青 函 圏 フ ォ ー ラ ム

平成26年度
青 函 圏 フ ォ ー ラ ム
~北海道新幹線開業を契機とした新たな連携を探る~
開
催
報
告
書
平成27年2月
青 函 圏 交 流 ・ 連 携 推 進 会 議
目
次
1.開催概要
2.フォーラム
(1)基調講演
◆テーマ
青函交流 新たな時代へ-新幹線開業-
おくだいら
◆講
奥平
師
おさむ
理 氏 (函館工業高等専門学校 准教授)
(2)パネルディスカッション
◆テーマ
北海道新幹線開業を見据えた
青森県と道南地域の新たな連携について
おくだいら
◆コーディネーター
おさむ
奥平
理 氏
◆パネリスト
なかの
ゆ
き
中野
由貴 氏(函館山ロープウェイ(株)FMいるか
さとう
あやこ
佐藤 綾子 氏(Cafe&Deli
たけうち
MARUSEN / 津軽海峡マグロ女子会)
のりと
竹内 紀人 氏(一般財団法人
み
つ
チーフパーソナリティ)
青森地域社会研究所 調査研究部長)
や
三津谷 あゆみ
氏 (青い森鉄道 株式会社 営業部営業企画課 主任)
1
1.開催概要
○
開催趣旨
平成27年度末に予定されている北海道新幹線「新青森・新函館北斗間」開業により、青森県と北海
道道南地域の交流・連携は、より一層の広がりが期待される。北海道新幹線開業を契機とし、優れた自
然景観や伝統文化、多種多様な食など、この圏域の特色ある資源を活かした、様々な交流・連携の一層
の促進を図り、活力ある青函圏の形成に繋げるための方策を探ることを目的に開催した。
○
テーマ
北海道新幹線開業を契機とした新たな連携を探る
○
開催日時・場所
平成26年11月11日(火)
14:30~17:10
アラスカ
4階「ダイヤモンド」
(青森市新町一丁目11番22号)
○
参加者(85名)
青函圏交流・連携推進会議会員、自治体関係者、商工関係者、観光関係者、民間事業者
○
内容
第1部
基調講演(14:30~16:40)
青函交流 新たな時代へ-新幹線開業-
奥平 理(おくだいら おさむ) 氏 (函館工業高等専門学校 准教授)
第2部
パネルディスカッション(16:50~17:10)
北海道新幹線開業を見据えた青森県と道南地域の新たな連携を探る
コーディネーター
奥平 理 氏
パネリスト
中野 由貴 氏(函館山ロープウェイ(株)FMいるか チーフパーソナリティ)
佐藤 綾子 氏(Cafe&Deli MARUSEN / 津軽海峡マグロ女子会)
竹内 紀人 氏 (一般財団法人 青森地域社会研究所 調査研究部長)
三津谷 あゆみ 氏 (青い森鉄道 株式会社 営業部営業企画課 主任)
○
その他
フォーラム会場内において、北海道新幹線の開業効果、
工事進捗状況を紹介するPRパネルを展示。
2
など
2.フォーラム
第1部
基調講演(14:30~15:40)
青函交流 新たな時代へ-新幹線開業-
奥平
理(おくだいら おさむ) 氏
(函館工業高等専門学校 准教授)
私、青森クォーターです。私の祖母は津軽の出身。私も青森といろんなところと繋がっていて今まで過
ごしてきました。青森の地で話ができるということを大変嬉しく思います。特に私の場合はルーツが青森
ということもあるので、また交流の歴史なども踏まえながら、これからどのようにしていったらいいのか
という話をさせていただければと思っているので、本日はよろしくお願いします。
略歴はお手元の資料の方に書いています。実は私、学生時代、大学が広島大学なので、函館と広島の間
を行き来するようなことをしていました。学生時代は函館・広島間を国鉄、JRを使って移動しておりま
した。私の学生の頃には青函連絡船もあり、青函連絡船、それから青函トンネル、両方を使いながら函館
から広島まで帰ったことを今でも思い出します。
連絡船の頃は、新幹線を乗り継いでも(広島・函館間は)15~16 時間かかったと思います。今は、J
Rで行くと半日かからずに行けます。新幹線が繋がるともっと早く行ける。こういうことを実感している
人間の1人です。
こういった中で、どういうことをお話しするのかというと、今日、お話しするテーマですが、まず「見
える青森、見えない函館」というお話をさせていただきます。
続きまして、函館工業高専の学生、5年生、3クラスくらい、120 人くらいのアンケートの結果をご報
告したいと思います。
また、新幹線時代の到来ということで、函館側の新幹線の事情等もチラッとお話ができればと思います。
また、これからの青函交流について御提言申し上げ、最後に結びのお話をさせていただこうと思ってい
ます。
では最初に「見える青森、見えない函館」についてです。
私達、函館で生まれ育った人間は、青森は見えます。青森と言っても津軽半島、下北半島ですが、見え
ます。函館市内からでも見えます。私の学校からは大間の反対ぐらいまで見えるので、そのくらい近い位
置関係にあります。このように、晴れたら見える青森という感覚を持っているのが、私達です。青森の方
の印象はというと、多分、絶対に函館は見えないというイメージの方が強いと思います。函館は見えない
けれども、北の方にあるというお話になると思います。
こういった「見える・見えない」により、実は青函交流の意識に温度差があるのではないかというとこ
ろを私は感じています。函館人には何となく見えるもので、青森は近いという感じがあります。青森の方
3
は(函館が)見えないということで、「函館、何か北の方にあるね、遠いね」というイメージがもしかし
たらあるのかなと思います。これは、実は函館人が札幌を思う時と同じような感覚になのかなと思います。
このような意識の差というのはどういうことになるのかということですが、函館人は青森を遠くに感じ
るのかというと、実は見えているのは半島だけです。半島より南の方は見えません。ですから、青森と言
っても、実は見えているのは下北半島と津軽半島です。青森市は見えません。そうすると、半島部が見え
る錯覚で青森に実際に行くと、「あれっ、何か遠くない?」というイメージがあるわけです。これは(青
森・函館間)
、2時間かかることから、
「何か遠いね」という感じがあります。これは視覚と実際の感覚に
ズレが生じているのではないかという部分になります。
実は、先ほどパネリストの皆さんと話したところ、
「じゃあ連絡船の頃はどうだったか、3時間 50 分掛
かったじゃないか」と言いますが、3時間 50 分が遠く感じるかと、感じないですね。なぜかというと、
3時間 50 分、陸上または海上にいて、外が見える。ところが今は見えない。一部見えない時間がある。
これが実は大きいのではという感じがします。
こういった意識のズレというのが、実は青函の交流にちょっと影を落としていると感じます。青森と函
館に横たわる障壁、壁です、バリアです。それは、陸路では行けないということ、もう1つは海への恐れ
ということがあります。海への恐れというのは、これはかつて連絡船で行き来していた時代を知る方々は、
「時化たらどうしよう」という話になります。そうすると「時化たら端っこから端っこに転がっていくよ」
という話になり、このような経験をされた方は、何となく恐いというイメージがあります。もう1つは、
トンネルが恐いという方もいます。なので、これが1つの障壁になっている可能性があります。
また、道県の境界が津軽海峡にあります。道県の境界が、ある意味、相互のメディアを見聞きできない
バリアになっています。メディア、すなわち新聞、ラジオ、テレビなどです。こういったものが全くお互
いに見ることができない。こういうことが大きいと思っています。
それから、妙なライバル意識があるのではないか。先進地域の青森の方は後発の北海道、蝦夷地の函館
ですから、当然イメージとしては「あっちは後からできた」というイメージのお持ちかと思います。なの
に、函館の人もなぜか先進地域の青森の方を見ると、突然、「函館もいい街なんだよ。たくさん観光客が
来るよ」と自慢を始めたりします。逆の感覚があります。お互いに逆の感覚を持っているのではないかと。
こういったところも、実はちょっと邪魔をしている部分なのかなという感じはしています。
ちなみに北海道の中で言うと、函館と札幌です。札幌の人は全然ライバルだと思っていませんが、函館
の人は中にはライバルだと思っている人もいます。函館の人は札幌のことを「奥地」と言っています。こ
の前、札幌の方に聞いたところ、札幌の方は(函館のことを)「盲腸」と言っていましたので、いろんな
言い方があるなと。このようなライバル意識がどうしても存在するのでは思います。
じゃあ、ライバル(という感覚)だけなのかということですが、皆さん、函館と青森は、実は非常に文
化の共通性が強いです。何が強いかというと、私が話している言葉を聞いて、皆さんお分かりかと思いま
すが、あまり訛っていないと思います。札幌に行くと「訛っているね」と言われます。青森に来ると全然
訛ってないと言われるという話をします。
函館弁というのは、青森の2大方便である津軽弁と南部弁の言ってみれば共通語みたいなところがあり
ます。私、先ほども申しましたが、青森クォーターです。私の母方の祖母は津軽の出身です。ばあちゃん
4
は完全に津軽弁を話していました。
「なは~」とか「わは~」とか「何とかはんで」と言いますよね。実はこれ、函館でも使います。函館
でも、上磯ではこれを使います。それから渡島半島の東部の方でもこの方言をそのまま使っています。函
館の西部の方になると、今度は南部弁が入ってきます。これはあまり使いませんが、分かるんですね。
あと、これ皆さん、全部御存じですよね。「たなぐ」「からっぽのやみ」、ちょっと言い方は違うかもし
れません。「かしがる」とか、とうきびのことです「きみ」。あと「すっぱね」、冬場どろどろの道で「す
っぱね」ですね。あと「げっぱ」、
「げれ」とも言いますけれども、一番最後、尻尾ですね。あとご飯とか
けの汁とか、ほっておくとこうなります「あめます」、腐ります。悪くなるという意味で使います。これ
らは全部函館でもそのまま使っています。全くよく似た言葉を使っている地域です。
あと、けの汁の話をしましたけれども、私のばあちゃんは津軽でしたので、くじら汁を食べます。くじ
ら汁はすぐあめるので、これは外に置いておくと今度は凍ります。凍って大変なことになりますが、これ
を繰り返しているとなかなかあめなくていいですが、このくじら汁を私は食べます。くじら汁を食べる文
化というのは函館もありまして、函館は年末になるとスーパーにくじらが出ます。同じですね。
こういう共通の文化を持っている地域であります。あともう1つは、実はねぶたというと青森のものだ
けだと思っていらっしゃるかもしれませんが、実は函館にもねぶたの名残が残っています。函館では、新
暦7月7日の夜になると、子ども達が家々を回ります。浴衣を着て、提灯を持ったりカンテラを持ったり
しながら家々を回って何をやっているかというと、「竹見短冊七夕祭、おおいやいえよ、ろうそく1本ち
ょうだいな」という合い言葉を家の前で言って、それを言うと家の人が出てきて、「じゃあ、ろうそくを
あげよう」と言って、家の人からろうそくをもらいます。実は、青森、函館でも知られています。元々、
古いねぶたは家々を回ってろうそくを集めたそうです。
「ろうそくを出せ、出せ」というのが、その後、
「ラ
ッセラー」になったというところがありますので、実はねぶたの古い形が函館にそのまま残っています。
青森では今はそれはやっていないと思います。逆に函館でなぜか灯明を灯して、山車を出すようなねぶた
はなくなって、ろうそくをもらう方だけ残りました。ですから、言ってみればこれは新旧のねぶたが揃う
ことになります。函館と青森でやると。こういったものというのを、皆さん、あまりご存じないかと思い
ますが、実は函館の七夕はそういう文化です。
ちなみに、
「なぜ函館の七夕は新暦なの?」という御質問があるかと思いますが、函館は開港地でした。
なので、明治維新の後、太政官令が出た時に全ての行事は新暦でやるようにと言ったら、忠実に新暦に直
したのが函館です。
もう1つ言いますと、函館は変な文化でお盆が2回あります。7月のお盆と8月のお盆があります。旧
暦、新暦でお盆をやる、そういう地域です。
そういった共通の文化を持つ地域だということを御理解いただくと、こういうふうに1つ花が咲くんじ
ゃないかと思います。
じゃあ皆さん、一斉に話してみたいと思います。どれだけ訛っているか、皆さん、競争してみましょう。
いきますよ。まず「自転車」を皆さん読んでみてください。
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(会場)
じでんしゃ
(奥平先生)
ありがとうございます。「じでんしゃ」ですね。標準語は「じてんしゃ」です。これは我々共通の訛り
としては全部濁ります。しかも真ん中にイントネーションがあり「じでんしゃ」になります。
次です。私の住んでいる街です。
(会場)
はごだで
(奥平先生)
ありがとうございます。やっぱりいい言葉ですね。「はごだで」。全部濁ります。「はこだて」という言
い方は函館の人間が一番困っています。なぜかというと、函館の人間もこれを「はこだて」と言えません。
どうするか、ごまかすための言い方があります。子どもの頃は言いにくいので、これが「ら」に替わって
「はこらて」と言っています。
「はこらて」と言うと「はこだて」に聞こえますね。
「はこらて」というの
は子ども言葉なので、大人になって「はこらて」と言うと恥ずかしいので、どうするか、「R」を取りま
す。「はこあて」と言います。そうすると「はこだて」に聞こえますね。こうやって苦肉の策でクリアし
ています。自分のところを訛って言うと、札幌の人にバカにされることがあるので、そういう時に「はこ
あて」とか言いながらごまかします。でも、これ、標準語で言うと「はこだて」になります。
最後です。これも皆さん、実は訛っている、御存じですよね。
(会場)
よーちぇん
(奥平講師)
ありがとうございます。やっぱり御存じでしたね。
「よーちぇん」です。ここで標準語は「ようちえん」
ですよね。なぜかこの地域はてっぺんにイントネーションがあり、そこからズドンと下がります。しかも
「え」が「ぇ」になります。なので「よーちぇん」になります。たまに隣の方々に言うと、何と言ったら
いいかと言われます。
方言に強い愛着を持っている方、こんなことが起きます。
「私、訛ってないのさ」と言います。
「私、訛
ってないよね」と思いっきり訛って言います。これが我々の文化の特徴だと思っています。
皆さん、函館でも問題になっているのが、若い人達に方言が消えてきていることです。だんだん消えて
きています。そうすると、一層青森の方々との交流が難しくなるのかなと思いますので、私はなるべく授
業中は思いっきり訛って授業をするように心がけています。変なイントネーションは使わない、標準語の
イントネーションは使わない。なるべく訛る。「おめ、うるせえ」とか、こういう言い方をすることが大
事だろうと感じています。
もう1つの特徴がこれです。4本マストの連絡船です。青函連絡船の古いやつですね。連絡船の桟橋の
から荷物を大量に抱えたおばちゃんが歩いてくる写真です。
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まだあります。連絡船の中はこんな状況になります。荷物だらけです。通路、広場も荷物だらけ。おば
ちゃん、頑張って担ぎます。
おばちゃん、寝ています。そして闇市です。
闇市は、函館、青森の両方の駅前の桟橋前で展開されていました。これがカツギ屋の人達です。これは
函館市から撮っていました。この人達の存在というのは実は非常に大きいものでした。
連絡船は、明治 41 年から昭和 63 年まで続きました。函館と青森を結ぶ命の綱、ライフラインです。青
森の方はあまり関係ないと思いますけれども、函館の方はまさにライフラインでした。本州からの物資は
連絡船以外に来ないので、連絡船が止まってしまえば本当に食いっぱぐれになってしまう、そういう状況
です。函館は青森と繋がっていないと食っていけませんでした。そのために仕事がいっぱいありました。
商売になります。ですから、「モノ」と「人」と「カネ」が一緒に動いていました。
先ほどもちょっとパネリストの方とお話をしましたが、私も行ったことがあります。おばちゃんが腹巻
きに札束を入れて持って歩く。だから人とお金と物が一緒にくっついて、一緒に行き来します。こういう
時代が長く続いていました。
カツギ屋の人達は女性の方が圧倒的に多かったです。青森からは幻のお米と言われている黒石米が来ま
した。そして酒とりんごが来ました。黒石米は、函館側ではコクセキ米と言います。函館からは、するめ、
塩鮭、みがき鰊などの海産物が青森へ。言ってみれば畑の物が函館に来て、海の物が青森に行き、見事な
バーター貿易ができていました。
私の祖母は料理屋をやっておりまして、おばちゃんが来ます、カツギ屋がおばあちゃんの家に。何をし
に来るのかというと、持って来ます。黒石米です。黒石米を持って来ます。当時、30~40 年前の話です
けれども、北海道のお米は非常においしくなかった時代がありました。道産米の時代です。おいしくなか
ったので、函館のお寿司屋さんと料理屋さんのほとんどが青森からのお米に頼っていました。そういう時
代です。なので、この黒石米を見ると、我々の世代はおいしいお米というイメージが非常に強いです。こ
ういうのがどんどん入ってきて、実は青森だけではなく、函館の食文化も支えていました。なので、青森
の方には本当に感謝を申し上げたいなと思うところがあります。
このようなものが沢山入ってきていました。出たり入ったりしました。この出入りは、年々減っていき
ます。そしてフェリーができます。フェリーができることによってトラックで輸送をし始めます。
ということで、このカツギ屋のおばちゃん達の姿がだんだん消えていきます。そしてどうなっていった
か。現在ではもう物資はほとんどがフェリーを使って動いています。そうすると、人と物と金が一緒に動
いていない。人だけ動いています。そういう時代になったということ、お分かりいただけるかなと思いま
す。
ではアンケートを御覧いただきますが、うちの学生、実は青森からも来ますが、さすがに八戸から来る
子はいません。八戸高専に行かなかったのという子はいません。ただ、青森市内、弘前市内のお子さんは、
なぜかうちに来ます。理由を聞いたら、面白いですよ、
「なぜ、お前、県内の高専に行かないんだ?」
「行
きたくね」、何かあるのかと思います。
「あなたの青森観は?」という質問をしてみました。その時に道内出身の子に聞いてみると、
「りんご、
方言、田舎、奥入瀬、青函トンネル、浅虫水族館、ねぶた、新幹線、弘前城、桜、アスパム、三内丸山遺
7
跡」という答えが返ってきます。
「あなたの函館観は?」については、「青森よりも中心部が都会、見栄っ張り、下北と青森はちがう、
田舎、駅前が寂しい、観光地、遊ぶところが少ない」という答えが返ってきます。これは青森の子達に聞
きました。そうすると共通する言葉が出て来ます。
「田舎」という言葉です。
「田舎」というイメージは一
緒ですね。
「1年に何回青森に行きますか」では、5年生では、就職も近い時期ですが、0回が圧倒的に多い。
「これまで何回青森に行きましたか」では、1回が 26.3%で一番多い。5回以上というのは実は青森の
子にも取っているので答えの数値がこんな数値になります。1回しか行ったことがない子が多いですね。
分析をすると、プライドが衝突します。田舎です。お互いに田舎と言い合っています。お互いに都会と
言わなければいけません。田舎でも都会と言わなければいけないと私は思っている。自分の地域をけなす
文化というのは青森も函館も共通のような気がしますが、けなすとろくなことはないので止めましょう。
多かった回答は、「りんご、方言、ねぶた」です。方言は自分達が訛っていないと思っているから方言
と言います。問3、問4を分析してみると、年間の頻度は0回が多い。積算往来回数も0回から2回ぐら
いが半分ぐらいです。ということで考えると、若者達は本当に青森と往来してないということを御理解い
ただけるのではと思います。
次は、新幹線時代の到来のお話をします。グラフは函館と仙台の間の所要時間の変遷を示しています。
まだ明治の頃は 16 時間掛っていました。その後、青函連絡船ができて、新幹線が盛岡までできた頃にな
ると急に早くなって 11 時間 30 分くらい。さらに早くなり、最終的に新幹線がつながると函館と仙台の間
というのは2時間半になります。札幌と函館の間というのは、今、3時間 30 分掛かります。私もアンケ
ートを取れば良かったのですが、何人かに聞いてみました。「お前達、高級品を買いに行くのに、札幌に
行く?それとも仙台に行く?」と聞いたら、「時間が早ければ仙台に」という子が出てきました。時間短
縮の効果です。
これは実はストロー効果の話が後で出てきますが、観光でストロー効果が発生する可能性があります。
これは、青森の方はお分かりいただいているかと思います。今年、株式会社ブランド総合研究所の 2014、
行ってみたい街、日本のベスト1に函館が2年ぶりに返り咲きました。言ってみれば非常に知名度の高い
観光地が函館ということになります。知名度が高いということは、これは当然、人が集まりやすいという
ことになります。これがストロー効果、吸い上げ効果を生み出すと言われています。
函館の場合、どこを狙っているのかというと、実は北関東です。群馬・栃木・茨城が、現在、飛行機で
函館までとなると5~6時間掛ります。ところが新幹線では、新幹線の最寄りの駅から直結になるので、
大体4~5時間くらいで着きます。新幹線は、皆さん、お聴きになったことがあると思いますが、4時間
の壁というのがあります。4時間以内だと新幹線で対応するようになるという、その4時間の壁ですが、
4時間の壁を超える可能性が出てくるとなると、これは北関東からの観光客がものすごく函館に向かって
8
くるということが、お分かりいただけるかなと思います。
だからと言って、これに手をこまねいていてはいけません。これは、後でまたお話をしたいと思います。
新幹線時代が到来しますが、東北の観光地からストロー効果が起きてしまう可能性も秘めている。ただ、
青森と連携することで、これはむしろ相乗効果に代える可能性があるということをお話ししておきたいな
と思います。後でまとめのところでお話をしたいと思います。ただ、やられっぱなしではダメです。相乗
効果にしていくべきであると。
もう1つ、新幹線で鹿児島中央から新函館北斗駅の間を移動可能です。何と、私が昔学生の頃に使って
いた時間で九州の端っこまで行けるようになります。
乗ってみて初めて分かること。これは皆さんもうお分かりになったと思います。新幹線が開業して4年
も経ちましたのでお分かりになったと思います。新幹線が来る前は、新幹線が来たからどうのこうのとい
う話になったと思いますが、新幹線が来て見ると、お分かりでしょう、大量輸送です。一度に沢山の人を
運べるということ。
もう1つ、時間短縮の効果。あともう1つあります。駅に行けば乗れるということです。飛行機のよう
に1時間前に来いということはありません。もうドアが閉まるまで乗れますという状態になります。ここ
が新幹線の強みでもあると考えることができるかと思います。
現在、青森までは沢山の新幹線が来ていますが、函館まではおそらく 10 往復ぐらいになるのではない
かと言われています。確か青森までは(在来特急が)10 往復来ていますが、10 往復程度になるであろう
と。ただ、車両数は変わらない、いわゆる 10 両編成で来ますので、一度に大体 800 人くらい来ます。満
席になると 800 人くらい乗れるという大量輸送力。これがこの地域をどれほど豊かにするのかという話を
後程します。
新幹線時代の到来ということで、逆に、これは青森の方はもう経験されているかと思いますが、いわゆ
る仙台、東京からのストロー効果です。経済、資本の部分ですね。資本の部分でのストロー効果が必ず起
きます。これだけは絶対に言えることです。どういうことになっているか。実は、皆さん御存じないかと
思いますが、盲腸の部分、渡島半島です。ここは、青森に行くのも結構時間が掛かる、札幌に行くのも時
間が掛かる地域です。なので、函館だけ独自の経済圏を持っていました。いわゆる鎖国型の経済圏でした。
これが一気に本州と人が繋がるようになる。ということは、実はストロー効果を招くのではないかという
ことですが、どうすればいいか。函館はまだ起きていないでしょうと思うかもしれませんが、函館でもス
トロー効果が起き始めました。
まず、新幹線の場合、仙台と札幌を比較すると、札幌は人口 200 万人、仙台は 100 万人ちょっと。圧倒
的に札幌の方が強いだろうと皆さん、お思いかもしれませんが、実は違います。札幌は、あまり経済力は
ないのです。実は仙台の方が経済力は強いです。後背人口を見ると、北海道の人口が 552 万人に対して東
北6県は 934 万人もいます。ですから、単純計算で後背人口は札幌市の 1.7 倍です。この商業統計を見ま
すと、1人あたりの卸売年間販売額、小売年間販売額を見ると、実は仙台は札幌を上回っています。そう
考えると仙台の経済力は侮ることはできません。
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これは、青森の方は当然、東北の中心都市ですから当然儲かるかと思いますが、実は函館の方は忘れて
います。かつては繋がっていましたので忘れていなかったのですが、今は忘れています。私の家にも、タ
ンスの中になぜか茶箱がいっぱいありました。理由はなぜかと言うと、仙台の茶箱です。七夕の時に福袋
で渡される茶箱です。茶箱が函館でも使われていました。そういう文化がありました。
皆さん、ツルハって御存じかと思いますけれども、ツルハ札幌ドラッグという、北海道の大きなドラッ
グストアですけれども、実はそこに混じって他からももう出てきています、もう既に。次は多分、マツ何
とかというのも来るだろうと噂が飛び交っています。これはまさに本州資本ですね。
もう1つ、青森にセブンイレブンが来ますね。函館にはセブンイレブンはもうあります。セブンイレブ
ン、ローソン、それからサークル K サンクスがあります。ファミリーマートも出店開始しています。ただ
ファミリーマートは、ちょっと北海道はおかしいなと思うところもあり、道内のセイコーマートというコ
ンビニは、ここの資本と同じです。函館では同じ資本同士がぶつかり合うようなことも起きています。こ
れはストロー効果なのかなと感じがします。
もう1つは、皆さんに聞いてみたいのですが、函館の蔦屋書店に行ったことのある方、いらっしゃいま
すか。函館にお越しの際は行ってみてください。東京代官山について2店目の出店で、何と実験店舗です。
地方都市展開の第1例として出してきたのがこの函館蔦屋書店です。規模は東京代官山の倍の大きさ。1
つの建物の中に、ありとあらゆるところにスペースがあり、その中は飲食自由。持ってきて飲むのも自由。
今までにない本屋のスタイルを持っています。言ってみれば、本州の風です。今は観光地になりかかって
います。こういうのが出店するということ自体が、新幹線を見据えた動きということになると思います。
あともう1つ、函館の駅前、降りるとえらい寂しいというのを御存じだと思います。古びたかつての和
光デパートの裏側、昔繁華街だったところが全部空き地になっているところがあります。いよいよ高層マ
ンションの建設が始まっています。元の函館西武の駐車場の跡に建ったマンションは、売れ行き絶好調で、
上の階から売れているということです。聞いてみたら、本州の方が買っています。よくよく考えてみたら、
新幹線定期で通勤できる。ですから、そういう方々がもう出てきているということです。
今、駅前棒二の向かいにもう1棟、本町丸井の向かいにも1棟建ちます。こういったものがどんどん出
てくるということは、もう既に函館もそういう時代に入ってきているということを私達も実感をし始めて
いるところです。
新幹線時代が到来しますが、新函館北斗と函館駅の間をどうやって結ぶかとなると、この区間は電化し
ます。もう工事は終わっています。あと線路を引くだけです。3連の新型車両、4編成ができます。リレ
ー電車を組むそうです。所要時間は約 17 分です。車両形式はJR北海道の 735 系、ロングシート、定員
428 名です。新幹線は 10 両編成で 815 人なので、一歩間違えると、これは乗り切れないことが起きます。
そうなると、私達は冗談半分で、「そういえば、江差線を廃止したよね。ディーゼル車両が余っているよ
ね。あれ、繋いでいくんじゃない。旧国鉄車両のディーゼル車両、またそれはそれでマニアが来るんじゃ
ない?」みたいな話をしています。そういったことも想定しています。
それから新幹線の開業後、新駅から札幌まで単線になります。なので、特急の北斗が今の半分になるの
10
では、本数が半分になるのではと思います。それから駅前の問題ですが、新駅の北口には駐車場がありま
せん。広場だけです。これは新道と直結する側ですが、たった5台しか車を置けません。南口も問題があ
ります。何かというと、駐車場が足りないということ。青森の方にお話を伺いましたら、青森でも新幹線
の駅で 1,035 台でも駐車場が足りなくなっているという話をお聞きしています。新函館北斗駅は何と 580
台しか駐車場がないのです。なので、絶対足りないでしょうという話が出てきています。「いいのか?こ
れで」というのが問題になっています。
ここからまとめの方に入りたいと思います。青函交流ですが、今まではバックのお話をさせていただい
たのですが、ここからは数値を伴ったお話をしたいと思います。道内の主要都市と青森県の3市の人口の
増減を見てみました。前回(調査の)の人口推計と、今回(調査の)の人口推計のデータを比べると、今
回調査が悪くなっているのが、函館市、青森市、弘前市、八戸市に共通して言えること。人口が減るとい
うことがさらに鮮明になってきたことが伺えます。函館市は 40%ぐらい、青森市でも 30%ぐらい減ると
いう推計です。
考えるとうかうかしていられません。これは、実を言うと定住人口の減少です。住む人がいなくなると
いうことは、言ってみれば怪我をして出血した状態をほったらかすのと同じ状況になります。さあ、どこ
かで手当をしなければなりません。じゃあ、定住人口が増えるのか、そう簡単には増えません。産業を興
さなければなりません、人を呼んでこなければなりません。じゃあ、一番いい方法は何なのか。
2020 年と 2040 年の人口推計では、青森県内では弘前市が(全人口に対する生産年齢人口が)何とか
50%を維持しており、これは大きい大学があるからだろうと推察できます。
問題は八戸と青森の生産年齢人口、税金を納める人口の比率が下がってくるということ。しかもそれが
全人口の半分ぐらいになると推計されます。これは財政が逼迫することを、言ってみれば予測した数字と
いうことになると思います。これが現実問題として起きます。
もっと悪い北海道、道南です、函館圏では、工業都市である北斗市では、弘前市と同じような推計にな
りますが、問題は函館市と七飯町です。函館市は風前の灯火の状態。生産年齢人口が 50%ギリギリという
状態です。七飯町に至っては 50%を切ります。こういう数字が現実に出てくると、本当に人口が減るとい
うことが見えてきます。
もう1つ大事なのは、函館は子どもが減るということです。青森はそれほどでもありません。函館の場
合は子どもも一緒に減り、地域の活力がどんどん落ちてしまうという非常に危機的な状況になります。
では、どうしたらいいのか、ここで皆さんにお話をしたいのは、定住人口の減少を補う方法があります。
そういう分析をされた方がいらっしゃいます。(観光地域づくりプラットホーム推進機構会長の)清水愼
一さんの論文を引用させていただくと、定住人口が1人減ったら、外国人旅行者だと7人、国内宿泊者だ
と 22 人いれば十分です、日帰りの旅行者だと 77 人。これは平均の購買額で計算しており、大体1人あた
りいくら使うかというのが出ます。その使っている金額を、定住人口1人減ったらどれぐらい1年間で減
ってしまうのかというのと比較により算出したものです。交流人口をいかに増やすかということがこれか
ら重要な鍵になってきます。人口急減への最善の方法、これは交流人口を増やすことであろうと。すなわ
ちビジターです。訪れる人を増やしましょうと、これが重要になってくると思います。
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今度、新幹線が函館まで延びた場合、じゃあどのくらい函館に人が来るのかという推計をしました。非
常に少なく見積もっていますが、新幹線が最大で 15 往復、まあ 10 往復ぐらいになる可能性があるので
15 を切るかもしれません。それを基にし、年間乗車率を低く見積もって 3 割とすると、最大で1日に 12,225
人。1年間では、130 万人。新函館北斗駅から函館駅に乗り継いで函館に入ってくる割合を 80%とすると
100 万人になります。
平成 24 年度の来函観光入込客数は 482 万人でした。この 100 万人足すと 582 万人。函館が最高を記録
したのは平成 11 年の 532 万人です。これを超えてしまう可能性がある。そうすると平成 28 年、29 年度
には観光入込客数が 600 万人に乗ってしまうかもしれない。そうすれば、この 600 万人をどうやって青森
まで引っ張ってくるか。これが実はこれからの課題になってくるのかと思います。
ですから、青森は函館と連携して、この人達を半分でも青森に連れて来れば全然違ってくると思います。
どうやって連れて来るのかという話になります。そこで先ほど話した内容が出てきます。文化です。
ストロー効果の話を先ほどしました。両地域の連携強化とネットワーク、このネットワークのスケール
メリットを追求することが win
win への道であろうと私は思っております。
どんな方策があるのかということを大雑把に挙げてみました。まず1つ目、これは昔からの課題になっ
ている、ねぶた・ねぷた祭りと函館の港まつりの時期がバッティングしているということ。2日間、同じ
日です。ねぶたは昔から続いている伝統のお祭りなので、これを移してくれとは私は言いません。やっぱ
り、ここは百歩譲るところではなくて、港まつりは、元々できた経緯が函館大火を慰めるためにできたお
祭りなので、時期的に本来は開港記念日である7月1日にやるべきです。以前は7月にやったこともある
ので、これを7月にずらすという方法があるのでは。
もう1つ、函館の七夕を旧暦にずらすということ。今は新暦でやっています。わざわざ学校が休みでも
ないのに、家々を回ってろうそくをもらって夜遊びをして、翌日眠たい顔をして学校に行っています。な
ので、そんなことをする必要はない。なぜか、1ヶ月ずらせば夏休みです。そうすると観光客の方にも実
体験してもらえるじゃないかと。「ろうそく1本ちょうだいな」と唱いながら回るということができるじ
ゃないかと。これは1つの観光の目玉になります。実は青森でもそれをやってみたら面白いと思います。
かつてやっていたろうそくをもらうことを復活させるのも1つの面白さなのかなと思います。
そして両地域で共通のお祭りを増やしてはということです。例えば春の「青函さくらまつり」、これ勝
手につけましたけれども、こんなお祭りはどうでしょう。弘前と松前の連携強化が鍵になってきます。あ
とねぶた・ねぷた、七夕ろうそくもらい。新旧ねぶたの競演と題してねぶた祭をやるという方法も1つあ
るのかなと思います。
まだあります。青森も多分冬場の観光客激減に悩まされていると思いますけれども、クリスマスファン
タジーというお祭りがあります。函館の姉妹都市(カナダの)ハリファックス市からクリスマスツリーを
もらってきて開催していますが、私実は当時、ハリファックスにいまして、調印をしました。今でも続い
ています。青森市は、函館市とツインシティですのでやろうと思えばハリファックスと姉妹都市になれる。
そうすると青森市もクリスマスツリーができるのではと私は思っています。せっかくだから両方でやった
らどうかと。津軽海峡を挟んでクリスマスツリーの競演というのも楽しいかなと。
ニューヨークのロックフェラーセンターのクリスマスツリーは、このハリファックスから持ってきてい
ます。同じ木を使っていますので、そう考えると世界的にも有名な木です。これが、一つ起爆剤になるの
ではないかなと思っています。JC の連携からスタートするのもいいのかなと思っています。
あともう1つは2月のお祭り。青函雪まつりというのもいいかもしれません。最近、函館も雪が多いの
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で、雪と街、雪と光、こういったものをどうやって観光資源にしていくのかということに取り組めば、面
白くなるのではないかと思っています。
あと、高速・鉄道・航空・フェリーの四位一体活用。我々は地元に住んでいると気づきませんが、函館
空港と青森空港は、どちらも 3,000m滑走路を持っています。3,000m滑走路は、国内でも大きな空港です。
それが2つあります。路線としては、青森と函館で補完できるような路線網になっています。
インバウンド、いわゆる外国人観光客は、青森は韓国から、函館は台湾から来ます。この両者を交流さ
せるだけでも相当な数になります。先ほど言いましたが、交流人口においては、外国人は7人です。そう
考えるとインバウンドの拡大がここで狙えるのではないかと思います。また、両空港において共同でLC
Cを誘致する。これも1つの方法でしょう。LCCについては、佐賀空港でインタビューしました。佐賀
-上海間は片道 4,500 円だそうです。往復でも 10,000 円を切ります。こんな安い値段で海外に行ける。
ということは逆に言うと海外に行けるだけじゃなくて海外から来てくれます。こういうやり方はないのか
ということを社長とお話をしてみたいと思います。
またフェリーもあります。レンタカーもあります。そして新幹線もできます。様々な交通手段で、この
海峡を行ったり来たりすることが可能になる。しかも時間がものすごくバリエーションに富んだ状態にな
ります。これをうまく使えないのかというところです。
これは先ほど言いましたフェリーのお話ですが、フェリーも非常に多いです。青森―函館間は1日に 16
便運航しています。大間行きも2便運航しています。例えば、高速で来て青森からフェリーに乗って函館
に行く。函館から今度は下北に渡る。下北を周遊してまた函館に戻る。また青森に戻る。こんな周遊型観
光コースを創ることが、実をいうとかなりのお金を落とすことで知られています。今、青森県、北海道開
発局で、サイクルツーリズムの検討研究会を立ち上げています。私も実はそのメンバーの一員です。こう
いった動きがどんどん広がることがこれから求められていくのではないかと思います。
最後になりました。ここで連絡船の時代をちょっと振り返ってみたいなと思います。連絡船の時代、連
絡船は函館人の生命線でした。これは先ほどお話をしたとおりです。カツギ屋のお母さん達のお話はお米
が主役でした。人とモノ、お金と情報が一緒に行ったり来たりをしていました。この時の函館から青森を
見る目というのは、実を言うと、「ありがとう」感謝です。青森なしに我々は生きていけないという意識
がありました。
ところがトンネルが繋がった後、今度は人だけが動くようになる。モノは別に動くようになる。そうす
ると2時間以上掛かるJRです。青函トンネルのトンネル 30 分は、外は見えません。遠く感じます。ト
ンネルの時間が長いことが、もう1つ、実は心理的な遠さにつながっている。外が見えない。だから「退
屈だね」という話になります。
「寝るしかないね」という話になってくる。そうすると、
「何か行くのが面
倒くさいね」と、「トンネルうるさいし」という話になってくると、結果的にいつの間にか交流自体がだ
んだん下火になってしまう。実はそういうこの 25 年だったのではないかと私は感じています。
連絡船の時代は、ものすごく交流が盛んでした。この中にもいらっしゃると思いますが、修学旅行で函
館に来られた方、修学旅行で青森に来られた方。私の小学校の修学旅行は、青森の浅虫温泉でした。これ
が当たり前に行われていた時代を取り戻すべきでしょう。
新幹線時代では、1時間以内になります。この後、トンネルによる心理的な遠さの解消につながるかど
うかは、ちょっと分かりません。実は青函トンネルは貨物列車が通ります。そのために 230 キロ、260 キ
ロ走行ができないと言われています。1便だけやると、今、情報が流れてきますけれども、ほとんどは 140
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キロ走行。今の白鳥と同じスピードです。そうするとトンネルはやっぱり長いのかなと。ですからトンネ
ル対策のことが1つ大事になってくるのかなという感じがします。ただ、時間的に言うと1時間以内です。
ですので、これからが青函新時代。私は青函と書きましたが、もう1つ言います、環津軽海峡圏の幕開け
です。環津軽海峡圏です。
これからの青函交流のあり方としましては、まず1つ、先ほども申しましたとおり、新聞・ラジオ・テ
レビの双方向化が必要であろうと。お互いを知ることの機会を増やすべきであろうと思います。実はもう
やっているところは沢山あり、関門海峡や九州と本州です。関門海峡の福岡県と山口県、特に北九州市と
下関市はお互いのテレビを見れます。備讃瀬戸、岡山と香川は、実は民放が2社と3社、別々にあります。
別々にあって、お互いの電波を出し合っています。そしてお互いに放送を見れるようにしている。こうい
う動きというのは、実はこの地域にはありません。
下北の北部では、生活圏が函館です。そういう町があります。大間です。大間に行くとびっくりされる
と思いますが、病院の看板が皆、函館です。しかも大間の方々は、何とラジオもテレビも新聞も、全部両
方見れる。ですから、もう実際にやっているところはある。であれば、全域でやったらどう?というのが
私からの言いたいところでもあります。特区にする必要があるのかもしれません。ただ、ここは意識を変
えて、一帯の地域として発展する方が得なのではないかと。定住人口が減るので、そこの部分を考えて動
くべきではないかなと私は考えております。
それとあと共通性の強い方言の継承。小学校で方言の時間があってもいいのでは?沖縄はやっています。
沖縄の小学校で「ウチナンチュ」、いわゆる沖縄琉球弁の時間があるそうです。こうやって方言を忘れな
いようにしている。我々もそういう動きをしてもいいのではないかなと思っています。
あともう1つです。食文化の共通性を世界に発信してはいかがかと。食文化はほとんど共通です。青函
の両地域には世界的に見ても非常に恵まれた食文化を持っています。これをどんどん発信していってはい
かがかというところです。
そして新たな観光コンテンツの発掘と情報発信、これを両市で共同してやっていけないかと。
これが私からの最後のお話になります。例として、ミミズと観光マップ作成です。何の話かというと、
実は私、函館市内でNPO法人と協力をして、花いっぱい運動というのをやっています。花を植えると、
当然その花をどうするか、花をそのまま置いておくと枯れて使い物にならない話になります。実は、ミミ
ズを使って土を肥やしています。じゃあ、もっと豊かな土にして、肥料を入れないようにして、リサイク
ルしながらエコな観光客誘致をやりませんか、ということをやっています。そのミミズですが、私はこの
3年くらい、毎年のようにこの時期になるとミミズを数百匹掘ります。そして数百匹掘って、それを横浜
国大の先生に送って分類してもらい、それを今度は北大の先生と協力をしてマッピングをします。いずれ
は携帯を使って、函館市のここに行くとこんなミミズがいるというのを作ろうと思っています。そうする
とミミズおたくの人が来るわけです。そういう人が1人でも多くの方が来られると、それが交流人口を増
やすことになる。こういう取組を青森と一緒にやっていきたいなと私は思っています。
一昨日、函館市内でやった観光フォーラムですが、北海道新聞に私の記事が出ております。これはミミ
ズのお話をしましたが、「それは面白いね。それはもしかしたら観光のコンテンツの新しいコンテンツの
発掘、発信なんじゃないの?」という話になりました。こういった動きをいろんなところで共同してやっ
ていければと思っています。
幸いうちの学校は、情報工学科があります。八戸高専さんにもあります。八戸工大さんにもあります。
弘前大学さんにもあります。青森大学さんにもあります。弘前学院大学さんにもあります。こういった大
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学が連携することも1つの方法なのかなと私は思っております。
最後です。青函はともに海峡を通じて成長・発展してまいりました。青函ツインシティは、昨日 25 周
年の記念式典が函館で行われました。このツインシティを、どうこれから発展させていくのか。それは両
地域が win
win となるべく交流人口の獲得に向けて協働、お互いに働く、これが大事なのかなと私は思
っています。
そして世界が注目する青函エリア、環津軽海峡圏、これを構築していければ私はいいかなと思っており
ます。もっとお互いを知りましょう。これは Rediscover the Seikan District! これを私、最後の言葉と
させていただきます。
本日はどうもありがとうございました。
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第2部
パネルディスカッション
(15:40~17:10)
北海道新幹線開業を見据えた
青森県と道南地域の新たな連携を探る
コーディネーター
奥平 理 氏
パネリスト
中野 由貴 氏
(函館山ロープウェイ(株)FMいるか チーフパーソナリティ)
佐藤
綾子 氏
(Cafe&Deli MARUSEN / 津軽海峡マグロ女子会)
竹内
紀人 氏
(一般財団法人
三津谷
青森地域社会研究所
調査研究部長)
あゆみ 氏
(青い森鉄道 株式会社 営業部営業企画課 主任)
(奥平先生)
それでは皆さん、改めまして、こんにちは。
テーマは「北海道新幹線開業を見据えた青森県と道南地域の新たな連携について」と題してパネルディ
スカッションを進めてまいります。
まず、私は先ほど基調講演の方でお話をさせていただきましたので、どんなことを知っているかという
のは皆さんにお分かりいただけたかと思いますが、今度はパネラーの皆様方にこれまでの活動内容につい
て、お話をいただきたいなと思います。
まず初めに青い森鉄道株式会社
営業部営業企画課
主任でいらっしゃいます三津谷あゆみ様にお願
いしたいと思います。
三津谷様、よろしくお願いいたします。
(三津谷氏)
皆様、こんにちは。御紹介いただきました青い森鉄道の三津谷でございます。
私は、実は函館生まれ、函館育ちの道産子でございます。御縁がありまして、この青森県に4年ほど前
にまいりました。そしてすぐ青い森鉄道に入社いたしました。こう見えても、まだまだ新米の鉄道員でご
ざいますので、今日はお手柔らかに私の話を聴いていただければと思っております。
私ども青い森鉄道について、このお時間をお借りしまして御紹介をさせていただきます。私ども青い森
鉄道のキャッチフレーズは、「わの鉄道」という言葉になります。この「わの鉄道」の「わ」は、青森の
お国言葉の「私」を示す「わ」、そして調和や営みを示す「わ」、和やかな方の「わ」ですね。そして地域
の皆様と共に歩むリングの「わ」、いろいろな「わ」が込められたキャッチフレーズでございます。皆の
マイレールとして親しまれる鉄道会社を目指して、私どもは毎日頑張っております。
今日は函館からお越しのお客様も多いということで、少々、私どもの説明を聞いていただきますが、青
い森鉄道は日本で一番長い第三セクターの鉄道会社でございます。元のJR東北本線、大変歴史のある路
線の一部で、東北新幹線の延伸と共に、私達青い森鉄道にJR東日本より経営移管されたレールでござい
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ます。
目時から青森間、目時というのは岩手県の県境にございます駅ですが、そこから青森までの 121.9km の
路線で、現在は 27 の駅がございます。
私ども青い森鉄道は平成 14 年に八戸まで東北新幹線が延伸したのに伴いまして、目時から八戸間を開
業いたしました。そして、その後、平成 22 年 12 月に新青森まで新幹線が延伸したのに伴いまして、目時
から青森までの全線を開業いたしました。今年はまもなく全線開業から4周年ということになります。現
在は上下合わせて 103 本、1日に運行しております。中にはIGRいわて銀河鉄道線、JR大湊線、JR
奥羽本線との直通運転も行っています。
青い森鉄道線を走る列車は、現在、青い森 701 系と青い森 703 系、この2種類が主な列車でございます。
これからのお時間は青い森鉄道のお得な切符など、そして私どもの取組についてお話をさせていただきま
す。
お得な切符は何種類か発売しているのですが、中でも人気をいただいているのが「青い森ホリデーフリ
ーきっぷ」という切符です。この切符は土曜・日曜・祝日、そして特定日に青い森鉄道線を1日乗り放題
という、大変お得で便利な切符です。こちら、発売以来、大変ご好評の切符ですが、27 の駅のうち 11 の
有人駅でしかこの切符を買っていただくことができなかったので、無人駅から御利用のお客様は「ちょっ
と不便ですね」というお声を多くいただいておりました。
そこで、この9月から、全国のコンビニでもご購入いただけるように仕組みを整えました。9月 19 日
からコンビニの情報端末を利用した形で、JTBのグループ会社のi.JTBさんの御協力によりコンビ
ニでの購入が可能になりました。これによりまして無人駅の方はもちろんですが、北海道をはじめとする
旅行でお越しのお客様もこのホリデーフリーきっぷを御利用いただくことができますので、ぜひ御活用い
ただきたいところでございます。発売以来、コンビニでの購入も、どんどん枚数が増えている状態で嬉し
く思っています。また、お得な切符「ラビナ
お買い物きっぷ」という切符もございます。
続いて御紹介をするのが「浅虫温泉あさ風呂きっぷ」です。青い森鉄道線内には多くの温泉があるので
すが、その中でも浅虫温泉は皆様にも馴染みの深い温泉ではないでしょうか。奥平先生は、先ほど修学旅
行で浅虫温泉に行きましたとお話をくださいましたけれども、その浅虫温泉にございます南部屋海扇閣さ
んの入浴と朝食バイキングのチケット、そして青い森鉄道の往復乗車券がセットになったのがこの切符で
ございます。特定の列車に乗って御利用いただくのですが、この切符も9月に発売しましてから大変ご好
評をいただいておりまして、当初の予定を上回る多くのお客様に御利用いただいております。
この切符は、特に北海道新幹線開業を睨んでという商品ではありませんが、ゆくゆくは多くのお客様に
御利用いただけるのではないかと思っております。想定するお客様の中には、鉄道を御利用のお客様だけ
でなく、フェリーでお着きになったお客様もこの切符をぜひ御利用いただきたいと、そういう願いを込め
て発売をいたしました。
青い森鉄道では様々な取組をしておりますけれども、イメージキャラクターにモーリーというキャラク
ターがあります。列車にはこのモーリー君をラッピングして毎日走っているのですが、様々なモーリーグ
ッズも発売をしています。浅虫温泉の駅には待合室を利用いたしましてモーリーズカフェという直営売店
も設けております。こちらでは久慈良餅という御当地スイーツを使ったコーヒーゼリー、抹茶ゼリーなど
も大変喜んでいただいております。
この8月には、木のモーリー便という県産の青森ヒバを使った木製のハガキも発売いたしました。この
ハガキは、北海道新幹線の奥津軽いまべつ駅が誕生する今別町で作成をいたしまして、限定 300 枚で発売
をした商品で、青森らしいということでご好評をいただいております。そんな取組もしております。
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沿線のお客様にはJR線の切符を買いたいというお客様もおられるので、三沢・野辺地には青い森たび
ショップ三沢、のへじという2つのお店も持っております。
そして親しまれる青い森鉄道を目指して、私どもでは様々なイベントも行っております。「青い森鉄道
まつり」は、毎年開催していますが、今年は 10 月に行い、約 2,000 人のお客様にお越しいただきまして、
普段は御覧いただけない車両基地見学、レールスクーター、高所の作業をする軌陸車などの体験をしてい
ただきました。また、幼稚園児の職場体験、学生さんのインターンシップ、体験乗車などの受入も積極的
にさせていただいています。その他、地域の方をお招きしての踏切事故防止訓練も開催しまして、安全確
保の啓蒙にも努めております。
青い森鉄道のことをまだまだ知らないというお客様も実は多くいらっしゃいますので、青い森鉄道のこ
と、そして青森のこと、沿線のことを沢山知っていただくために、私どもではモーリーとアテンダントが
ブログを更新しております。その他、最近はフェイスブックも青い森鉄道として、そしてモーリーとして、
2つ始めましたので、ぜひ皆様、御覧いただきたいと思います。
大変簡単ではございましたが、私が勤めております青い森鉄道のことを御紹介させていただきました。
御静聴、皆様、ありがとうございます。
(奥平先生)
どうもありがとうございました。
それでは続きまして Cafe & Deli MARUSEN、また津軽海峡マグロ女子会、佐藤綾子様にお願いをした
いと思います。
(佐藤氏)
皆様、ただ今御紹介にあずかりました Cafe& Deli MARUSEN からまいりました佐藤綾子です。
今日、私がここにお招きいただきましたのは、津軽海峡マグロ女子会という会の一員としてお声がけを
いただいたので、簡単にマグロ女子会とは何なのかということをまず御説明します。
津軽海峡マグロ女子会、そもそもマグロ女子というのは何なのかと、不思議な名前ですけれども、津軽
海峡というのは函館の戸井、それから大間、それから松前、この津軽海峡を囲んだ3つの町がマグロで大
変有名になりました。その津軽海峡を囲んだ各市町村の女子達が集まって作りました。
そもそもきっかけは、大間のあおぞら組
島康子さん、松前町の矢野旅館の若女将
杉本夏子さん、こ
の2人の津軽海峡を挟んで何かできないかという長い間の構想があり、それが実現したというのがこの会
です。
津軽海峡マグロ女子会は一体何をするかと言うと、各市町村の女子達が自分達の町の自慢をしていこう、
どんどん交流をして繋がっていって、お互いに誉めあいましょうというところから始まりました。自分達
の魅力についてなかなか気づけないことも、他の町から来るということでどんどん知らない魅力を掘り起
こして、お互いの魅力を認め合っていこう、探し合っていこうということで発足した会です。
現在、会員数、資料には 44 名とありますが、今どんどん増え続けておりまして、約 50 名の会員になり
ます。
現在の活動内容についてはフェイスブックなどを利用して、例えば作戦会議の様子、いろんな町のマグ
ロ女子のプロフィールを紹介、企画したツアー、お互いに交流をした内容をフェイスブックで発表してい
ます。
発足は今年の3月、江差の方で発足総会を行いました。その時よりずっと会員数は増えていますが、た
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びたび集まりながら江差、時には青森、時には函館という形で会議をしています。
会のポーズですが、これは函館のうちのカフェの中でうまれた公式ポーズです。何のポーズかと言いま
すと、実はマグロの尾びれの形をしています。これを一応公式のポーズということで考案しました。
女子が集まるということはおいしいものがつきものということで、ランチですとかお茶をしながら楽し
く会議をしています。
私どものカフェでは、作戦会議の内容をよくメディアさんに取り上げていただいています。
実は今日、この会場にもマグロ女子は数人いまして、マグロ女子の皆さん、ぜひ御起立をお願します。
ありがとうございます。
このような形でマグロ女子会の公式ページのフェイスブックにアップしています。
実は、マグロ女子、このもてマグというのは、おもてなしをしているマグ女ですね、マグロ女子を略し
ましてマグ女と言い、もてマグに会いに行ける、AKBもそうですけれども、実際に会いに行けるという
のが魅力の1つだと思いますので、実際にどこに行けばこのマグ女に会えるのかというのをフェイスブッ
クでも紹介をしています。
女子だけではなくて、現地をおもてなししている、できればイケメンというのが条件ですが、マグ女が
認めるおもてなし男子ということで、もてマグ男、こちらもフェイスブックにどんどんアップしておりま
す。
今年の9月には、「マグ女と行くおもてなしツアー」を企画し、第1回目は青森県津軽半島を巡るツア
ーを開催しました。今、1月の道南のツアーも企画しているところです。
マグ女は何をしているかというと、作戦会議で生まれたいろんなことを取りまとめて、マグ女同士の交
流で生まれたいろいろなことを個々に行っている、そういうところです。
お陰様で新聞ですとかテレビですとか、沢山のメディアの方にも注目していただき、発足以来、沢山の
メディアに紹介をしていただきました。
今後の目標は、一応考えているのはマグ女のカレンダー・ポスターとか、そういったものを作っていき
たい。あくまでアイディアの1つですけれども。その他、マグ女同士がコラボして考えた公認の商品、こ
ういったものも開発していけたらなと考えています。
いろんな意味での女子力という言葉が最近よく聞かれると思いますけれども、そういう意味の女子力を
最大限に生かし、道南と青森、津軽海峡を巡る女子力の魅力、街の魅力をどんどん発信していきたいと考
えています。
(奥平先生)
佐藤様、ありがとうございました。
函館ロープウェイ株式会社
FMいるかのチーフパーソナリティでいらっしゃいます中野由貴様、お願
いいたします。
(中野氏)
皆様、こんにちは。どうぞよろしくお願いいたします。
FMいるかは、函館を拠点にしていますが、今日は青函の取組ということでお話をさせていただこうと
思います。
まず「函館山ロープウェイ
FMいるかとは?」。
実は私どもFMいるかは函館山ロープウェイ、あの函館山を登るロープウェイの放送事業部門として
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1992 年に立ち上がりました。ですので、本業は、観光業、ロープウェイの会社です。できたのは 1992 年、
22 年前です。
現在コミュニティFMって、ちなみにどれぐらいあると思いますか?星の数ほどと言われていますけれ
ど、285 局あると言われています。その中の第1号局が、ここ、FMいるかです。函館市及び近郊に向け
て発信しており、大体視聴可能人口は、35 万 6,000 人です。
放送時間は 24 時間ですが、そのうちの自主制作が 53.7%、朝7時から夜9時までは自主制作をしてお
ります。私、今朝6時に出勤いたしまして、7時から 10 時までの番組をした後にこちらの方にお邪魔し
ています。
今年調査をしたFMいるかの視聴率があります。
まず、視聴可能エリアの方の中でラジオを聴く方はどれくらいいらっしゃるかという「ラジオの接触率」
が4割と言われています。ちなみに首都圏は1割と言われていますので、函館の地域は、車での移動が多
いということもありまして、ラジオを聴く習慣が非常に多いと言われています。その4割の中で「FMい
るかを聴く」という方は半分ぐらい、48.2%。これは名だたる大きな放送局、AMもFMも含めてありま
すけれども、お陰様でFMいるかが地域支持率№1となっています。
防災体制などもコミュニティFMですので地域にしっかり根付いたものをと、FMいるかでは特に移動
中継車、いるか号といいますが、いるか号で街中を1日2回以上は中継を出しています。このほか、携帯
電話の回線を利用した中継システム、これは非常にお高いですが、どこからでも中継ができるように取り
入れています。
それでは本題のFMいるかの青函の取組についてです。実は私、広島出身で、2年前に東京からこの函
館にやってまいりました。この中で多分一番青函の取組について知らない人が発表しなければいけないの
で、大変申し訳ないのですが、うちのスタッフ、職員に聴いてまいりましたのでお話をさせて頂きます。
まず、今年青函ツインシティは 25 周年を迎えましたが、その後、1992 年の冬にFMいるかが開局して
います。FMいるかが青函ということを強く意識したのは、その2年後の 1994 年、青森の大間町からF
Mいるかの方に、「成人式に来て話をしてほしい」とご招待をいただきました。それまで私ども、函館に
だけ電波が通じていると思っていましたが、実は大間の方も頻繁に聴いていただき、メッセージも寄せて
いただいていたと知り、これは青森の方にも函館のことを伝えなければいけないとここで強く意識をしま
した。
翌年からは天気予報で大間町の天気も追加したり、あとは青函のイベント、取組紹介なども行い始めま
した。これが青函交流「始まり」の時期です。
次は、青函圏のコミュニティFMとの連携を強めていった時期です。2002 年に青函コミュニティFM
ネットワーク協議会というものを立ち上げました。こちら青森の4局とFMいるか、合計5局でネットワ
ークを作って活動を始めました。
2002 年には「青函ボイスリレー」
、これは5局持ち回り制作で、週1回放送をするというものです。
その他、2002 年は本当にイベントが目白押しでした。
まず、
「津軽海峡ロマンロード」。青森から函館へ船で渡るというイベントに5局のパーソナリティーが
一緒に参加して、リポートを各放送局に発信しました。9月には函館市市制施行 70 周年記念イベントで、
津軽海峡クルーズ「ふじ丸」に乗っての1泊2日の旅。当時としては画期的な洋上放送で、生放送を5局
のパーソナリティーで行いました。
3つ目は、
「県域局との連携」です。2004 年くらいから始まります。青森の県域局であるエフエム青森
さんと共同制作で、
「青森・函館わくわくホットライン」を週1回、また 2008 年からは「青森・函館勝手
20
に観光大使」を、エフエム青森さんと同時放送で行っていました。
そして、ついに「新幹線時代に向けた取組」です。
去年、2013 年の春から「モット青函!ツイン・レディオ」というタイトルで、再びエフエム青森さん
との同時放送を、毎週金曜日に行っています。
また、今年の春からは毎週木曜日の午後「きて!みて!弘前」という番組も始まりました。こちらは弘
前の旅館ホテル組合の「さくらレディ」という弘前の旅館やホテルにお勤めの女性に電話で直接お話を伺
うというものです。
さらに「弘前・函館満喫交換日記」、こちらは弘前のコミュニティFM、FMアップルウェーブさんと
の共同企画で、毎週1回、持ち回りで放送中です。
最後に北海道新幹線開業に向けてですが、私ども函館山ロープウェイは、新幹線開業に向けて、先日、
11 月 7 日にゴンドラを新しくしたばかりです。ガラス面がより大きくなりまして、景色がより大きく楽し
んでいただけるようになっています。こちら、公立はこだて未来大学との共同研究によってできたデザイ
ンです。
さらに、新幹線開業に向けて、もっともっと多くの方が来てくださるのではないかという期待も込めて、
2015 年末にはゴンドラロープウェイの山麓駅をリニューアルし、待合所の横にFMいるかのオープンス
タジオを造ることになりました。ですので、観光客の方に待って頂いている間に、我々が放送していると
ころを見ていただこう、そしてスタジオの外にもマイクを付ける予定で、「どちらかいらっしゃったんで
すか?」といったような対話ができるような、そんなシステムを作りたいと思っています。
まだまだお話をしたいことはいっぱいあるのですが、最後に一言。新しいゴンドラになりました。函館
の夜景はもう見飽きたよと言われるかもしれませんが、ガラス面が非常に大きくなり、ちょっと高所恐怖
症の方ですと恐いかな、という程の眺望です。どんなものなのか、ぜひ新しいゴンドラと函館の夜景を見
にいらしてください。
御静聴、ありがとうございました。
(奥平先生)
中野様、どうもありがとうございました。
最後に一般財団法人
青森地域社会研究所
調査研究部長でいらっしゃいます竹内紀人様にお話をい
ただきたいと思います。竹内様、よろしくお願いいたします。
(竹内氏)
こんにちは。もてマグエコノミストにこの度立候補いたしました竹内と申します。よろしくお願いしま
す。
さっそくですが、2012 年 2 月に仙台市の公益財団法人東北地域活性化研究センターさんと共同で調査
研究をまとめました。これが私にとって北海道新幹線について取り組んだ最初の調査研究です。問題意識
は人口減少と高齢化に悩む過疎地域の活性化に、どうやって新幹線を役立てることができるかということ
でした。
産業の集積に乏しい地域ですから、埋もれた地域資源を活用して観光分野に活路を見いだすという方向
性でまとめたものです。
しかし、新駅ができる今別だけで活性化に取り組むというのは現実的に困難です。駅周辺地域ですぐに
観光面の効果が現れそうなところは、竜飛崎とかありますが、既存の観光地だけでは広がりに欠け、地域
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全体の活性化につながりません。各地でのインタビュー調査や、首都圏の中高年者アンケートを経て、西
北津軽地域や下北地域と連携することによって可能性が広がるという結論に至りました。
特にインターネットで 1,500 名の首都圏中高年にお聴きしたところ、いくつかの仮想観光コースを示し
たうち、複数の半島を巡るプランに人気が集まりました。要するに、観光の部分でも連携が大事だという
話です。
津軽海峡というのは形が丸いです。津軽海峡の方は新幹線ルート、そして2つのフェリー航路で三つの
半島が結ばれています。首都圏や仙台の方はここを回りたいなと思うはずです。
ということで、この調査が2年9ヶ月前。そしてこの研究をきっかけに青森地域社会研究所では 2013
年度から今年度にかけて、広域交流圏を意識した「新時代における津軽海峡交流圏」シリーズを、ロング
ランで機関紙に掲載中です。海峡を挟んだ交流の歴史に始まり、データの整理、温泉、地域、ブランドな
ど、様々なテーマで研究員が取り組んでまいりました。
津軽半島の研究の時から比べると対象は広域化していますが、問題意識の本質は変わっていません。地
域全体として、特に人口減少が深刻な町村部で今回の新幹線開業をどのように受け止めるのか、活かすの
か、そういう意味ではブレはありません。
そして地域間連携を提言したのは私達自身ですから、先ず隗より初めよということで、北海道二十一世
紀総合研究所様にお声掛けをし、北海道とこちらと双方で同時アンケートを実施しました。総括をすると、
広域的な考え方の重要性は意識されていますが、事業者レベルでの対応は、かなり寂しい残念な結果です。
要するに、いずれも「予定なし」が大半をしめております。
企業も所在する市町村、業種、そういったもので興味の持ち方とか新幹線開業を前提とした活動の仕方
には、当然に温度差があるのかもしれません。聞かれた言葉としては、「新幹線駅の近くに住んでいない
から関係ない」「私は観光と関係ない」「県南地域には関係ない」「田舎に新幹線駅ができてもどうしよう
もないだろう」そんな話です。
そういう中で、どうしたら青森県全体、道南地域全体の地域振興に結びつくのか、どうしたら青函エリ
アを津軽海峡交流圏と呼べる経済圏にしていくことができるのか。簡単ではないけれども、引き続き大き
なテーマだと思います。
最後になりますが、4つの都市の一部の企業同士で、いろんな民間レベルの連携が盛り上がっています
が、それだけでは、いわゆる百万都市といわれるようなパワーが発揮できないと思います。むしろ、私達
の目指すものは町村部を含めた 180 万人の圏域住民がしっかり自分の力で暮らしを支えていく姿だと思い
ます。要するに新幹線を活用して生活の質と経済の地力を高めることが大事だと思います。
当該地域の人口を 180 万人と申しましたが、これから先、約 25 年で 60 万人減るという国の推計があり
ます。これを何としても外れさせる。それが大切なことだと思います。
青森地域社会研究所の考え方と、これまで進めてきた仕事の成果を簡単にお知らせしました。
(奥平先生)
竹内様、ありがとうございました。
今、4名のパネラーの皆様方からお話をしてもらいましたが、青い森鉄道さんの三津谷さんから、第三
セクターとしての鉄道のこれからの取組ということで、函館でもこれから第三セクターの路線が開業する
ということもあるので、これからどう活かしていけばいいのかということがあり、またマグロ女子会の佐
藤さんのお話では、津軽海峡圏の交流の拡大についてこういう取組を行っているという具体例をお話いた
だきました。まずおもてなしという、もう1つの気になる言葉もお話に出てきました。おもてなしについ
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ては、先ほど実は私も話したのですがメディアの話をしましたが、メディアの相互乗り入れというのも実
際に行われてきているということが、これから我々の意識にどのような影響を与えていくのか注目すべき
だと感じています。
また、竹内様からは地域間連携の重要性について、数値を用いて御説明いただきました。私は実は触れ
ませんでしたが、竹内様からいただいたのは無関心問題、これが実は新幹線を取り巻く上で非常に大きな
問題になっています。函館でも実は無関心の問題がクローズアップされています。ちょっと盛り上がって
きているのかなという感じはしているのですが、まだ今一つ盛り上がりに欠けていて、これからどうやっ
ていくということは、一つの地域だけではなくて地域連携を通じて盛り上げをこれから行っていくことが、
おもてなしに繋がっていくと。そういうところのお話を御提示いただけたと思っております。
どうもありがとうございました。
それでは続きまして議題の方に入ります。今、お話をいただきましたことを踏まえ、新幹線開業に向け、
今後皆様方がどのようなことに取り組んでいきたいのか、その意気込みをお話いただければと思います。
地域間連携、例えば、バル街が青森でも開催されるという取組があります。これは、なかなかいい取組だ
と思います。こういったものも含め皆様からお話をいただければと思います。まず、中野様からお願いし
ます。
(中野氏)
今のバル街のお話ですが、私共は、弘前のFMアップルウェーブさんと一緒に共同で番組を作っており、
弘前の方が函館でイベントする際には、必ず函館・FMいるかに声を掛けてくださるので、または前日に
FMいるかに出演してイベント告知をしてからイベントに至るという交流が本当に定着をしたという感
じがします。
そういう意味では非常に弘前の方はPR上手で、今先生からもお話があったように、発信をするという
ことは非常に大事だなと感じています。
私どもは、発信をする側ですが、発信する側自身が体験していないと説得力のあるお話はできません。
ですので、エフエム青森さん、FMアップルウェーブさんの番組では、各地域のいろいろなことをリポ
ーターが体験しながら紹介しています。
例えば、実際にりんご園に行き観光りんご狩り、そのツアーの様子などです。また、私が非常に面白い
と感じたのは青森と函館の食文化の違いです。青森はお米の文化と言われているようにお米を使った料理
(お餅も含め)が沢山あります。おでんのお話では、しょうがみそおでんとか。本当に知っているようで
知らないことというのが沢山ある。でも、これは函館では体験できないことなので、実際に行くことがい
かに大事なのかと思いました。
函館は移住者が多い所です。正確に言うとUターンで、例えば本州、東京などで活躍をされていた方が
定年退職前後に戻る。そういう意味では非常に人材も豊富です。そういった方が函館に住んでいるから東
京からお友達が何回も来る、そのようなこともあり、例えば私の知り合いの方からは「もう 20 年に渡っ
て函館大好きで、40~50 回は来ています」と言われる。「何が好きですか」と言うと、「景色と、あとは
友達が函館に沢山いるから」と。できればシーズンに1回は函館に来て、友達と一緒に普通に食事をした
り、冬であれば雪を体験したりということを一緒にやりたいと。どちらかと言うと友達に会いに来る、人
と接する場面が多いということが来てもらうためには非常に大事であると感じています。
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(奥平先生)
ありがとうございました。
先ほど私も話したお米の話にありましたが、
「しょうがみそおでん」については、私は本州に行くまで、
みそおでんは「しょうがみそおでん」だと思っていました。昔函館では「しょうがみそおでん」は当たり
前に食べていたような気がします。いつの間にか田楽に変わっていったような気がします。
あと函館の人と人との距離の近さについては、青森の方もそうだと思いますが、いわゆるシャイなので
す。恥ずかしがり屋の人が多いので、最初、目と目を合わさないようにして話しますが、そうこうしてい
るうちに地元の話になって、どこの小学校、どこの中学校という話になって地元の近くだと、突然目を見
開いて、目を見て話し出す。話し出した瞬間に訛りが酷くなって相手が聞き取れないところもあるらしい
です。
そういった独特の文化を持っている地域でもあるので、お互いに心を開け合えるということが大事なの
かなと、感じました。ありがとうございました。続きまして、今度は佐藤様お願いします。
(佐藤氏)
昨年まで湯の川温泉の旅館を経営しており、若女将を務めていました。東北の方に沢山お越しいただい
ており、また、毎年修学旅行のお子さんが沢山来てくださいました。なので、私個人的には、身近に東北、
青森というのがあり、遠い存在では決してなかったような気がします。
昨年、駅から歩いて5分くらいの場所にカフェを移転させました。その立地条件もあり、以前からいら
していただいているのは地元の方ではありますが、徐々に東北や他の地域の旅行の方もいらしていただい
ており、青森や弘前、いろんな東北の方のお話も聞けるようになりました。
移転先のカフェの建物についてですが、昭和7年建築の旧日魯漁業さん、函館の発展を語る上では決し
て語らずにはいられない、とても影響のある日魯漁業さんが建てたビルの1階をリノベーションしてカフ
ェにしました。そういう函館の魅力というか、名所になってもいいのではというとても素晴らしいビルに
入居できたことをとても光栄に思っています。そういう文化を私達や地元の者がもっと理解し、認め、い
ろんな文化を共に発信し、私はカフェでもちろん食材、おいしいものをどんどん発信していきたいなと考
えています。
(奥平先生)
ありがとうございました。ニチロビルさんは、函館を代表するビルであり、ホールが建物にあります。
市民会館がなかった頃、ニチロビルさんでコンサートなどをしていたと聞いています。そういう文化的施
設でもあったニチロビルさんに、今、マルセンさんが入られている。私も行ったことがありますが、天井
の細工が非常に立派であるとか、見所が沢山ある建物が結構あります。
そのようなものをどのように発信し、相互に1つのものにしていくということが重要だと感じました。
どうもありがとうございました。続きまして、竹内様、お願いします。
(竹内氏)
私達は地域のシンクタンクという立場です。また、シンクタンク自体は独立していますが、地元の金融
機関といろんな意味で深い関係があります。
そういうことで言うと、やはりやることは1つ。情報提供をし続けることです。
先ほどのお話にあったように興味をなかなか持てない人、「わ、関係ねえじゃ」というようなことを言
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う人に対して、「いや、そうじゃないでしょう。あんたも関係あるべさ」、「あんたもできること、あるべ
さ」ということをしつこく言い続けていく、そのための資料をどうやって作るかということを考えていま
す。
何れにせよ、私が始めに紹介したように観光は大事です。田舎でもできる一番いい切り口です。しかし、
観光というから、観光に関係ないとか、遠いから関係ないという話が出て来きます。
先程も申し上げたとおり、大事なのはこの 180 万人位いる人が 60 万人位減るかもしれない。こんな世
の中でどうやって生きていくのか、と言った時、助け合いしかない。助け合いをするためには交流しなけ
ればならないに決まっています。
じゃあ、あなたの商売には、あなたの暮らしに誰が必要か、どんな技術があったらいいのか、そういう
ことを自分達で考えなければならない。いきなり考えろと言っても無理なので、何かお手伝いをすること
ができればということを思っています。
(奥平先生)
ありがとうございました。
今のお話の中で、180 万人の圏域の人口が減少するということを私もお話をしましたが、助け合いをし
ていくことが必要だということを竹内様は力説されました。
実は、青森もそうだということが分かったのですが、函館でも目先に捕らわれてしまう傾向がどうして
もあります。直近の利益を求める傾向が強い。直近の利益を求め続けていくと、結果的にストロー効果で
という危険性があるので、5年・10 年先を見越していろんな取組をしていくことが必要であると思います。
5年後にどうなっていればいいかという形にしていかないと。今はダメだけれども、5年後には良くなっ
ていればいい、そのような方向に持っていければと。そこに青森地域社会研究所様より沢山の情報を発信
していただけるということで、これからも頑張っていただければ、そういう感じがします。
どうもありがとうございました。
この後、ディスカッションは、今、いろいろなお話を御紹介した中で、実はおもてなしという言葉が出
ました。
おもてなしはどういうものか。どのようにお考えか聞きたいと思います。実はおもてなしという言葉は、
東京オリンピックの招致の時に有名になりました。おもてなしという言葉がキーワードで観光がもしかし
たら生まれ変われるのかという部分もあります。それを皆様に聞きたいと思います。竹内様からお願いし
ます。
(竹内氏)
私のイメージでは、広域で考えるべきであると。質問の趣旨と違うかもしれませんが、自分の地域が先
にあってから連携だとか言うと、なかなか難しいと思います。例えば、最近の例で言うと、今別町の今別
牛。おいしい肉を食べさせようという話がある。これはこれで素敵な話です。地元の名産品によるおもて
なしは、最高だと思います。ただ、一方では青森県において供給力の安定のため、名だたる県内のいろん
な牛肉を統一ブランドにしようという話があります。まだそれは道半ばでしょうけれども、考え方として
は今別牛もいいけれども、青森県内のおいしい牛肉を、はたまた道南のおいしい赤牛をどこかで一緒に奥
津軽いまべつ駅でも、あるいは七戸十和田駅でも食べさせるとか、そういうおもてなしがあってもいいな
と。おもてなしを広域で考えていけるといろんな広がりが出てくるのかなということす。ただ、おもてな
しの本質のところは、私、専門外なので勘弁していただきたいなと思います。
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(奥平先生)
ありがとうございます。それでは続きまして、今度は三津谷様お願いします。
(三津谷氏)
私は青い森鉄道で約3年アテンダントとして仕事をしました。アテンダントというのは、駅や車内でお
客様の御案内をする役目ですが、その御案内は、乗り降りの御案内、車いすの方や足の不自由なお客様の
お手伝い、観光のお客様には観光の御案内をする、いろいろな役目を担っているのがアテンダントですが、
その仕事をする中でおもてなしというのは何かなと。ある時、皆で、他のアテンダントを含めて考えた時
に、特別なことをするのがおもてなしだと思われがちですが、そうではないところにおもてなしがあるの
ではと。
あるお客様にとっては積極的に御案内をしないのが逆におもてなしになり、あるお客様にとっては必要
な情報をお届けするのがおもてなしということで、その方、その方によっておもてなしの内容などは変わ
るのではと思いました。
私達、青い森鉄道のアテンダントはいろんな仕事をしますので、訛りの話が先ほどあったように訛って
いるアテンダントもいますが、私自身はそれほど津軽弁ではない、函館弁なので逆に津軽弁を期待するお
客様にとっては何か物足りなさを感じるようですが、ある時、「あっ、あなたが標準語で良かったわ」と
喜ばれたことがあります。観光のお客様にとっては津軽弁の方が青森に来たという気持ちになるのかもし
れませんが、逆に津軽弁だと意味が分からなくて困ったということで、そのお客様にとっては「むしろ、
あなたの言う言葉は分かりやすくて良かったわ」と言われました。
なので、言葉もその時々、状況によって変え、分かりやすいように伝えるということに着目するのが大
事だとしみじみ思いました。
おもてなしは、それぞれにより変えるので、とても難しく、なかなかゴールが無いものではと私は思い
ます。
(奥平先生)
ありがとうございます。それでは中野様、お願いします。
(中野氏)
私も三津谷さんと同じ意見で、特別なことではなく、目の前のお客様によって違うのではないかなと思
います。
例えば、函館には台湾からのお客様が非常に多いです。海外からのお客様は、青森にも沢山いらっしゃ
ると思いますが、挨拶をその国の言葉で行うだけで違うと言われたことがあります。本当に簡単なことで
すが、例えば、ロープウェイの搭乗口に「ようこそ、函館へ」という横断幕があります。それを中国語で
は作っていました。ですが、台湾の方からすると、中国語とはやっぱり違う。ニュアンスが違うと。だか
ら、「これは私達に向けたおもてなしではない」、「私達に呼び掛けているのではない」という声をうけ、
急遽、中国語・広東語と台湾で使う言葉と両方を併記したというようなことがあります。
事々さように挨拶は、最初に人間と人間が接する時に一番大事なものだと、そして身近に感じるもので
あると感じています。
私は去年の秋に弘前の紅葉祭りにお邪魔したことがあり、その時に弘前の方から非常によく声を掛けて
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いただきました。
「どこから来たの?」
「いつまでいるの?」
「どこに行くの?」
「こんなものがあるよ、あ
んなものもあるよ」と。それがお一人、二人ではなく、行く先々で、例えばお土産を買うところでも声を
掛けていただく、でも、これって嫌じゃないです。
思うに、旅館の女将とかが観光客の方をバスでお見送りする時に手を振られますよね。自分が受けた時
に心地よかった。こういうことが、本当に小さなことですが、市民がもっともっと心掛けることでおもて
なしの心が伝わるのではと感じました。
(奥平先生)
ありがとうございました。それでは佐藤さん、よろしくお願いします。
(佐藤氏)
私も三津谷さんのおっしゃることと同じように、それぞれなのかなと思っています。例えば、函館にお
友達が来たらどこに連れて行きたいか、何を食べさせたいか、どんな景色を見せたいか、多分それはお友
達の個性であるとか趣味にもよりますし、この人だったら何が嬉しいかということを考えて提案するとい
うことかと考えます。
もちろん、私はそういうことを考えるのがとても好きなので、得意かどうかは分からないですが、きっ
とこの人だったらこれを喜ぶだろうとか、そういうことを考えるのがまた私の楽しみでもあるので、もし
かしたら街の皆がそういう思いでいたら、その街全体がおもてなしの心 100%の土地になるのではという
気がします。
(奥平先生)
ありがとうございました。
皆様方からおもてなしという言葉について伺いました。その気持ちを持つ皆様が話された内容が今後に
も繋がるのかと思います。そういった気持ちを持って接するということが、これからのこの地域の発展に
繋がっていくと私は考えています。
時間もだいぶ押し、残り時間が少なくなりました。そこで締めということで、最後に青森県の地域と道
南地域の、いわゆる環津軽海峡圏の新たな連携に向け、皆様方のアイディアについてお話をいただければ
と思います。竹内様からお願いしてよろしいでしょうか。
(竹内氏)
今のおもてなしの話にも通じる似た言葉で、思いやりといいますか、それぞれの地域で人がどんどん減
っていくと足りない部分が出てくる。自分のところでは何が強くて何が足りないのか、例えば、人だった
らどういう人材がいたらいいと思うのか、応援してくれる人はどういう人がほしいのか、という時に、そ
れをリクエストする、それにちゃんと答えてくれる、そういう場面で移動の手段として、新幹線が生きて
きますよね。そういうことをやっていくと、人口が減っていく中で地方創生に新幹線を役立てましょうと
か、必ずしも観光に関連した産業の中でなくても出てくるのではというのが1つ考えていることです。
もう1つは、さっき生半可に牛肉の話をしましたが、要するに、今まで普通に、「これはここだよね」
と考えていたのを一旦クリアし、
「何かもっといいもの、ないの?」
「もっと組んだらよくなるものがない
のか」ということを考えることも必要だと思います。
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例えば、「大間マグロ」は、絶対的なブランド、キラーコンテンツです。ですが、最近ニュースを見て
も、漁獲量などに陰りが見えています。世界的な水産業の趨勢からすると、どこかでやっぱり漁獲量をコ
ントロールし、「資源が管理された『津軽海峡のマグロ』は最高ですね」と言われるような、そういう方
向に行かないといけないと思います。というように、この「津軽海峡」をキーワードにして新しい何かの
繋がりが出てくるのではないかなということを考えています。
(奥平先生)
ありがとうございました。それでは三津谷様、お願いします。
(三津谷氏)
私は、連携のためにはまず、お互いのことを、もっともっとよく知った方がいいのではないかと思いま
す。私自身、4年前に青森に来て、その時に青森と函館は近いし、そんなに変わらないかと思っていまし
たが、住み始めるとびっくりすることばかりでした。函館では食べない菊やアザミを食べたり、いろいろ
なカルチャーショックが沢山ありました。津軽弁、南部弁、下北弁、3つの言葉があることも初めて分か
りました。いろいろな面白いイベントがあるのも初めて知りました。
それで青森のことがものすごく好きになったのですが、それだけ青森の皆さんが自分の県のことを知っ
ているかなと思うと、そうでもないのかなと思います。
振り返ってみると、函館の人も自分達の街のことをよく、ちゃんと知っているのかなと思うと、そうで
もないような気もしますし、ましてや函館の人は、青森のことをどれだけ知っているだろうと思うと、ま
だまだ知らないところがいっぱいあるのではないかと。
ということは、まだまだ宝がいっぱい埋まっているのではないかと思います。お互いの宝物をどんどん
探し、どんどん皆さんに自慢し合うような、そんな動きが見えたら、もっともっと連携も強くなるのでは
ないかなと思います。
(奥平先生)
ありがとうございました。それでは中野様、お願いいたします。
(中野氏)
新幹線開業により、ますます青森と函館というのは近くなる、時間的にも短い時間で交流ができるよう
になりますが、近くなったからと言っても、じゃあ行き来するかどうか、やっぱり情報がちゃんと伝わっ
ているかどうか、ということが非常に大事ではないかなと思います。
FMいるかは、コミュニティFMで小さいですが、函館の2人に1人の方に聞いていただいているとい
うことを糧にしながら、ぜひ青森のことも、こんなにいいことがあります、と発信したいです。実際に、
青森・弘前のイベントをお知らせすれば、必ず反応があります。ですので、「常に発信をし続けること」、
これがこれからも非常に大事なのではないかなと思います。
一朝一夕にできることではないですが、放送と同じで、毎日コンスタントに出し続けること。情報をお
互いに流し続けるということが、人を動かす力になるのではないかなと願います。
(奥平先生)
ありがとうございます。佐藤様、お願いします。
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(佐藤氏)
私は、最近の旅の傾向といいますか、以前は、例えば、名物を食べるとか景色を見るとか、そういった
ことよりも、最近の函館に関して言うと、函館がいいなと思ってくれているのは函館の暮らしなのではと
いう気がします。函館の人が、この街並みの中でおいしいものを食べて暮らしているように旅ができたら、
より函館を楽しんでもらえるのではと実は考えています。
ということは、函館の人が、いかに函館が好きで楽しんでいるかということを発信し、見てもらうとい
うことが、とても重要であり大切なことではないかと思います。
(奥平先生)
ありがとうございました。
今、最後に皆様方から様々な御提言をいただきました。
お時間もそろそろ無くなってまいりましたが、会場の皆様方から何か御質問などをお受けしたいなと思
いますが御質問ありませんか。
よろしいようですので、私の方で今日のディスカッションをまとめさせていただきます。
いろんな言葉が出てきておりました。1つキーワードとなるものは何かというと、助け合いという言葉、
もう1つは、情報のお互いの発信ということで言いますと、情報相互乗り入れということが必要なのかな
というお話がありました。そして、おもてなしで皆さんにお伺いしましたが、意外な言葉が出てきたのが、
これは実は我々忘れていた言葉なのかなと思います。相手のことを考えましょうということです。おもて
なしというのは、独りよがりでしてもダメだということ。自分の都合でおもてなしをしているつもりにな
っても、実はおもてなしになっていないことがある、そういうお話をいただきました。
ですから、相手の気持ちに立ってどう動けばいいのかということが実はおもてなしなのかなと思います。
御提言では、新幹線との絡みでは、青函はこれから1時間の交流圏になります。1時間の交流圏では、
先ほどのメディアミックスができないという話をしましたが、1時間を切らないとメディアはくっつかな
いという方向が1つあり、1時間ぐらいにしないと、備讃、岡山と香川は実はそのぐらいの時間です。離
れているように見えますが、そのぐらいの時間で繋がっていると。そう考えますと、これからもしかして
圏域を越えたそのような交流・連携というのがこの地域では、先ほど竹内様のお話にもあったように、人
口が激減する、60 万人も減ってたまるものかと、それを達成することにつながっていくのかと私は強く感
じました。
そして、佐藤様からは、旅館の若女将であったということもありますので、私達の知らない視点で、い
わゆる暮らし、暮らしと旅を融合するようなお話が出ました。暮らすということ、それは体験するという
ことだと思います。体験するということをどのような形で旅に繁栄させていくのかということを、これか
ら両地域でいろいろ模索し、それを付き合わせていくことが重要なのかなと思います。
三津谷様からはお互いを知るというお話、それから中野様から情報伝達のお話もいただきました。
最後、竹内様から牛肉のお話、我々の戸井マグロのお話もいただきました。マグロに関しましては、津
軽海峡はマグロの宝庫でもあります。実はもう1つ、ウニの宝庫でもあります。暖流系の高級魚が沢山獲
れるところでもあります。タイも獲れます。
そうしますと、言ってみれば本州で獲れる魚は全部獲れるので、寒地系の魚と暖地系の魚、こういった
ものをまたミックスする形で情報発信ができないか、大間マグロと戸井マグロ、どっちもブランドになっ
ていますが、しめ方の違いだけで、泳いでいる時は津軽海峡のマグロですので、先ほど竹内様もおっしゃ
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いましたけれども、資源管理されて、津軽海峡にいる。津軽海峡のマグロだからうまい。というのをこれ
から発信していければいいと。実は、具体的にやっているところがあります。津軽海峡のマグロ、入り口
のマグロです。松前の道の駅では松前のマグロを出しています。
ですので、そういった取組で、あそこの道の駅は道南ではもうピカイチの人気を誇る、行列ができる道
の駅になっているところがあります。
これを機に、皆様方、今日の話は大変短い時間でしたけれども、いろんなお話が出てきたと思いますの
で、これを持ち帰って参考にしていただければなと思います。
これをもちましてパネルディスカッションを閉めさせていただきます。どうもありがとうございました。
(終了)
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