都市計画と都市管理への GIS の応用:日本の地方

日本大学文理学部自然科学研究所研究紀要
No. 35 (2000) pp.15 - 24
都市計画と都市管理への GIS の応用:日本の地方自治体の現状
高
阪
宏
行
Applications of GIS to Urban Planning and Management :
Problems Facing Japanese Local Governments
Hiroyuki KOHSAKA
(Received October 1, 1999)
Japanese local governments consist of about 3,380 municipalities (cities, wards, towns and villages) in
1999. The total survey undertaken in 1997 says that GIS was implemented in 455 (14.3%) out of 3,182
municipalities which replied to the survey (Table1). This paper considers GIS utilization, especially focusing on urban planning and management in Japanese local government.
Typical GIS applications in the urban planning and management are divided into three businesses:
inquiry about the content of urban plan decision, register management, and planning (see Table 6 ). The
most successful GIS application in the local governments is an inquiry system about the content of urban
plan decision. Mappy, Urban Plan Information Inquiry System developed by Yokohama City, is introduced
as an example. The register management treats the registers for urban planned road, urban park, and
urban open space, and the receipt book for development permission application. GIS can systematize their
management based on maps. District diagnosis system using GIS performed two analyses in Ichikawa
City. One is the calculation of area and ratio for land-use. The other is the measurement of land-use purity.
GIS can calculate the degree of purity (namely occupancy rate) of specified land-use in the land-use zones.
Most of Japanese local governments implement GIS and obtain moderate results. However, it is reported
that some municipalities which paid huge amount of budget to implement GIS hardly used it. The final
section will consider various issues in the use of GIS in municipalities.
本稿は,日本の地方自治体における GIS の利用状
県と約 3,255(1999 年現在)の市区町村で構成され
況と,それに関わるさまざまな問題点を論じている。
ている。1997 年 2 月〜 3 月に国の GIS 関係省庁連絡
GIS を導入した地方自治体はかなりの数に上り,さ
会議が行った市区町村に対する全数調査では(国土
まざまな分野で利用し始めている。本稿では,その
庁, 1997),回答した 3,182(97.8 %)の市区町村の中
中でも特に都市計画と都市管理に焦点を絞り,どの
で,GIS が「稼働中」のものは,表 1 に示すように,
ような業務に GIS が利用されているかを考察する。
452 自治体(14.2 %)にのぼっている。導入を「検
また,GIS の利用によってもたらされる効果やそれ
討中」まで含めると,1,079 市区町村(33.9 %)に
まで達する。GIS の利用業務は,表 2 のようである
に関わる問題点をまとめる。
1.
(複数回答)。固定資産関係と地籍調査関連が大きな
地方自治体における GIS の利用状況
割合を占めており,都市計画はそれほど多くはない。
まず,日本の地方自治体における GIS の導入状況
なお,1 自治体当たりの平均業務数は約 1.5 となっ
を見てみよう。日本の地方自治体は,47 の都道府
ている。
日本大学文理学部地理学科:
〒156- 8550 世田谷区桜上水 3- 25- 40
Department of Geography, College of Humanities and Sciences,
Nihon University : 3 - 25 - 40 Sakurajousui, Setagaya - ku, Tokyo
156- 8550, Japan
─
15
─
( 15 )
高 阪 宏 行
表1
GIS からなぜ撤退したかという理由に関する調査
市区町村における GIS の普及状況(1997年 2 月現在)
計
はないが,地方自治体の業務において GIS が依然と
452
425
202
1,599
504
3,182
してマイナーな存在であり,良くない評価を受けて
14.2%
13.4
6.3
50.3
15.8
100.0
いる理由は,一般に,
稼働中
開発中
検討中
未検討
無関心
合
出典: 国土庁(1997)
表2
① 非常に高価である
② 操作が難しい
市区町村における GIS の利用業務
(1997年 2 月現在)
③ 特定業務にしか利用できない
④ 空間データの更新が難しい
GIS 稼働数
169
利用業務
固定資産
⑤ 稼働率が低い
籍
168
消防防災
55
上 水 道
54
下 水 道
53
農林行政
37
都市計画
37
道路管理
28
題点とその解決方法をまとめた「市町村 GIS 導入マ
13
ニュアル」を作成している。
地
住民登録
財
6
そ の 他
44
管
合
が挙げられている。このことから,現在におけるわ
が国の行政 GIS における最大の課題は,地方自治体
の業務に GIS をいかに定着させるかである。国土庁
(1997)では,市区町村で GIS を導入する際のシス
テムの計画や構築例,さらに利用する際に生ずる問
2.
664
計
地方自治体の都市計画業務と GIS
次に,市区町村が行っているさまざまな業務の中
出典: 国土庁(1997)
でも特に都市計画の業務に注目し,そこにおける
GIS の利用状況を考察する。表 4 は都市計画区域を
日本において GIS を導入している地方自治体が増
有する 2,009 の市区町村(1996 年)における都市計
え,利用業務も多岐にわたっているにもかかわらず,
画関連業務における導入状況を示している(寺木ほ
庁内での GIS の評判は良いとは言えない。表 3 は,
か,1997)。1996 年 8 〜 10 月時点で「GIS を利用中」
1994 年 8 月から 1997 年 2 月の 2 年半の間で,GIS の
の市区町村は 47(2.4 %)であるが,「導入を検討
稼働状況の変化をまとめたものである。1994 年 8 月
中」まで入れると 282(14.1 %)に達する。
時点で GIS が稼働している 92 の市区町村の中で,2
GIS を利用している,あるいは導入に積極的な上
年半後も GIS が稼働しているのは 57 自治体(62 %)
記の市区町村の特徴を見ると,東京都特別区や 12
にすぎず,24 自治体(26 %)は GIS を利用すること
の政令指定都市(概ね人口 100 万以上の都市),さ
から撤退しているのが分かる(田中,1998)。したがっ
らに人口が 50 万人以上の都市では,24 都市中 14 が
て,日本の地方自治体における GIS の導入状況は,
「GIS を利用中」であり,「利用予定あり」と「導入
導入を検討している自治体が急速に増えているもの
を検討中」を含めると 19 に達する。また,「関心無
の,その裏では導入したがうまく稼働せず撤退して
し」と答えたところがないことから,人口規模の大
いる自治体もかなりの数に上っているのである。
きい市区ほど,GIS に対する意識の高さが伺える
¤ fl Ø GIS
表3 @ n ß ' ¡
表4
p
P
1997 N2
›
1994 N8
›
57
J ›
8
@ v
¢
3
¢ ¨ O
24
o T F c
( 16 )
92
i1998
─
16
*
市区町村*の都市計画関連業務における GIS の
導入状況
(1996年8月〜10月現在)
GIS を
利用中
利用予
定あり
導入を
検討中
関心
あり
関心
なし
合計
47
71
164
1,164
563
2,009
2.4%
3.5
8.2
57.9
28.0
100.0
都市計画地域を有する市区町村
─
出典:寺木ほか(1997)
都市計画と都市管理への GIS の応用:日本の地方自治体の現状
(寺木ほか,1997)。その理由としては,GIS を利用
トとしては,表 6 に示されるように,「作業時間の
できる環境を整備するのに莫大な費用がかかるた
短縮」と「解析の高度化」が挙げられる。「解析の
め,財政規模の大きな自治体でなければその導入が
高度化」は計画立案業務に関係しており,業務の質
困難であることが挙げられる。しかし,これは
的向上につながることが推測される。デメリットと
1988 年までの傾向であり,それ以降になるとハー
しては「データ更新作業量の増加」と「データ更新
ドウェアのパソコン化,ソフトウェアの市販ソフト
費用の増大」を感じており,デジタルな地図データ
化によって GIS の導入コストが低下したため,小規
の更新が大変であることが分かる。
模をも含むさまざまな規模の市町村で導入されてい
3.
る(真鍋・寺木,1999)。
都市計画と都市管理における GIS の応用
それでは,GIS を導入している市区町村の都市計
次に,地方自治体における都市計画と管理の分野
画分野では,どのような目的で GIS を利用している
で,どのような形で GIS が利用されているかを見て
のであろうか。表 5 は,5 つの業務における利用状
みよう。表 7 は,都市計画・管理業務を,「都市計
況をまとめたものである(真鍋・寺木,1999)。「都
画決定内容照会業務」,「台帳管理業務」,「計画型業
市計画情報の管理・更新」業務は,都市計画規制,
務」に分けて,GIS が利用できる代表的業務内容を
土地利用現況など都市計画に関する情報を管理・更
示している。
新する業務であり,従来では紙の地図・台帳を用い
3. 1.
て行われていた。「計画立案」業務では,都市マス
都市計画決定内容照会業務における GIS の応用
タープランの検討といったマクロな計画立案から,
市区町村での GIS 利用において,最も成功してい
地区診断のようなミクロな検討作業まである。「計
るのが,都市計画決定内容の照会システムである。
画決定情報の照会・閲覧」業務には,電話・窓口等
都市計画決定内容照会業務では,都市計画課の窓口
で職員が対応する業務,あるいは庁内外で市民が直
を訪れる者に対し,従来は自治体の職員が対応して
接情報を照会するための準備作業も含まれる。「地
いた。例えば,建築物を新築しようとする住民や業
図作成」業務では,住民説明会等で用いる資料の作
者は,窓口に行き,職員から都市計画図等を見せて
成や都市計画図の作成などがある。「庁内での情報
もらい,建築に関わるさまざまな規制条件の説明を
提供」業務は,都市計画分野で作成された都市情報
受けていた。職員は,窓口を訪れる人々にいちいち
を庁内の他分野へ提供する業務である。これらの業
対応し,該当する土地や建築物を地図から探し出す
務の中で,「都市計画情報の管理・更新」(50 市区
表 6
町村中 30 市区町村)と「計画立案」(同 21 市区町
村)への業務に対し利用が多い。なお,「地図作成」
市区町村の都市計画分野での GIS 利用に伴う
メリット・デメリット
(1998年 8 月現在)
メリット
回答市区町村数(複数回答)
業務については,導入当初は利用目的として掲げて
作業時間の短縮
23
いなかったが,実際にはその目的で利用している自
解析の高度化
16
治体が多い。
照会・閲覧業務サービスの向上
11
このような計画分野での GIS の利用に伴うメリッ
表5
市区町村の都市計画分野での GIS の
利用目的
(1998年8月現在)
業
務
市区町村数
任意の図面作成
8
データの共有化
5
都市情報の管理・保管の容易化
3
保管スペースの縮小
3
デメリット
都市計画情報の管理・更新
30
データ更新作業量の増加
計画立案
21
データ更新費用の増大
15
計画決定情報の照会・閲覧
19
GIS技術を持った人材の確保
12
地図作成
18
運用のルール化
12
庁内での情報提供
7
システムトラブルの対応が必要
23
5
出典:真鍋・寺木(1999)
出典:真鍋・寺木(1999)
─
17
─
( 17 )
高 阪 宏 行
表7
業
地方自治体の都市計画分野における GIS を利用した業務
務
業
務
内
容
都市計画決定内容照会業務
・GIS による都市計画決定内容の照会システムを構築
台帳管理業務
・都市計画道路台帳管理
・都市公園台帳管理
・都市緑地台帳管理:GIS による生産緑地地区指定管理システム
・開発行為許可申請受付簿管理
計画型業務
・土地利用計画:GIS による地区診断システムの構築
・交通計画:道路交通予測
3. 2.
作業を行っていた。仙台市,市川市,横浜市,川崎
市,広島市などでは,GIS を応用することによって,
台帳管理業務における GIS の応用
台帳管理業務には,都市計画道路台帳,都市公園
都市計画決定内容の照会システムを構築した。横浜
台帳,都市緑地台帳,開発行為許可申請受付簿など
市の例を紹介すると,都市計画情報提供システムは
の管理がある。これらは地図を通じて管理する定型
「マッピー」と呼ばれ,タッチパネル上に表示され
業務なので,GIS を利用してシステム化を図ること
ている区名の一覧,さらに町丁名の一覧の中から地
が望まれる。
域を絞っていき,建築物や土地を探し出す。すると,
具体的事例として,千葉県市川市における「生産
背景図として都市計画の決定内容を示した地図が表
緑地地区指定管理システム」を見てみよう(大場,
示され,その地点の周囲の都市計画情報が判明する
1996)。生産緑地地区とは,都市計画により指定を
とともに,必要に応じコピーがとれる(図 1)。検
受けた面積 500 m2 以上の市街化区域内の農地であ
索・出力できる都市計画情報は,用途地域等の「地
り,税制上特例の適用対象となる一方,建築物の建
域地区」,都市計画道路・公園等の「都市施設」,防
築などが制限される地区である。このシステムでは,
火・準防火地域の「防火指定」,「風致地区」,「高度
生産緑地の区域が GIS を利用してポリゴンとして入
利用地区」,緑地保全地区等の「その他の地区地域」
力されており,また各区域の属性データも図形デー
である。マッピーの利用実績は,1994 年度で年間
タに対応付けられる(図 2:類似の参考地図)。マウ
約 4.1 万件(3.6 万コピー)に達しており(石黒,
スを操作してモニター上の地図から生産緑地地区を
1996),大きな効果を上げている。このシステムに
クリックすると,その地区に関する地区番号,面積,
よって照会に要する時間が短縮され,職員の事務の
申請者氏名,住所,権利内容などさまざまな管理項
効率化と住民サービスの向上が図られた。
目が表示される。生産緑地地区の買い取りの申し出
図 1 横浜市のマッピーから出力された都市計画図
図 2 市川市の都市公園・都市緑地の地図
出典:市川市のホームページ
( 18 )
─
18
─
都市計画と都市管理への GIS の応用:日本の地方自治体の現状
があったとき,地区に関わるさまざまな権利内容や
や市街化率 U i は,次のようにして求められる(大
都市計画決定の年月日を確認するために利用され
場,1996)
:
る。さらに,地区の一部が追加されたり廃止された
R i = 道路用地/町丁面積
りしたときの変更の履歴を管理するためにも,この
システムは用いられる。
(1)
U i =(住宅地+商業地+工業地+運輸施設地+公共地
GIS を応用して既存の台帳をシステム化すること
+文教厚生地)/(町丁面積−河川水面−
は,それほど費用を必要としない。そこで,上記の
海浜河川敷−道路用地−鉄道用地)
(2)
ような都市計画内容の照会システムを構築すること
このような作業は,以前には色鉛筆で描かれた土
が費用的に見て困難である場合には,台帳管理シス
テムから実績を上げていくことが推奨される。
地利用現況図上でプラニメータを用いて人の手で行
われていた。GIS を利用するならば,道路率や市街
3. 3.
GIS による地区診断システム
化率など都市計画でよく用いられる指標を,土地利
(1) 土地利用面積と構成割合の算出
用のデジタル地図から効率的に,しかも精度の高い
計画型業務は,土地利用計画と交通計画の 2 つに
数値として算出することができる。そして,これら
大別される。土地利用計画は,市街化区域と市街化
の指標は,線引きの見直しや用途地域の見直しなど
調整区域の見直し(いわゆる,線引き見直し)や用
の計画業務において,計画を決定(変更)する際の
途地域見直しで,数年ごとに定期的に行われる。こ
客観的根拠として利用できる。
のため,街区道路率,道路延長率,街区建ぺい率な
(2) 土地利用の純化の分析
ど各種の指標値を算出し,これに基づき地区のカル
また,GIS を用いた用途地域の純化に関する分析
テを作成するという地区診断が行われる。GIS は地
も行われている。1 : 2,500 の都市計画図から作成さ
区診断の業務を効率化するために利用され,「地区
れたデジタルな用途地域図(8 種類)と建築物用途
診断システム」としての役割が期待されている。地
現況図を重ね合わせ分析することで,用途地域内で
区診断では,都市計画基礎調査の結果を利用するこ
その用途に合っていない(「不適格」と呼ばれてい
とが多いので,この調査データの保存と処理・分析
る)建築物を検索し,それらの数を求めることがで
にも GIS は役に立つ。
きる。例えば,不適格建築物として,第 1 種住居専
GIS が地区診断に利用されている 1 つの例を示そ
用地域内での工場がある。このような不適格建築物
う。千葉県では都市計画基礎調査の中で土地利用
は,用途地域に関する法律が施行される以前から
現況調査の結果を土地利用区分ごとにポリゴンと
あったものが多いが,それ以降に建築された場合に
して入力し,土地利用のデジタル地図を作成して
は違法建築となる。GIS で用途地域図と建築物用途
いる。すると,この土地利用図に町丁界のデジタ
現況図を重ね合わせて分析することで,法律による
ル地図を重ね合わせ,intersect コマンドを実行す
土地利用の誘導がどの程度まで進んでいるか,言い
ることによって,町丁別の土地利用面積を算出す
換えると,地域の土地利用の純化がどの程度に達し
ることができる(表 8)。この面積から,道路率 R i
ているかを分析することができる。
表 8 町丁別の土地利用面積 (m2)
住宅地
商業地
工業地
路
その他
市川南 1
町丁名
畑
0
62,315
20,273
1,991
文教厚生
977
未建築
2,045
道
10,949
12,192
町丁面積
110,742
市川南 2
0
32,823
11,127
69,716
4,863
3,482
13,298
2,526
137,835
市川南 5
716
12,823
782
12,897
0
0
2,899
42,118
72,235
新
田2
1,796
125,739
8,868
13,820
2,123
2,188
20,504
11,312
186,350
新
田3
2,144
93,347
11,799
0
3,730
10,397
25,078
26,020
172,515
新
田4
0
67,987
11,666
906
9,212
6,720
11,439
5,230
113,160
出典:大場(1996)
─
19
─
( 19 )
高 阪 宏 行
表9
市川市における用途地域不適格建築物の割合
土地利用タイプ
不適格建築物
1,849
39,219
4.71%
れくらいの費用がかかるのであろうか。自治体の大
第 2 種住居専用地域
226
19,118
1.18
きさ(人口や面積)や実現するシステムの内容に
住居地域
505
29,460
1.71
よって費用は大きく変動するが,日本における典型
27
3,324
0.81
0
1,572
0.00
的な GIS 構築事例をまず紹介しよう。表 10 は,福
134
1,056
12.69
29
1,753
1.65
8
920
0.87
2,778
96,422
2.88
商業地域
準工業地域
工業地域
工業専用地域
総
計
計
比
地方自治体のおける GIS の実現に関わる費用
地方自治体の行政業務で GIS を実現するには,ど
第 1 種住居専用地域
近隣商業地域
総
4. 1.
率
島県いわき市(人口 36 万,面積 1,231 平方キロ)に
おける GIS 実現に関わる費用をまとめている(国土
庁,1997,134-138)。初期投資(1993 〜 1997 年)
の総費用が,11 億 9700 万円で,その内の 85.2 %が
出典:大場(1992)
デジタルなデータ(1 : 2,500 の都市計画図と 1 : 1,000
の固定資産現況図)の整備費に使われている 1)。
表 9 は,市川市における不適格建築物の割合を分
このように GIS の構築費用の大部分は,デジタル
析したものである(大場,1992)。全体としては
な地図データの作成費にあてられるのである。一般
2.9 %しか残存しないが,準工業地域では,重化学
に,デジタル地図の作成費用は次式で表される:
工業施設を中心に 12.7 %もあり,また,第 1 種住居
専用地域でも 4.7 %と高い。
デジタル地図の作成費用 = (
f 面積,取得項目,精度)
以上,地域診断に関わる 2 種類の GIS 分析を示し
た。このように GIS は,地図上での分析を効率的に
すなわち,自治体の面積が大きくなるほど,地図
実行するとともに,都市計画に科学的分析手段を提
に取得する項目が多くなるほど,そして,精度が詳
供する(Webster, 1993)。
しくなるほど作成費用は増加する。表 11 は,地図
4.
縮尺と整備費用との関係を示しており,例えば,縮
地方自治体 GIS の課題
尺が 1 : 500 から 1 : 1,000 へと 2 倍になると,費用は
3 倍程度ふくらむことが分かる。
以上で見たように,日本の地方自治体では,さま
ざまな形で GIS が導入され,利用されており,一応
デジタル地図の更新費用としては,いわき市では
の成果を挙げている。しかし,多額の費用をつぎ込
上記の費用とは別に検討中であり,初期投資の 6 〜
んで GIS を導入したが,ほとんど利用されていない
7 割を見積もっている 2)。このような更新費用も考
というような問題も報告されている。そこで本節で
え合わせると,GIS を実現し維持していくためには,
は,地方自治体で GIS を利用するときの問題点をま
地図データの作成と更新に多大な費用がかかること
とめてみる。
が明らかになる。岡山市では,民間企業ゼンリンが
作成した住宅地図を利用しているが(渕田,1997),
表 10
項
空間データを独自に整備する自治体が大部分であ
いわき市における GIS 実現に関わる費用
目
事前調査費
る。今後は,この作成・更新費をいかに低下させて
費用(百万円)
いくかが,日本における地方自治体で GIS を成功さ
10
システム設計費
110
データ整備費
1,020
せる大きな鍵となるものと考えられる。
都市計画支援システム:65
土地建物現況管理システム:45
表 11
都市計画図:604
城陽市におけるデジタル地図の作成費用(32km2)
地図縮尺
費用(百万円)
機器賃借費
44
1/500
470
維持・管理費
13
1/1,000
140
1197
1/2,500
43
固定資産現況図:416
総
計
出典: 国土庁(1997)
( 20 )
─
20
─
都市計画と都市管理への GIS の応用:日本の地方自治体の現状
4. 2.
GIS の導入に伴う「費用」対「効果」
増加(例えば,デジタル地図の販売),新しい市場
の開拓(例えば,東京世田谷区のバリアフリー情報
日本では,阪神・淡路大震災の発生や国による空
間データ基盤の整備事業の開始などによって,1990
地図の作成や GPS を使った福祉サービスの開始
年代の中頃から GIS が注目されるようになった。そ
(木谷,1999))などがある。また,制度的な側面の
の結果,地方自治体でも GIS を導入する気運が高
効果としては,市民サービスの改善,より優れた都
まった。しかしながら,GIS を導入したもののそれ
市計画の決定,情報化時代に見合った行政サービス
をいかに維持・管理し,利用していくかというノウ
実現への姿勢(例えば,迅速な事務処理や政策決定
ハウがないため,十分に GIS を利用していない自治
を行おうとする体制整備)などが考えられる(国土
体が多く,また,1 節で示したように GIS から撤退
庁,1997,122-127)。
GIS の実現に関わる効果−費用分析(benefit-cost
する自治体も少なくない。
GIS の関係者の間でよく言われていることは,
GIS をブームとして終わらせるのではなく,しっ
かりと根付かせなければならない
analysis)は,時間や価値の低下などを考慮して改
良がなされている(Obermeyer,1999)。しかし,
ということであ
この分析に制度的側面を数値化し評価に加えること
る。しっかりと根付かせるためには,GIS にかかる
は困難なので,「情報化時代に見合った行政サービ
費用と,その結果もたらされる利益や効果を事前に
ス実現」というようなスローガンのもとで,自治体
算定して,採算に合うような業績評価を GIS に対し
の長が何らかの形で政治的判断を下しているのが現
ても課せなければならない。
状である。
表12 は,GIS に関わる費用(costs)と効果(benefits)をまとめたものである。費用/効果のいずれ
4. 3.
地方自治体での GIS の維持・管理に関わる諸問題
も,経済的(有形)な側面と制度的(無形)な側面
自治体内で GIS が実現した後でも,GIS を維持・
に分けられる。経済的な費用としては,ハードウェ
管理する上でさまざまな問題が起こる。表13 は,そ
ア,ソフトウェア,データの購入費のほかに,技術
れらの問題を列挙している。問題は,空間データに
訓練,新しい職員の獲得,部屋の獲得などに伴う費
対する技術的問題と制度的問題の 2 つに大分され
用が含まれる。制度的側面の費用としては,庁内で
る。
の職員の移動,新技術の導入に伴う職員の負担増加
(1) 空間データの入力と更新
などが挙げられる。一方,経済的な効果では,費用
GIS は大量の空間データ(地図データと属性デー
の軽減(例えば,他部門とのコンピュータの共用),
タ)を管理し,処理・分析できる特徴を有しているが,
費用の支出回避(例えば,地図を 2 度調製すること
それが逆に GIS の欠点にもなってしまうことが多々
ある。地方自治体に GIS を導入した当初は,最新の
を無くする;事務合理化による人員削減),利益の
デジタル地図も同時に提供されるので問題はない。
表 12
カテゴリー
経済的
(有形)
しかし,年が経つにつれて地域の現状は変化し,
GIS にかかわる費用と効果
費
用
効
それに対応した地図の更新が行われないならば,そ
果
の地図は古いものになってしまう。線やポリゴンの
ハードウェア
費用の軽減
ソフトウェア
支出回避
データ
利益の増加
技術訓練
新しい市場の開拓
ような空間データの GIS への入力は,かなり複雑な
表 13 地方自治体における GIS を維持・管理するための
技術的・制度的問題
新しい職員の獲得
技術的問題
部屋の獲得
制度的
(無形)
制度的問題
庁内での職員の移動
優れた都市計画
空間データのデジタル化と更新
効果−費用分析
新技術の負担増加
サービスの改善
空間データの標準化と統合化
日常業務における GIS 利用
情報化の姿勢
空間データの共用
GIS 専門家の育成
出典: Obermeyer, 1999, 著者により一部修正.
─
21
─
( 21 )
高 阪 宏 行
作業過程を伴うので,自治体の職員が GIS を使って
うに,さまざまな縮尺のものがある。例えば,道路
デジタル地図の更新作業を行うことは難しい。また,
管理部門では,縮尺 1 : 500 程度の大縮尺の道路現況
たとえそれが行われても,本来の業務として認めら
平面図を必要とするが,都市計画部門ではそのよう
れていないと言われている(オービック,1999)。
な縮尺では細かすぎ,1 : 2500 の都市計画図で十分
さらに,企業に地図の更新を外注すると,上記した
である。このように,同じ道路であってもさまざま
ようにかなり高い費用がかかる。それらの理由から,
な詳細さの地図を用意しておかなければならない。
GIS を導入してみたものの,デジタル地図の更新ま
公共部門で GIS を利用するときに生じる問題点の 1
では多くの自治体では行われていないのが現状であ
つは,地図は存在するが,その部門が必要とする縮
る。
尺や精度に合っていないので使えないということで
したがって,デジタル地図が現状を表現していな
ある。この問題は,建築と税務部門における土地管
いということから,年が経つにつれて GIS が利用さ
理のデータでよく起こる。このように GIS の導入か
れなくなってしまう。自治体に GIS を導入するとき
ら実現までに最も紛糾する問題が,部門間でのデー
は,何らかの形で地図を更新する体制も同時に整備
タの共用である(田中,1998)。
することを考える必要があろう。しかし,外部に発
一般に自治体が取り扱うデータは,共用データと
注するような更新体制には限度があり,日々刻々変
部門データに二分される。効率化を図るために共用
わる地域の状態を GIS で記録していくためには,庁
データとして整備した場合,実際に使いものになら
内でのデータ入力・編集作業を行うことが必要であ
ないことが起こるのである。この問題を解決するた
ろう。ワープロや表計算ソフトのような日常使われ
めには,制度的には地方自治体内で全庁的に空間
ているソフトウェアでは,データの入力,削除,切
データの標準化を推進する(できるだけ少数の縮尺
り取り,張り付けなど入力・編集機能が非常に使い
にまとめる)ことが必要である。
やすい(ユーザーフレンドリーな)形で利用できる。
さらに重要なことは,土地,道路,家屋の測量段
GIS のソフトウェアでは,この入力・編集機能の操
階から,測量用 GPS を使ってそれらの位置データ
作が相変わらず複雑であり,現時点では特別な訓練
をデジタル形式で取得し電送する体制を地方自治体
を受けなければその機能は利用できない。今後の
でも整備すべきである。そして,このような測量デ
GIS における技術開発の目標の 1 つとして,より使
ジタルデータを庁内のコンピュータに蓄積しておき,
いやすい入力・編集機能の開発が挙げられる。GIS
地図の作成や更新時に積極的に利用すべきである。
がワープロ並の入力・編集機能を備えることが,
現場での測量と地図作成を情報技術で結びつけるこ
GIS のさらなる発展に不可欠である(高阪,1999)。
とを,今後実現しなければならない。その際 GIS 側
(2) 庁内で扱う空間データの統合化と標準化
の技術課題としては,大縮尺から小縮尺へ地図を自
地方自治体で必要とする地図は,表 14 に示すよ
動総描化する技術を確立することも重要である。
表 14
5.
地方自治体において利用される大縮尺地図
地図名
土地台帳付図
地図縮尺
1/250〜1/5,000 以上
部
GIS 業務の確立に向けて
5. 1.
局
GIS の日常業務への利用
地方自治体の GIS は,その業務形態に応じ,日常
土地調査
住所台帳
1/500
住民
業務と不定期業務とで利用されてきた。日常業務で
下水台帳
1/500
下水道
は,前記のように窓口業務,各種の帳簿管理のほか
課税基礎データ
1/1,000 以上
不動産課税
に,ゴミ収集車両等の経路シミュレーションなどが
道路台帳付図
1/1,000 以上
道路管理
ある。不定期業務としては,各種の公共施設の立地
水道管網図
1/1,000 以上
水道
探索,商圏分析,防災対策などが挙げられる。
水道供給住所図
1/1,000 以上
水道
都市公園図
1/1,200 以上
都市公園
都市計画基本図
1/2,500 以上
に利用されていることからも分かるように,GIS を
都市計画
日常業務にいかに利用していくかが GIS を自治体に
( 22 )
自治体における GIS の成功例の多くが,日常業務
─
22
─
都市計画と都市管理への GIS の応用:日本の地方自治体の現状
普及・定着させるための鍵のようである。不定期の
計画部局に配属になり GIS の存在を知り,GIS に
非日常業務に利用する GIS を自治体に構築した場合
入っていった職員がほとんどである。このような職
には,最初に利用するときには有効であっても,次
員は,GIS の効用をまわりの職員や上司に積極的に
回以降の利用では,状況や条件が変わってしまいそ
宣伝するため,GIS が導入されるのであるが,その
のままでは利用できない場合が多い。不定期業務で
職員が他の部署へ異動した場合,GIS を管理し運営
の GIS の利用は,必要に応じその都度外部企業に委
する人材が育っていないことが多いので,GIS が利
託し,GIS から得られた結果のみを利用する方が得
用されなくなってしまう。
策である。
この問題を解決するためには,GIS の効用を自治
体の上層部に周知させるとともに,日常業務での
5. 2.
GIS の利用を通じ GIS 技術を職員間で共有させ,技
GIS 専門家の育成
GIS を自治体で成功させるための条件として,適
術を受け継がせる体制を作ることが大事である
切な GIS のソフトウェア,ハードウェアを選択し,
(Sugarbaker, 1999)。また技術的には,どの職員で
それに合った空間データを準備するほかに,それら
も簡単に習得できるよう,行政が利用する機能に特
を使いこなす GIS 専門家の育成が不可欠である。残
化した簡便な GIS ソフトウェアの開発が急がれる。
念ながら,わが国の自治体ではそのような人材がう
まく育っているとは言えない。GIS を積極的に利用
謝辞
している自治体を回ってみて明らかになることは,
本稿を作成するに当たり,市川市企画部の大場 亨氏
にお世話になりました。厚くお礼申し上げます。
また,本研究は,平成 11 年度文部省科学研究費補助
金特定領域研究(B)
(人文社会科学の空間情報科学,領
域番号: 602,研究者代表:岡部篤行)の研究費の一部
を使用した。
少数の(多くの場合 1 人の)GIS 愛好者が中心と
なって,運用されていることである。この愛好者は,
GIS の専門的教育を受けたものではなく,元はコン
ピュータや行政の専門家であったが,たまたま都市
注
1) 一般に,データ整備費は,少なくとも初期構築費用
の 7 割以上と言われている(国土庁,1997,p.119)
。
2) データの更新費用は,地図に記載されている状況
の変化に応じて異なる。一般には,初期整備費用の
20 %程度と見積もられている(国土庁,1997,p.120)
が,この見積もりは低いと思われる。
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