け「カムリ」 トヨタ 米国 北米向け「レクサスRX」の一部 日産 輸送用 機械 ホンダ カナダ SUV「ローグ(エクストレイル)」 年産10万台 ミニバン「セレナ」 2~3割の部品 米国 北米・欧州向け「フィット」 年産3万台 ミニバン「ジェイド」 ほとんどの大型部品 韓国、中国 メキシコ 50ccの小型スクーター ベトナム 中型二輪車 2.7万台 タイ 二輪車の部品 全部品の1/4 タイ 電子レンジ・エアコン 一部 中国 キヤノン 高価格帯の複合機・カメラ・プリンター 全ての新製品 オムロン 家庭用血圧計 中国生産分の一部 ダイキン 家庭用エアコン 年産25万台 シャープ 白物家電・液晶テレビ 一部 日立アプライアンス 家庭用ルームエアコン 全て 川崎重工業 パナソニック 電気機械 TDK 日用品 中国、ベトナム 中国 中国 スマホ・自動車向け部品 小林製薬 中国 消臭剤など 新製品の全て 中国 (注)空欄箇所は報道されていない情報 (資料)各種報道 1.日本企業による海外戦略 これまでの海外進出や生産拠点の海外移管の決定に際して重視されていたポイントをみると、多い のは「現地の需要」や「近隣三国の需要」であり、「需要地に近い立地での生産=海外生産」という基 本戦略が根底にあることが見て取れる【図表 2】。 海外進出には、人材の確保を含めた様々な課題があるが、円高による海外生産のコストメリットは、 こうした基本戦略をコスト面から後押ししたもの思われる。 【図表2】 海外投資を決定するポイント 60 40 20 0 (%) 需 要 が 見 込 ま れ る 旺 盛 又 は 今 後 の 現 地 の 製 品 需 要 が 進 出 実 績 が あ る 他 の 日 系 企 業 の 納 入 先 を 含 む 、 見 込 ま れ る 又 製 は 品 今 需 後 要 の が 拡 旺 大 盛 が 進 出 先 近 隣 三 国 で が 確 保 で き る 良 質 で 安 価 な 労 働 力 (資料)経済産業省「海外企業活動基本調査(2012年度)」 -1- 日 本 がへ 可の 能逆 輸 入 品 質 価 格 面 で 、 優 遇 措 置 が あ る 税 制 、 融 資 等 の 部 品 が等 容の 易現 地 調 達 2.海外現地法人売上の全体像 本稿では、海外現地法人売上高(製造業、以下、海外現法売上)を、日本企業の海外生産拠点の動 きを反映したデータとして捉え、議論を進める。海外現法売上は、リーマンショックの時期を除けば、 増加基調にあった【図表 3】。特に、海外現法売上の増加は、為替の円高が進行した時期と重なる。 この時期は、円高で日本での製造コストが海外よりも割高となり、海外進出や海外への生産拠点の 移管が加速した時期である。 このように、日本企業の海外での生産活動は、為替変動によるコスト水準の変化をきっかけとして進 められた経緯もあり、円安となれば国内生産に回帰するとの期待があった。しかし、2013 年以降に円 安となってからも、海外現法売上は特に減少することなく、高水準が維持されている。 【図表4】 海外現法売上の先別・業種別内訳 【図表3】 海外現地法人売上高 (億ドル) (1ドル=円) 3,000 140 日本向け 10% 海外現地法人売上高 ドル/円レート(右) 2,500 120 2,000 100 1,500 80 1,000 60 04:1 06:1 08:1 10:1 12:1 (資料)経済産業省「海外現地法人四半期調査」 第三国向け 19% その他 23% 一般機械 9% 輸送機械 51% 海外現法 売上高 1.1兆ドル (2014年) 電気機械 17% 自国内向け 71%※ 14:1 (年/四半期) ※現地生産 現地販売 (資料)経済産業省「海外現地法人四半期調査」 製造業の海外現法売上(2014 年)を販売先別にみると、「自国内向け」が 71%、「第三国向け」が 19%となり、「日本向け」は 10%にとどまる。「自国内向け」とは、生産国でそのまま消費するというイ メージと合致し、いわゆる「地産地消」の生産・販売戦略といえる。「第三国向け」は、日本以外の消 費地に出荷するもので、これも生産地を消費地の近くに設置する戦略の一環にあたる。 最後の「日本向け」は、いわゆる日本への逆輸入にあたり、コスト面で有利な立地に生産拠点の移転 を決断しやすい部分であるが、占める割合は決して大きくない。 続いて、業種別内訳をみると、自動車などの輸送機械が 51%、家電などの電気機械が 17%、産業 用機械などの一般機械が 9%と機械三業種が大半を占める【図表 4】。 機械三業種については販売先にその特徴があり、業種ごとで異なる戦略を選択していることを物語 る。輸送機械は自国内向けの比率が高く、これは過去に生じた米国との貿易摩擦などから、自動車 メーカーが従来から現地工場を設立し、現地生産・現地販売する体制が確立してきたことを示してい る。 他方で一般機械や電気機械では、日本向けや第三国向けの比率が平均より高い。即ち、人件費の 安い新興国などで生産し、消費地である日本への逆輸入や第三国(主に先進国)への輸出が活発で あることを示す【図表 5】。 -2- 【図表5】 機械三業種の販売先比率 (%) 80 全産業平均 60 40 20 0 一般 機械 電気 機械 輸送 機械 その他 一般 機械 電気 機械 自国内向け 輸送 機械 その他 一般 機械 日本向け 電気 機械 輸送 機械 その他 第三国向け (資料)経済産業省「海外現地法人四半期調査」 3.機械三業種にみる国内回帰の可能性 海外現法売上の変化をみると、全体の 7 割を占める自国内向けが高水準にある一方で、日本向け や第三国向けは若干減少している【図表 6】。売上の大部分を占める現地販売用の生産は活発で、 この部分が海外現法売上全体の動きを左右すると言える。機械三業種の中では、金額シェアの大き い輸送機械での自国向け販売の増加が顕著である【図表 7】。 一般機械と電気機械では、自国内向けが減少していることに加えて、第三国向けや日本向けの売上 も減少傾向がみられる【図表 8】【図表 9】 自国向けの生産は、為替変動の影響を極力排除し、かつ輸送に係るコストやリスクの低減を目指し て、企業が選択した経営戦略の一環である。消費者に近い立地で生産を行うことは、日本の製造業 の多くの分野で進められている。現地消費の部分が今後日本に回帰するのは、日本での生産コスト が海外生産を凌駕するほど大きく改善することや、海外の治安が大幅に悪化するような場面であろう が、現状ではそのような変化は見込まれにくい。 【図表6】 現法売上の変化(全産業) 2,000 (億ドル) 【図表7】 現法売上の変化(輸送機械) (億ドル) (億ドル) (億ドル) 600 1,200 200 1,900 500 1,150 150 1,800 400 1,100 100 1,700 300 1,050 50 1,600 200 1,000 (年/四半期) 12:1 12:3 13:1 13:3 14:1 14:3 15:1 (年/四半期) 自国内向け 日本向け(右) 0 12:1 12:3 13:1 13:3 14:1 14:3 15:1 自国内向け 日本向け(右) 第三国向け(右) 第三国向け(右) (資料)経済産業省「海外現地法人四半期調査」 (資料)経済産業省「海外現地法人四半期調査」 -3- 【図表8】 現法売上の変化(一般機械) (億ドル) 140 (億ドル) 自国内向け 日本向け(右) 第三国向け(右) 135 【図表9】 現法売上の変化(電気機械) (億ドル) (億ドル) 80 300 200 70 250 130 60 125 50 150 200 100 自国内向け 日本向け(右) 第三国向け(右) 40 150 120 50 12:1 12:3 13:1 13:3 14:1 14:3 15:1 12:1 12:3 13:1 13:3 14:1 14:3 15:1 (資料)経済産業省「海外現地法人四半期調査」 (年/四半期) (資料)経済産業省「海外現地法人四半期調査」 (年/四半期) 第三国向け売上が減少している要因は、供給サイドというよりも需要サイドにあるだろう。世界経済 は足元で減速懸念が強まっており、特に新興国の多くで景気後退の兆候が観察される。新興国中心 に需要が減退し、生産活動が停滞しているため、一般機械や電気機械といった耐久財の出荷が減 少している。新興国需要の減速は、日本からの輸出の減少にも表われており、そのことが日本銀行 の「金融経済月報」において指摘されている。 では、日本向け売上の減少も、日本の景気悪化が要因だろうか。日本国内の生産指数は前年比で 減少しているものの、減少幅は大きくない。日本向け売上(逆輸入)と比較すると、減少幅が乖離して いることが分かる【図表 10】。特に、一般機械の国内生産は増加が続いている一方で、逆輸入は減 少を続けており、対照的な推移を示している【図表 11】。 実は、この日本向け売上(逆輸入)の部分が、今回の国内回帰が生じている部分といえるだろう。為 替が円安に変化したことで、日本での製造がコスト面で割高な状態という課題は、ある程度解消され てきた。その結果、これまでの行き過ぎた海外生産を修正する動きが表われたのではないか。 【図表10】 国内生産と逆輸入(製造業) 【図表11】 国内生産と逆輸入(一般機械) (前年比、%) (前年比、%) 10 国内生産指数 20 逆輸入 国内生産指数 逆輸入 5 10 0 0 -5 -10 -20 -10 12:1 12:3 13:1 13:3 14:1 14:3 15:1 12:1 12:3 13:1 13:3 14:1 14:3 15:1 (資料)経済産業省「海外現地法人四半期調査」 (年/四半期) 「鉱工業生産指数」 (資料)経済産業省「海外現地法人四半期調査」 「鉱工業生産指数」 -4- (年/四半期) 4.当面の見通し ただし、以下の点から、国内回帰は当面この日本向け売上(逆輸入)の部分に限定されることが見込 まれる。「現地生産現地販売」を企業経営の中心的な方針とする大企業で、国内回帰の拡大余地が あるのは第三国向け売上だが、この分野で更なる生産拠点の国内回帰が生じるためには、クリアす べき条件が多い。現在の為替水準やビジネス環境を前提とすると、大企業の多くでは、15 年度にか けても海外事業を国内回帰させる動きは見られない【図表 12】。 企業が海外生産を優先する理由としては、①今後も拡大が見込まれる海外需要への対応(地産地 消)、②海外の生産コストが依然として日本よりも有利である、③一度海外に移管した生産拠点を日 本に戻すことに対するコスト、④為替の円安が持続するとの確信が持てない、などがある。 【図表12】 海外事業の国内回帰の有無 【図表13】 国内回帰しない理由 100 (%) 海外生産の一部を国 内に移管 A 60 計画の変更はない 20 2014 年度実績 2015 年度計画 (資料)日本政策投資銀行「2015年度設備投資計画調査」 80 100 25.4 為替変動の業績に対する 影響を抑制するため 9.9 国内回帰には調整 コストがかかるため 8.5 少子化で国内の労働者が 減少しているため 0.9 技術・人材面等での国内の 優位性を喪失したため 0.3 0 60 34.8 海外生産拠点の稼働率を 維持する必要があるため 40 (%) 40 79.2 海外生産にコスト メリットがあるため AとBの両方 ※大企業製造業 14年度:392社 15年度:390社 20 今後も海外での需要が 見込まれるため 80 海外に生産を移管す る予定だった製品の 国内生産を継続 B 0 ※大企業製造業342社 (3つまでの複数回答) (資料)日本政策投資銀行「2015年度設備投資計画調査」 以下、4 つの要因について現状を確認すると、①大企業では、世界に点在する生産拠点の中で、消 費地に近い最適地で生産し、為替変動に中立的な経営体制の確立が進められている。国内需要が 減少基調にある一方で、海外需要は安定した成長が見込まれるため、現地での生産体制が維持さ れている。これらの大企業からの要請もあって、中小企業でも海外生産を重視する姿勢が強まって いる【図表 13】。また、04~07 年の円安時に国内で積極的に投資を行ったものの、その後、海外の技 術的な向上や生産コストの優位性から海外進出が加速し、国内の過剰な設備が経営の重荷となっ た、という記憶が経営者に残っていることもあるだろう。 ②海外の生産コストは、特に中国での賃上げ要請などもあって上昇しているものの、日本と比較して 優位であることは変わっていない。最近の日本では、労働力不足による労働コストの上昇や、エネル ギーに対する支払負担の増加もあり、生産コスト面では海外に優位性があるとみられる。 ③海外進出の際の人的・金銭的な投資は大きく、撤退に対する心理的なハードルは高い。海外進出 の決断は重く、仮に撤退する場合にも労働補償金の存在が経営の負担となる。撤退を決断するには 相当な経営判断が必要とされる。 ④08 年以降の約 5 年に及ぶ円高局面では、日本の多くの製造業が苦境を味わった。実際には、リー マンショックや東日本大震災など突発的な経済ショックに見舞われたため、景気が沈んでいた面も大 きいはずであるが、円高に対する嫌悪感が植え付けられたことは間違いないだろう。13 年以降、円 安局面は 3 年目に入っているが、いつ為替が円高に反転するか分からないという心理が、国内への 生産移管を躊躇させる要因となっているのではないか。 -5- 政府や日本銀行による調査における企業の声にも、これら 4 つの要因によって国内回帰に至らない ことが示されている【図表 14】。 【図表14】 国内回帰に対する企業の声 海外も国内も地産地消が原則 一定の海外需要が見込めれば地産地消が最大限の利益 を生み出すと考えている 輸送用機械 国内に生産移管することとした場合、海外の現地職員 化学 の雇用補償、現地関係者との調整コスト、海外拠点の 稼働率維持対策など様々な面で費用が嵩む コモディティ化している商品は生産コストをより抑 ① え、リードタイム短縮のため地産地消として海外拠点 を生かしていく ③ これまでに海外シフトが相当程度進んだ結果、国内の 産業集積が弱体化しているため、部材調達先や外注業 者等の発掘が困難となっている 海外需要の安定的な取り込みに向けては、現地におい 国内では労働需給がタイト化しており、生産現場に充 て、技術面での擦り合せ機動的な生産、需要変化の的 確な把握等を行っていくことが必要 当する人手の確保が困難 生産拠点を決める上で為替水準は判断要素となるが、 生産拠点の選択基準は、現地需要に加えて原料調達を 重視している 中国等の人件費は上昇しているものの、日本と比べる ② 情報通信機械 円高是正(円安傾向)を確信するには、為替の安定が重 輸送用機械 化学 とまだまだ低く、コスト面を考えれば、まだ国内に 一般機械 生産を移管できる段階にはない 日本のエネルギー価格は高すぎる 精密機械 ④ 要で、そのためには3年程度要する 現在は円安に振れているが、いつ円高に振れるかわから ないため、国内回帰を行うことはない 一般機械 為替変動により経営に大きな影響を受けた経験があるた め、地産地消を進めることにより、為替リスクの軽減を 人件費、輸送費、電力料金、税負担等を勘案した生産 図りたい コストは、国内より海外の方が依然として低い (資料)内閣府「事業拠点選択に関する企業経営陣へのヒアリング結果」、日本銀行「地域経済報告」 5.中小企業の海外戦略 海外進出が重要な経営戦略の一つであるとする姿勢は大企業に限らず、中小企業でも変わってい ない。海外進出の予定について、円高であった 2012 年と円安となった 2015 年の調査結果を比較し ても、傾向に大きな変化はなく、海外での企業活動は継続されている【図表 15】。 中小企業の海外進出に対する認識は、業務上必要であるため行うことであり、為替変動によって判 断を変えることはないようだ【図表 16】。今後より一層の円安が進行し、国内生産のコスト優位性が大 きく改善しなければ、中小企業でも円安を理由とした国内回帰は望めず、海外生産を重視する向き は変わらないと予想される。 【図表15】 海外進出の現状および今後の予定 (製造業、%) 0 進出実績あり 20 40 60 80 2012年7月調査 2015年1月調査 進出実績はないが、 今後進出の予定 進出実績はあったが、 現在は撤退 進出実績なく、 今後の進出の 予定は未定 進出実績なく、 今後の進出の 予定もなし (資料)商工中金「中小企業の海外進出に対する意識調査」 (2015年1月調査) 【図表16】 円安が海外進出の判断に与える影響 円安によりコス トアップする場 合は、海外進出 を諦める 7.6% 円安によりコス トアップする場 合は、海外進出 の投資規模を縮 小する 13.9% 円安によりコス トアップする場 合は海外進出の 見直しを行いた いが、その他の 事情により海外 進出の判断は変 えられない 14.2% (※製造業) その他 6.6% 海外進出は業務 上必要であり、 為替相場を理由 として海外進出 の判断は行って いない 57.7% (資料)商工中金「中小企業の海外進出に対する意識調査」 (2015年1月調査) 本資料は情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的としたものではありません。投資判断の決定につきましては、 お客様ご自身の判断でなされますようにお願いいたします。また、文中の情報は信頼できると思われる各種データに 基づいて作成しておりますが、商工中金はその完全性・正確性を保証するものではありません。 -6-
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