規制の理由

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第 24 章
規制の理由
この資料は以下の Church and Ware (2000) をもとにして作成されています。ただし,
講義用に作成したものですので,原著に書かれていない例や説明がありますし,逆に省略
されている部分もあります。章や節の順番は維持していますが,それ以外の部分では著者
と異なる記述をしていることもあります。そのため,原著の主張を正確に理解することを
目的として,この資料を読むことはおすすめしません。また,この本は bepress のサイト
上で公開されているので,以下の URL からダウンロードすることができます。原著に関
心のある人は直接原著を参照してください。
Church, J.R., and Ware, R. (2000). Industrial Organization: A Strategic Approach.
New York: McGraw-Hill. (http://works.bepress.com/jeffrey_church/23/)
最終更新日:2015 年 11 月 8 日
停電!
電気は生活に欠かせないものである。実際,1990 年代中頃のアメリカでの電力消費額
は約 2,100 億ドルであり,経済における重要さがうかがえる(Joskow, 1997)。現在の日
本やアメリカにおいて電力が完全に使えなくなることは想定し難いが,電気料金が高く
なったり,停電が多くなったりすると,とても不便に感じるだろう。この章では電力産業
などの規制産業に関する問題について考えていく。
電力を生産する場合,その生産過程には 4 つの段階がある。
発電: タービンを回すことで電気が作られる。タービンを回すための原動力としては,化
石燃料,原子力,水力,風力などがある。
送電: 電圧の高い状態で,高圧送電網を使い発電所から配電センターへ電気を運ぶ。
配電: 電圧を下げた電気を地域配電ネットワークを使い最終消費者に電気を届ける。
第 24 章
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規制の理由
小売: 電気の供給を調整したり,マーケティング,電気料金の受け取り,消費電力のチェッ
ク(メータリング)など様々なサービスを提供する。
電力産業を規制する場合,この各段階に応じた規制が必要となる。アメリカでは,歴史的
に電力会社は私的企業であったが,その価格は PUCs (Public Utility Commissions) に
よって規制されていた。当時のアメリカの電力会社は上記の 4 つの段階を全て所有する組
織であり,PUCs によって与えられた地域に対して供給を行っていた。また,その供給価
格は電力会社の提供したサービスの費用を回収できる程度であった。さらに,PUCs は電
力会社のサービスの質や投資量も規制していた。
電力産業では企業の自由な経営活動を規制によって妨げていたが,このような規制の正
当性を説明するキーワードは「自然独占」である。電力産業だけでなく,通信や天然ガス
の産業もまた自然独占であり,そのため規制が行われている。この章では,自然独占の概
念を理解し,自然独占の産業で市場に頼るだけで効率的な状況が実現できないことを理解
することを目指す。
しかしながら,現在の電力産業や通信産業を見ると,市場へ参入することの自由化など
規制の再構築が行われている。つまり,規制により独占を保っていた産業へ競争的な要素
を加えることが行われている。このような改革を正当化する理由は何なのであろうか。ま
た,規制改革を行う場合にどのようなことに注意するべきだろうか。この章と通じて「自
然独占」という概念を理解することで,新たな視点を手に入れることができるだろう。
電力産業や通信産業などを含むネットワーク産業に対する規制改革は,多くの興味深い
論点を提供してきた。そのいくつかを例示すると,以下のようなものが考えられる。
• 生産や取引に関して,市場に任せることで社会的に望ましくない結果をもたらす要
因は何か?
• 自然独占とは何か?なぜ自然独占ならば規制して良いのか?自然独占以外に規制を
正当化する理由は無いのか?
• なぜ多くのネットワーク産業に対する規制が再編されているのか?
• 自然独占企業に適した他の規制とはどのようなものがあるのか?なぜ費用ベースの
価格規制がインセンティブベースや成果ベースの規制に変えられているのか?
• 既存企業が垂直統合のまま残る効率的な理由はあるのか?垂直統合企業と非統合企
業間の競争を導入する際の問題点は何か?どのようなセーフガードが必要か?
• 規制緩和により競争を導入するための移行期において,何らかの措置が必要か?必
要ならどのようなもので,どれくらいの期間必要か?
• 規制内容が変わることで,既存企業の義務はどのように変わるか?
電気,通信,航空,鉄道,水道,パイプライン産業は,規制の程度が変化している産業
の 1 つである。これらの産業では,企業の行動を政府が制限していおり,近年,これらの
産業における規制が緩和されている。規制緩和の例として,価格,製品選択,投資,広告,
24.1 公共の利益と規制の正当化
質,参入・退出などの意思決定に関する自由が認められるようになってきた。
この章で考える規制を「市場の結果を変えるような政府の介入」と定義する。市場への
介入によって,政府は価格,質,企業数などを変化させることができる。例えば,天然ガ
ス産業では,各地域における供給者は自由に価格を変化させることができない。また,現
在供給をしていない企業が,独自の供給ネットワーク作り,市場に参入することも認めら
れていない。多くの場合,各地域の供給者はその地域を独占しており,供給内容や供給価
格について,規制当局の認可を受けねばならない。
規制によって企業の行動を制限する以外の選択肢として,企業のインセンティブを変え
ることも考えられる。例えば,プライスキャップ規制では,複数の財を生産している企業
に対して,それらの財の(価格の和に対する)上限を定められる。そのため,一定の制限
の中で企業にとっての選択の自由が残されている。このようなプライスキャップ規制は,
AT&T やブリティッシュガス,ブリティッシュテレコムなどに対する規制として用いら
れた。
この章における主要な論点として「なぜ規制されるのか?」というものがあるが,その
端的な答えは「その市場が自然独占だから」となる。この答えは,規制が公共の利益に
沿っているという説明の方法といえる。つまり,複数の企業が財を供給すると生産上のひ
こうりつせいが発生するため,独占企業を定め,その行動を制限することが望ましいとい
う説明である。このような説明は,社会厚生などの観点から議論されるため規範的な議論
と言える。一方,規制によって得をするグループが社会に存在することで,規制の需要が
発生する場合も考えられる。このような状況では,政策形成における政治的介入により,
均衡において規制が供給されるということもあり得る。このような説明の方法は,規制が
良いか悪いかという価値判断を含まないため,事実解明的な議論と言えるだろう。
24.1 公共の利益と規制の正当化
公共の利益を根拠とした規制の正当化は「規範的」なアプローチであると言われる。そ
の理由は,議論の根底に「社会厚生を上昇させる」という目的があるからである。このよ
うな立場からは,規制は市場の失敗に対する適切な対応であると考えることができる。市
場が失敗している時,つまり市場での結果が非効率的である場合,社会厚生を上昇させる
余地があり,その上昇分を経済主体間で分けることができるならば,規制によりパレート
改善が可能となる。このような場合,規制によってパレート改善を行うべきといえる。
規制による効率性の改善を議論する場合,どのような効率性に注目しているのかを明確
にした方が良い。代表的な効率性の指標としては (1) 生産効率性,(2) 配分効率性,(3)
費用効率性,(4) 製品選択効率性,(5) 費用削減投資効率性が挙げられる。
■生産効率性
望まれている量がちょうど生産されている状態になっている。つまり,買
い手の支払意思額(W T P )の方が限界費用(M C )よりも大きい(W T P > M C )にも関
わらず生産されていない場合や,支払意思額の方が限界費用よりも小さい(W T P < M C )
3
第 24 章
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規制の理由
にも関わらす生産されているということがない状態のことである。
■配分効率性 生産量を所与として,支払意思額の大きい人から消費できるような状態の
こと。例えば,価格 p0 で Q1 個販売する場合を考える。この時,図 24.1 における消費者
のうち,0 ≤ Q ≤ Q1 の人が購入するべきである。しかしながら,価格が p0 であるため,
Q1 < Q ≤ Q0 の人もこの財を購入できる。価格規制によって超過需要が発生してしまう
と,買うべき人に財が渡されないという非効率性が発生し得る。
図 24.1 配分の非効率性
p
p1
p0
A
O
■費用効率性
Q1
Q0
Q
所与の生産量を最小の費用で生産している状態のこと。数式で表現する
と,投入物の価格比と技術的限界代替率が等しくなっている状態を指す。例えば,企業が
資本と労働を使って生産している場合,資本の量と労働の量を変化させても費用が現状よ
り低下しない状態のことである。これは,1 つの企業内での議論であるが,費用効率性の
概念は産業全体の生産性についても最小の費用で生産できていることを要求している。そ
のため,各企業が費用効率的であったとしても,各企業の生産の負担が適切に分けられて
いなければ,産業全体で費用非効率になることがあり得る。例えば,規模の経済により費
用が逓減している場合,複数の企業で生産するより 1 つの企業で生産した方が費用が小さ
くなる。例えば,図 24.2 のような状況を考える。Q = 20 を生産するために,1 つの企業
のみで生産を行うと,費用は C(20) = 100 となる。一方,2 つの企業で Q = 10 ずつ生産
すると,費用は C(10) + C(10) = 160 となり,より大きな費用を必要とする。この様な
場合,企業数が少ないことで生産の効率性が向上するため,最適な企業数は,費用効率性
と市場支配力の増大との比較で決まることとなる。
■製品選択効率性 この効率性は製品の数と種類の 2 つから成る。種類については,与え
られた製品数の下で,消費者の好みと製品の性質の乖離が最小化されている状態のことで
ある。つまり,消費者の好みとのずれが少なくなるような製品が供給されている状態であ
24.1 公共の利益と規制の正当化
5
図 24.2 費用効率性
C(Q)
90
80
10
20
Q
る。次に,製品の数については,製品を追加する費用がその追加によって得られる社会的
便益に一致している状態のことである。つまり,製品の追加や削減によって社会厚生が増
えない状態のことを指している。
■費用削減投資効率性 費用を削減する投資を 1 単位増加させた時に必要なコストとその
社会的便益が一致している状態のことである。社会的に望ましい投資量がちょうど実現し
ていることを指す。
24.1.1 市場失敗テスト
公共の利益を目的とした規制は,市場失敗テストの要件を満たすことで正当化される。
これは 3 つの要件から構成される。
1. 市場が規制されていない場合,非効率性が発生しているか?その非効率性はどの程
度の規模か?
2. 非効率性を減らすために介入するとすると,その実現可能性はどの程度か?どのよ
うな方法で非効率性を減らすのか?
3. 規制の利益が費用を上回るか?それはどのような理由か?この時,規制の費用は,
規制当局の運営費用だけでなく,規制により生じる非効率性も費用として考える。
例えば,規制により企業が費用削減の誘因を失う場合,これによる非効率性も費用
として換算する。
市場の失敗の主な原因は,自然独占,大きな埋没費用,大きな特殊投資などが考えられ
る。このような条件の下では,価格・参入規制が正当化される。
第 24 章
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規制の理由
24.1.2 自然独占
自然独占とは,「1 つの企業で生産した時に,その生産費用が最小化される状態」を表
す。完全競争市場における長期均衡では,価格は限界費用に一致し,また,長期平均費用
も最小化されている。このような状態では,社会厚生が最大化されている。一方,自然独
占では,生産に必要な費用を最小化させるために,独占を認める必要がある。しかし,独
占企業は高価格を実現するために生産量を少なくするだろう。自然独占では,独占による
生産効率性と市場支配力との間にトレードオフが存在することが分かる。
図 24.3
自然独占
p
D
pR = AC(QR )
AC(Q)
A
O
M C(Q)
QR
Q
図 24.3 のような状況を考える。この時,企業がプライステイカーであるなら,p = M C
が実現し,その価格は常に平均費用より小さくなる。これは,図 24.3 の点 A で示されて
いる。その結果,p = M C である限り,企業は退出することとなる。企業の退出が継続的
に行われると,市場に残っている企業数が小さくなるため,市場に残っている企業はいず
れプライスメイカーになってしまう。自由参入を伴う市場での均衡企業数は,参入済みの
企業の利潤がゼロとなる点で決定される。この時,参入費用の大きさにより,均衡では寡
占や独占のどちらにもなり得る。
■自然独占と劣化法性 費用を用いて自然独占を定義する場合,平均費用が生産量ととも
に低下することは十分条件であるが必要条件ではない。費用を用いた自然独占の定義は次
式のようになる。市場全体で q =
∑N
(
C
i=1 qi
N
∑
i=1
生産する場合を考える。この時,
)
qi
<
N
∑
C(qi ),
i=1
ただし,N ≥ 2 とする。この条件を満たしている場合,「費用は劣化法性を満たす」と言
う。左辺は 1 つの企業で総生産量に対応する量を生産した場合の費用を表しており,右辺
24.1 公共の利益と規制の正当化
7
は各企業で生産を行った結果の総費用を表している。
■生産される財が 1 種類の場合
費用関数が劣化法性を満たすための十分条件として,
「任意の生産量について規模の経済が成立する」というものがある。規模の経済とは,全
ての投入物の投入量を k 倍すると生産量が k 倍以上になるケースを指す。そのため,規
模の経済が存在する場合,ある一定の生産量を達成するための投入物の量がより少なくな
る。その結果,より安く生産することが可能になるので,平均費用は生産量とともに低下
していく。したがって,規模の経済が成立していると,費用関数は必ず劣化法性を満たす。
しかしながら,生産量のある領域において規模の経済が成立していなかったとしても,費
用関数が劣化法性を満たす場合があり得る。例えば,図 24.4 で示される生産量 q0 を生産
する場合を考える。1 つの企業が生産すると,C(q0 ) = AC(q0 )q0 の費用が必要となる。一
方,2 つの企業で等量の生産を行うと各企業の平均費用が AC(q0 /2) となり,各々 q0 /2 の
生産を行っているため,総費用は C(q0 /2)+C(q0 /2) = AC(q0 /2)q0 /2+AC(q0 /2)q0 /2 =
AC(q0 /2)q0 となる。したがって,C(q0 ) > C(q0 /2) + C(q0 /2) が成立するために,2 つ
の企業で生産するより,1 つの企業で生産した方が費用が小さくなることが分かる。企業
数を増やしたり,各企業の生産の割り当てを変えたとしても,1 つの企業で q0 の生産を行
うことで費用が最小化するという結果を得る。したがって,このような図 24.4 に対応す
る状況では費用の劣化法性が成立しているといえる。
図 24.4 右上がりの平均費用と劣化法性
AC(q)
AC(q0 /2)
AC(q0 )
O
q0
2
q mes q0
q
もう少し複雑な状況を考えてみよう。今,3 つの企業が生産を行う可能性があり,各企
業は同一の平均費用 AC(q) を持っているとしよう。平均費用を最小化する生産量を最小
効率規模と呼び q mes の記号で表すこととする。この時,1 企業のみで生産した場合の平
均費用を AC1 (q) とし,2 つの企業で生産した場合の平均費用を AC2 (q),3 つの企業で
生産した場合の平均費用を AC3 (q) とすると,この 2 つの平均費用曲線は次の図 24.5 に
よって描かれる。生産量が q mes ≤ q ≤ q N M の場合,独占における平均費用は AC1 (q)
で与えられているため,この区間において右上がりとなっている。しかしながら,この区
第 24 章
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図 24.5
D1
自然複占
D2
D3
AC2 (q)
AC1 (q)
q mes
O
規制の理由
qN M
2q mes q N D 3q mes
AC3 (q)
q
間では 1 つの企業で生産した方が 2 つの企業で生産するよりも平均費用が小さくなってい
ることが分かる。したがって,区間 0 ≤ q ≤ q N M では自然独占となっている。一方,生
産量が q N M ≤ q ≤ q N D を満たす場合,2 つの企業で生産すると費用が最小化される。こ
のような状況は自然複占と呼ぶ。この図の中では,需要曲線が D1 や D2 であった場合,
自然独占となっていることが確認できる。
■練習問題 24.1 自然独占と市場規模
企業の費用関数が次式で与えられるとする。
C(q) = cq 2 + f.
この時,どれくらいの生産量まで自然独占が成立しているか調べなさい。つまり,1 企業
で生産した方が 2 企業で生産するよりも費用が小さくなる最大の生産量 q N M を求めなさ
い。
解答
2 つの企業で Q の量を生産する場合,どのように生産量を割り当てるのが良いのか考え
る。企業 1 の生産量を q1 とし,企業 2 の生産量を q2 とする。この時,次の費用最小化問
題を考えれば良い。
min cq12 + f + cq22 + f,
q1 ,q2
s.t. q1 + q2 = Q.
条件式を q2 について解くと,q2 = Q − q1 となる。これを費用和の部分に代入すれば,
この費用最小化問題は次のように書き換えることができる。
min cq12 + f + c(Q − q1 )2 + f.
q1
費用を最小にする条件より,これを q1 で微分してゼロと置くと次式を得る。
2cq1 + 2c(Q − q1 ) × (−1) = 0
24.1 公共の利益と規制の正当化
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これを q1 1について解くと費用最小時における企業 1 の生産量を得る。
q1 =
Q
.
2
q2 = Q − q1 より,q1 = q2 = Q/2 を得る。つまり,企業 1 と企業 2 は同じ量の生産を
することが最適であると分かる。以上から,2 企業で q 生産する場合の最小費用は次式と
なる。
C(q, N = 2) = 2c
( q )2
2
+ 2f.
これが 1 企業で q を生産した場合の費用よりも大きければ,自然独占であるといえるの
で,その条件は次式となる。
cq 2 + f ≤ 2c
( q )2
2
+ 2f.
これを生産量 q について解くと次式を得る。
√
q≤
2f
= qN M .
c
以上より,q N M が求まり,自然独占となる範囲を示すことができた。
市場が自然独占となるかは,費用の形状だけでなく需要の大きさによっても決まる。時
間とともに市場が大きくなったり,規模の経済の範囲が小さくなる場合,自然独占の状態
になりにくくなる。
例えば,1950 年代のアメリカにおける通信産業では,AT&T が電線網を使って通信
サービスの提供を開始した。この通信網は大きな固定費用であるため,この産業には規模
の経済が存在していたといえる。しかしながら,1960 年代以降,次第に無線の技術が発
達していき,また,通信サービスの利用者が拡大したことで通信産業は自然独占でなくな
り始めている。
■ケーススタディ:送配電ネットワークと自然独占
なぜ送配電ネットワークを構築し,
電力産業に参入することは認められないのだろうか。その 1 つの答えは電力供給には規
模の経済が存在するからであり,もう 1 つの答えは送配電ネットワークには大きな固定
費用が存在するからである。このことを調べるために,Salvanes and Tjøtta (1998) はノ
ルウェーの電力配電の費用関数を推定した。そのため,推定された費用関数が劣加法性を
満たすかを調べることができる。彼らの研究では,235 個の配電業者のデータが用いられ
た。 配電企業の行動を簡単に説明すると以下の様になる。まず,投入物として資本,労
働,購入電力がある。これら用いて,電力にアクセス可能な地点(ノード)*1 を増やし,配
電される電力量を大きくする。ノードの数を qN で表し,配電される電力量を qY で表す。
すると,生産物 (qN , qY ) を生み出すための費用として,C(qN , qY ) を得る。このとき,こ
*1
契約している顧客の数を表すと考えて良い。
第 24 章
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規制の理由
の配電起用の費用関数は C(qN , qY ) で表される。Salvanes and Tjøtta (1998) ではある
生産量 (qN , qY ) を 2 つの企業で生産するより 1 つの企業で生産した場合の方が費用が大
きくなるのであれば,劣加法性を満たすとした*2 。Salvanes and Tjøtta (1998) における
劣加法性の指標 Sub(qN , qY ) は次式によって定義されている。
Sub(qN , qY ) =
C(qN , qY ) − [C(qN − vN , qY − vY ) + C(vN , vY )]
.
C(qN , qY )
ここでは,生産量 (qN , qY ) を 2 つの企業で分担して生産んすることを考えており,具体
的には (qN − vN , qY − vY ) および (vN , vY ) に分けることを想定している。費用関数が劣
加法性を満たす場合,分担して生産した方が費用が大きくなることから,Sub(qN , qY ) は
負になる。そのため,この指標が小さいほど劣加法性を満たしていると判断する。
デ ー タ を 用 い て 推 定 で き る の は 費 用 関 数 C(qN , qY ) で あ る た め ,劣 加 法 性 の 指
標 Sub(qN , qY ) に 含 ま れ る (vN , vY ) は 外 生 的 に 定 め る 必 要 が あ る 。彼 ら の 研 究 で
は ,M axSub(qN , qY ) = maxvN ,vY |Sub(qN , qY )| を 指 標 と し て 用 い た 。つ ま り ,可
能 な 分 担 生 産 の 中 で ,最 も 劣 加 法 性 を 満 た し に く い 状 況 を 用 い た の で あ る 。し た
が っ て ,M axSub(qN , qY ) < 0 は 劣 加 法 性 の 十 分 条 件 と い え る 。分 析 の 結 果 か ら ,
M axSub(qN , qY ) < 0 となることは,5% の有意水準の下で主張できることが示され
ている。
実際に計算された M axSub(qN , qY ) の値を企業規模を表す契約者数 qN とともに散布
図で表すと次の図 24.6 となる。この図から,大きい企業ほど M axSub(qN , qY ) の値がゼ
ロに近い,つまり,劣加法性を満たしにくくなることが示されている。このような結果か
ら,Salvanes and Tjøtta (1998) は電力産業が自然独占の性質を有する原因は,配電部門
によるものではなく,その他のネットワーク部門にあることを予想した。また,このよう
な結論が導かれる要因として,配電部門の主な費用は人件費であることを挙げている。
■価格と自然独占 自然独占産業において重要な 2 つの価格は,限界費用価格と持続可能
価格である。この 2 つの価格の違いを確認するために次の図 24.7 を見てみよう。
まず,市場の需要が大きく D2 のような状態であった場合を考える。この時,価
格を限界費用に一致させ p = M C2 としても,この価格を実現する生産量の下では
p = M C2 > AC(Q2 ) が成立するので,企業が赤字になることはない。一方,市場の規模
が小さく,規模の経済が成立している場合を考えると,需要曲線は D1 のようになる。こ
の時,限界費用価格を選択すると,p = M1 < AC(Q1 ) となり,企業は赤字になってし
まう。
企業の赤字が長い間続くのであれば,その企業は存続することはできない。したがっ
て,企業が存続でき,新規参入が起こらないようにするためには,価格を平均費用に一致
させることが必要である。需要曲線が D1 である場合,企業の利潤がゼロになる価格は p1
*2
一般には,2 つ以上の企業で生産する場合を考えなければならないが,ここではより簡単な方法が採用さ
れたのである。
24.1 公共の利益と規制の正当化
11
図 24.6 規模(契約数)と劣加法性の関係
ዎ⣙ᩘ䠄䝜䞊䝗ᩘ䠅
0
20000
40000
60000
80000
100000
120000
140000
0
-2
ຎຍἲᛶ䛾⛬ᗘ Max Sub
-4
-6
-8
-10
-12
出所:Salvanes and Tjøtta (1998) より筆者作成。
図 24.7 自然独占と限界費用価格
p
D1
D2
M C(Q)
AC(Q)
M C2
p2
p1
c∗
M C1
Q1 Q mes
Q2
Q
第 24 章
12
規制の理由
で与えられる。このように企業の利潤がゼロとなり,新規参入も見込まれないような価格
のことを持続可能価格と呼ぶ。
では,需要が D2 であった場合,p2 は持続可能価格となるだろうか。まず,価格が p2
であり p2 = AC(Q2 ) が成立するため,既存企業の利潤はゼロとなる。しかしながら,生
産量を Q2 より小さい生産量を選択する新規参入企業を考えると,その企業の平均費用は
p2 よりも小さくなり,正の利潤を獲得できてしまう。したがって,市場の一部を奪うよう
な参入が発生する。参入企業が最小の平均費用で生産するためには生産量を Qmes とすれ
ば良い。この時,価格が c∗ < p < p2 を満たすのであれば,新規参入が可能となる。しか
しながら,この市場は自然独占であるため,費用は劣加法性を満たし,新規参入は必ず費
用効率性を損なうことになってしまう。
この例では,需要曲線が D1 と D2 のいずれであっても自然独占となっているが,両者
の性質は少し異なることに気づかされる。需要曲線が D1 の場合のように市場の需要を満
たす生産量の範囲で平均費用が右下がりであるなら,平均費用価格 p1 は持続可能価格と
なる。しかしながら,限界費用価格 M C1 では企業が赤字になってしまう。このような状
況を「強い意味での自然独占」と呼ぶ。
一方,需要曲線が D2 の場合のように市場の需要を満たす生産量の範囲の中で,平均費
用が右上がりになっていると,平均費用価格 p2 は持続可能価格でなくなってしまう。一
方,限界費用価格の下では企業は赤字にならない。このような状況を「弱い意味での自然
独占」と呼ぶ。
■自然独占と規制 産業が自然独占となっている場合,規制により 1 つの企業に生産を任
せると,費用が最小化され,費用効率性が達成される。これが規制の利点となる。しかし
ながら,既存企業は独占企業となるので,独占価格を選択する誘因を持つ。独占価格が実
現すると,配分効率性が損なわれる。これを防ぐためには,価格規制が必要となる。した
がって,参入規制と価格規制は互いに補完的な存在であると言える。
一方,現実の規制を考えると,規制当局は必ずしも企業の費用に関する情報を持ってい
るわけではない。また,規制内容を決定する政治的過程において,効率的な規制内容が選
択されない可能性もある。
このようなことを考慮すると,規制を実施するかは,「規制をせずに,市場支配力と生
産や費用の非効率性を受けいれる選択肢」と「不十分な情報や不適切な政治過程による非
効率性を受け入れる選択肢」を比較し決定することとなる。規制を行う場合は,これらの
非効率性を最小化するという観点から実施される。
■自然独占への対応は規制だけか?
1. オークションの利用 自然独占であるならば,参入・価格規制を行うことが最善なので
あろうか。ここでは,Demsetz (1968) における主張に従って,この疑問について考えて
みよう。
自然独占だからといって,必ずしも規制が必要なわけではない。自然独占により競争が
できなかったとしても,「誰がその独占企業になるのか」という競争は残されている。例
24.1 公共の利益と規制の正当化
13
えば,政府が供給の独占権をオークションで 1 企業のみに販売する状況を考える。この
オークションでは,「どのような供給価格を実施するのか」という入札を行うこととする。
したがって,このオークションでは最小の供給価格を入札した企業に独占権が渡されるこ
ととなる*3 。すると,このオークションで独占権を落札できるのは,最も効率的な企業で
あり,その入札額は「2 番目に効率的な企業が諦めるほど安い価格」ということになる。
そのため,独占権を獲得するために市場支配力はほとんど行使できないことになる。
図 24.8 自然独占
p
D
pR = AC(QR )
AC(Q)
A
O
M C(Q)
QR
Q
図 24.8 で与えられる市場で独占権を販売するオークションが行われる場合を考えてみ
よう。ここでは,オークションに参加する企業は多数存在し,参加する企業の費用は対称
であり,図で与えられる費用を持っているとしよう。この時,「何円で供給できるか」を
入札し,最も安い価格を入札した企業が独占権を獲得できるとする。すると,均衡では
pR という価格を付けた企業が落札することになる。この時,生産は QR だけ行われ,均
衡の結果である (QR , pR ) はラムゼイの結果と呼ばれている。ラムゼイの結果とは,企業
が赤字にならないという条件の下で,社会厚生が最大となる状態のことを表す。このよう
な条件付きで社会厚生最大化が行われた状態のことをセカンドベストと呼ぶ。Demsetz
(1968) の主張からは,セカンドベストを達成するために価格規制は必要ないことが分
かる。
この Demsetz (1968) の主張は幾分極端な仮定の下で導かれているため,この主張を批
判する人もいた。その代表として,Williamson (1976) が挙げられる。彼の批判は主に独
占権を与える期間に関して向けられている。
まず,市場は時間とともに変化しているため,需要や費用構造が変化したのであれば,
その契約内容も見直されるべきである。Demsetz (1968) の方法に従った場合,この契約
*3
できるだけ安く市場に供給して欲しいので,価格は低いほど望ましい状況となっている。
第 24 章
14
規制の理由
内容の見直しをどのように行うのかが疑問となる。例えば,市場価格がどれくらい変化し
たら契約を見直すべきなのかを事前に決めておくことが考えられる。また,状況の予測が
難しいのであれば,定期的に市場価格を調査し,その都度,契約を変更するか考えるとい
う方法もあり得る。しかしながら,どちらの方法であっても,価格規制を行う場合と同じ
ような規制当局の組織運営や手続きを必要とすることになる。Demsetz (1968) の方法が
規制と同じくらい費用を必要とするのであれば,規制が直ちに不要という結論にはならな
いはずであると Williamson (1976) は主張した。
さらに,契約を結ぶ際の取引費用の存在により,契約は必ず不完備*4 になる。そのため,
予期できない問題が発生する可能性があり,その中には,オークションで独占権を獲得し
た企業が利益を得るような機会的行動が含まれるかもしれない。これを防ぐためには独占
権獲得企業に対する監視が必要であり,もし社会に損失をもたらすようなことをこの企業
が行った場合,別の企業に独占権を与えるために,再びオークションを行うことなる。し
かし,このオークションの実施費用が大きいならば,簡単に企業を変えることも難しく
なってしまう。政府がオークションを行う費用としては,次のことが考えられる。
• オークションを実施するために必要な組織の運営費用。
• オークションを再び行うことで,「前のオークションは失敗だった」と思われ,そ
の他の政治活動に影響がでてしまう。
• 短い期間で何度も独占権を与える企業を変えてしまうと,長期的に必要な投資が行
われなくなる。
• 新たな企業に独占権を渡す際に,引継ぎが必要であり,それに伴いサービスの中断
や遅れが発生する。
Williamson (1976) では,このようなオークションに伴う費用と規制に伴う費用を比較
することが重要であると述べられている。
さらに,企業が「政府はあまり独占権の変更を行いたくない」ということを知ってしま
うと,政府との契約内容を変更するための再交渉を行ったり,契約に書かれている報告事
項を不正確に伝えたりする誘因を生んでしまう。このような企業の行為を防ぐためには,
企業を監視しなければならないし,もし契約内容に違反した場合は制裁を与えなければな
らない。したがって,これらのことを実施する組織が必要となり,これは実質的に規制し
ている状態と変わらなくなってしまう。
一方,Posner (1972) はオークションの落札者と長期的な契約を結ばないことを提案し
た。その代わりに,頻繁にオークションを行い,その時々で最も効率的だと思われる企業
に変えていくことを主張した。このような提案が上手く機能する条件として,資産が埋没
しないということや,資産(もしくは設備)に耐久性がほとんど無いことが重要であると
した。もし,資産の耐久性が契約期間よりも長い場合,新たなオークションの落札者に前
*4
全ての状況を予測することは不可能であるため,全ての条件を反映した契約書を作ることができないとい
うこと。
24.1 公共の利益と規制の正当化
15
任者の資産を渡す必要がある。そのためには,資産をオークションんの時点で評価しなけ
ればならない。つまり,適切な資産の管理が必要となるが,これも規制を行っている場合
とあまり変わらない費用を必要としてしまう。
Posner (1972) の主張に対して,Williamson は人的資源に着目し,耐久財と同様の議
論が成立することを以下のように述べている。既存企業は社員に十分な教育を行ってお
り,これが経営上の費用を大きく低下させているとする。このとき,もし参入企業の社員
教育費用がある程度大きいならば,参入企業は高い価格で入札するため,既存企業も高い
価格を選択する。この様な場合,結局,価格規制が必要となってしまう。一方,参入企業
の社員教育費用がある程度小さいならば,参入企業は既存企業より低い価格で入札するか
もしれない。その結果,この市場で活動する独占権が参入企業に移されるが,既存企業の
社員を教育した費用が無駄になってしまう。このような投資費用の無駄を省くためには,
既存企業の社員の能力を評価し,それを参入企業に引き継ぐべきである。しかしながら,
これは非常に難しい。以上のような状況を想定すると,必ずしもオークションの方が規制
より望ましいと断言できるかは疑わしい。
2. コンテスタブル市場 市場で活動する企業数が 1 つとなっていたとしても,潜在的な
参入圧力が強ければ,市場で実現する価格は規制水準と大きく変わらない可能性がある。
そのような市場の 1 つとして,コンテスタブル市場が考えられる。コンテスタブル市場
では,潜在的な参入企業が参入により正の利潤を獲得できると判断した場合,参入が実現
し,既存企業のシェアが奪われることとなる。そのため,既存企業は参入を妨げるような
価格を選択することとなり,ある条件下では,価格と平均費用が等しくなるようなラムゼ
イ価格が実現する。以下では,このコンテスタブル市場の議論が適切でない理由を考えて
みよう。
図 24.9
p
強い意味での自然独占
D
pR
AC
MC
O
QR
Q
図 24.9 で表されるような,強い意味での自然独占市場を考えよう。この市場には,参
入退出が自由にでき,参入費用が埋没しないとする。この時,自由参入の結果実現する価
格は,p = pR となり,セカンドベストとなるラムゼイ価格が実現する。しかしながら,自
第 24 章
16
規制の理由
然独占の性質を持つ市場では,大きな埋没費用を伴うことが多い。
図 24.10 弱い意味での自然独占
p
D
AC
pSB
O
Qmes QSB
Q
さらに,図 24.10 で示されるような弱い意味での自然独占となっている場合,セカンド
ベストな価格 pSB は実現することができない。たとえ既存企業が価格 pSB となるように
生産を調整したとしても,参入企業は生産量を Qmes とし,セカンドベスト価格 pSB よ
りも安い価格を選択することとなる。その結果,参入企業が既存企業のシェアを奪ってし
まうのである。しかしながら,この図で示される市場は,自然独占であるため,複数の企
業で生産することは非効率な結果をもたらす。以上より,この図で示される場合において
も規制が必要であることが分かった。
3. 輸送手段間競争 運輸産業において,鉄道のようなネットワークを必要とする輸送
手段は自然独占となりやすい。そのため,鉄道などの産業は規制される傾向にあるが,
Braeutigam (1979, 1989) では,たとえ鉄道などの自然独占の性質を持つ市場であって
も,その他の輸送手段と代替的であるならば規制の必要はなく,価格はセカンドベストに
近づくと予想した。
以上のように,様々な制限はあるが,規制以外の手段によりセカンドベストとなる価格
を達成できる可能性は残されている。しかしながら,これらの手段によりセカンドベス
トが達成されたとしても,さらに規制を必要とする場合もある。例えば,規制によって
ファーストベストを達成でき,さらにファーストベストでの社会厚生とセカンドベストで
の社会厚生に大きな差がある場合がこれに対応する。
24.1.3 巨大な関係特殊投資
Demsetz の議論では,たとえ技術的に 1 つの企業が生産すべきということが分かって
いたとしても,直ちに規制すべきということにはならなかった。この点は,規制を考える
場合に重要である。実際に規制すべきかということを考える場合,その他の方法と比べ
て,規制の費用と利益がどの程度優れているのかを考えなければならない。
24.1 公共の利益と規制の正当化
規制が好まれる条件として,(i) 不確実性や情報の非対称性の問題が生じやすい場合,
(ii) 耐久財への投資により効率的なサービスが提供できる場合,などが考えられる。この
様な条件が満たされる場合,供給企業の変更に大きな取引費用を必要とすることとなる。
したがって,規制の方が望ましいという結論が導かれるのである。
情報の非対称性などによって,規制の際に機会的行動に関する契約を結べない(不完備
情報)ことは,規制における大きな障害となる。その理由は,機会的行動により次のよう
な非効率性を生じさせてしまうからである。それは,(i) 契約費用の上昇,(ii) 契約の再交
渉が難しくなる,(iii) ホールドアップを防ぐために使う費用が大きい,(iv) 契約者を簡単
に変更できないことにより,他の利益を得る機会を失う,(v) 他の契約先を確保しておか
ねばならない,(vi) 関係特殊投資が十分に行えない,などが考えられる。
■関係契約
情報の非対称性が重要となっている状況では,起こり得る全ての状況に対し
てどのような取引を行うのかあらかじめ決定し,それを契約することは非常に難しい。つ
まり,このような状況では契約が不完備になってしまう。
常に契約が不完備になってしまう場合,事前に契約してない状況が実現した時,どのよ
うな調整方法にするのかをあらかじめ決めておくことは有効であるかもしれない。このよ
うに,調整の過程を事前に契約しておくことを関係契約と呼ぶ。もし,起こり得る全ての
内容を考慮した契約を作る費用が大きく,そして,関係契約を作る費用がそれほど大きく
ないのであれば,規制下において関係契約を利用することは,規制の効率化に貢献するか
もしれない。また,関係契約が適切に結ばれたのであれば,独占権を得た企業が関係特殊
投資を行い,投資に関する非効率性の問題を解決できるかもしれない。
■規制変更リスク
企業と政府が契約を行った後で,独占権の内容について変更されるか
もしれないという不安を企業が持つ可能性がある。このようなリスクを企業が重視してい
るのであれば,独占権を持つ企業は,投資費用が回収されないことを考慮し,十分に投資
を行わない可能性がある。
契約を結ぶ前の時点では,政府は企業に十分な投資を行ってもらいたいため,投資費用
を回収できるような高価格を認める傾向にある。しかしながら,企業が実際に投資を行っ
た後,投資費用は埋没してしまうため,政府は企業に対して価格規制を行い,社会厚生を
最大化させるような低価格を要求する誘因を持つ。もしくは,政府がその独占権を与えた
市場に対して自由な参入を認めるようになってしまう可能性もあるだろう。すると,企業
は投資費用の回収が難しいと予想し,結局,実現する投資量は社会的に過少となる。
このような状況において,政府が企業をホールドアップしないことを信じさせるために
は,政府の行動を制限することが必要となる。例えば,企業が投資費用を回収できる価格
を選択することを法律で定め,規制内容がこれに違反した場合には,企業は裁判所に訴え
る権利を与えることなどが考えらえる。
17
第 24 章
18
規制の理由
24.2 規制の経済理論
これまでの議論では,「規制によって社会厚生が増加する」という観点から分析が行わ
れてきた。そのため,分析の結果主張される内容は,規範的な意味合いが強くなる。一
方,規制の存在の良し悪しを議論するのではなく,「なぜ規制が存在するのか」という実
証的側面に注目する視点も有り得る。この節では,経済主体が自身の目的を最大化した結
果,均衡において規制が存在するというアプローチについて考える。
24.2.1 経済規制の理論
Stigler (1971) では,経済規制の理論が取り組むべき問題が提案された。
• 誰が規制の利益を受け,誰が規制により苦しむのか?
• 規制の形態と性質はどのようなものか?
• 規制によって配分がどのように変化するか?
Stigler (1971) においての議論の前提は,政府は限られた資源の独占権を有しており,企
業はその権利を欲しているというものである。この時,企業がこの独占権を手に入れるこ
とで,大きな利潤をえることができ,その見返りとして政治家にお金や票を与えるという
状況が考えられた。このような場合,実施される規制は非効率なものである可能性を含
み,その結果,社会厚生が低下することも予想される。
24.2.2 プリンシパル・エージェントアプローチ
情報の非対称性や取引費用の存在により,規制の実施を説明できる場合もある。情報の
非対称性や取引費用が存在しない場合,コースの定理が成立し,個々の経済主体の取引に
おいて非効率性は発生しなくなる。一方,政治過程においては,コースの定理の前提であ
る,情報の対称性や取引費用が非常に小さいことなどが満たされにくい。そのため,選挙
を通じて,投票者が政治家の行動を制限することが難しくなっている。
例えば,情報の非対称性が大きい場合,投票者は政治家の行動を監視することが難しく
なっており,その結果,政治家は投票者の望む行動をしなくなるかもしれない。
■政治過程,モニタリング,利益団体
政治過程によって,個々の投票者が政治家をモニ
タリングしなくなる状況もある。その特徴として,以下のものが考えられる。
• たった一票が選挙結果に与える影響は小さすぎるので,個々の投票者はほとんど無
力である。
• 政治家の提案する政策ごとに投票するわけではなく,その政治家の提案する全ての
政策および,政治家の人格を評価したうえで投票を行う。そのため,ある政策の
みが悪いからといって,その政治家を落選させることが良いかは直ちに決定でき
24.2 規制の経済理論
ない。
• ある政策(規制)の結果に対して誰が責任を持つべきなのかを判断することは,難
しい
このような要素が重要となっている状況では,投票者が政治家をモニタリングする利点は
小さくなってしまう。その結果,政治家は自身の選好に従って行動することとなり,結果
として非効率な規制が行われることがある。
また,個々の投票者は政治への影響をほとんど持たないが,これに対応するために,似
た政策を好む投票者達がグループ(利益団体)を作ることもある。このようなグループを
作る利点として,(1) 複数で政治家をモニターすることができ,(2) 投票者間で情報の交
換が容易となり,(3) 投票先をグループで決定し,政策に影響を与えやすくすることなど
が考えられる。
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21
参考文献
[1] Braeutigam, R.R. (1979). Optimal pricing with intermodal competition. American
Economic Review, 69(1), 38-49.
[2] Braeutigam, R.R. (1989). Optimal policies for natural monopolies. Handbook of
industrial organization, 2, 1289-1346.
[3] Demsetz, H. (1968) Why regulate utilities? Journal of Law and Economics, 11(1),
55-65.
[4] Joskow, P.L. (1997). Restructuring, competition and regulatory reform in the US
electricity sector. Journal of Economic Perspectives, 11(3), 119-138.
[5] Posner, R.A. (1972) The appropriate scope of regulation in the cable television
industry. Bell Journal of Economics and Management Science, 3(1), 98-129.
[6] Salvanes, K.G. and Tjøtta, S. (1998) A test for natural monopoly with application
to Norwegian electricity distribution. Review of Industrial Organization, 13(6),
669-685.
[7] Stigler, G.J. (1971). The theory of economic regulation. Bell Journal of Economics
and Management Science, 2(1), 3-21.
[8] Williamson, O.E. (1976) Franchise bidding for natural monopolies-in general and
with respect to CATV. Bell Journal of Economics, 7(1), 73-104.