論文 - 水道技術研究センター

オランダにおける水道事業の気候変動への適応・緩和戦略
G.A. (Gerard) van den Berg*, J. (Jos) Frijns & J.J.G. (Gertjan) Zwolsman
KWR Water Cycle Research Institute
P.O. Box 1072, 3430 BB Nieuwegein, The Netherlands
[email protected]
*Corresponding author
Keywords: water resources management, climate change, water supply, carbon footprint,
adaptation, flexible strategies
キーワード:水資源管理,気候変動,水供給,カーボンフットプリント,適応,柔軟な戦略
要旨
本論文はオランダにおける水道分野での気候変動への適応戦略と緩和戦略に関するフィー
ジビリティスタディの結果を述べたものである。予測される気候変動によりもたらされる変
化に対処するには,水源管理におけるリスクと不確実性への現行の対応策は,一般に不十分
である。気候変動は渇水や洪水,豪雨や水質低下といった異なる水ストレスをもたらす。水
道水源の利用・管理に対し新規の気候変動への適応戦略が開発されねばならない。例として
以下があげられる。1)膜技術等の新しい処理方法を利用し,海水,雨水, 汽水を含む地下水や
下水といった代替水源から水道水を得る戦略,2)雨水等または前処理水を一時的に蓄える戦
略,3)様々な水源と処理方法を利用し,柔軟に対応する戦略。
気候変動への適切な適応戦略を選択する際,水道事業が気候変動に与える影響も考慮され
ねばならない。水道事業のカーボンフットプリントは限られてはいるものの,水道界は気候
変動への影響を抑制する努力をしている。全く新規のエネルギー効率の良い処理技術や適切
な水圧での配水システムといった緩和策を我々は提案する。下水処理との関連を考慮し,消
費者による節水を重視した,包括的な都市水循環に関する緩和策が必要である。
気候変動に対する柔軟な適応/緩和戦略の開発には,それ以外の要因との相互影響に関する
統合的研究が有効である。しかしながら気候変動の程度と進行速度が甚だ不確実であるため,
効率的立案,予測,投資が非常に難しい状況にある。また,施設等の減価償却期間が長いた
め,柔軟な気候変動適応戦略への転換にはおそらく何十年も必要であろう。
はじめに
EU 投資の TECHNEAUプロジェクトでは,10種類の世界規模の変動が水関連業界に影響を
与えるであろうと認識されている。上水供給に関連するものとしては,気候変動,都市化,
エネルギー使用とコストがあげられる(Segrave et al., 2007)。水システムと関連エコシステムへ,
気候変動がどの程度影響を与えるのかということへの関心が高まっている。気候変動は気温
変動,降水量の変化(大洪水の頻発),夏季蒸発量の増加,降雪由来の河川流出の減少(渇
水の拡大)を通じ,水システムに影響を与える。これらの変化は一般に河川流域・集水域の
管理に大きな影響を与える(EEA, 2001)。水システムがどの程度気候変動に対応できるかは,
土壌の性質,氾濫エリアの存在,ならびに流出管理に強く依存している。
一般に,気候変動の影響評価では,人口が密集した低地の洪水のリスク,船舶の航行への
影響,農業とエネルギー産出に着目する(EEA, 2007)。更に,ライン川について推定されたよ
うに,低流量の発生頻度が増加する(Shabalova et al., 2003)。渇水の拡大とその水質への影響
1
(Van Vliet & Zwolsman, 2008など)はこれまでのところそれほど認識されていないが,農業なら
びに水道事業に巨額の経済的影響を与える可能性がある。
飲用水が生命にとって必要不可欠であることを考えれば,信頼できる水道事業は社会にと
ってきわめて重要である。このため,淡水資源の減少と水質低下に関し,欧州のほぼ全ての
国において関心が高まってきている。水道事業体や政府は,主として現行の浄水施設の更新
等目前の問題にとらわれがちである。しかしながら,水道事業の脆弱性を考えれば,将来我々
の水道水の水源へ起こりうる脅威についても慎重に評価する必要がある。
Kabat ら (2005)は気候変動を脅威としてのみ捉えるのではなく,大規模変革の機会である
と考えるべきであると述べている。本論文は,オランダにおける水道事業のための気候変動
への革新的適応戦略に関するフィージビリティスタディの結果をまとめたものである。
水道事業への水ストレス
原水量,原水水質や水需要の変動幅の増大傾向に対応すべく,水道事業体はこれまで多く
の努力を行なってきた。気候変動はこの状況をさらに複雑にする。これらの変動幅がさらに
大きくなり,地下水位が低下したり,貯水量が減少したり,水質が変化したりするのである。
地下水と表流水の状況は気候変動により大きく変化すると考えられている。オランダ東部
では地下水面が乾期中に何十センチも低下する地域も出現する可能性がある(Cirkel et al.,
2006)。陸域生態系への影響を考えれば,この地下水面低下は水道事業の基盤としての地下水
使用に対し重大な結果をもたらしうる。こういった影響は,渇水時に農業用水・飲用水の需
要が高まることを考慮すればさらに重大なものになると予測される。
より頻繁で広範囲にわたる渇水は,表流水システムの汚染という点で水道事業体にとって
大きな問題になると予想される。最終的にはこれがより頻繁で長期にわたる取水制限に繋が
ることも考えられる。河川流量が少ない場合,一般に汚染負荷が希釈されにくく(Van Vliet &
Zwolsman, 2008),汚染物質の濃度が高くなる。これは図1に明示されている。Methyl tert-butyl
ether (MTBE),これは最も広く使用されているガソリン添加剤(訳注:アンチノッキング剤)
であるが,Meuse川では低流量時に高濃度という季節変動が見て取れる。原水および水道水に
ついて公式の水質基準がないため,水道事業体は通常1 µg/Lを指標値として使用している。
深刻な渇水の河川水質に対する影響を予測する際,代替物質への転換も考慮されるべきであ
る。例としてMTBE から ETBE (ethyl tert-butyl ether)への転換があげられる(Deeb et al., 2003)。
2
4,0
2800
MTBE concentration
3,0
2100
2,0
1400
1,0
700
0,0
01-01-2001
river flow (m3/s)
MTBE (µg/l)
Meuse river flow
0
01-01-2002
01-01-2003
01-01-2004
31-12-2004
31-12-2005
Date
図1 Meuse川Eijsden地点におけるMTBE濃度と河川流量の関係(2001-2005年)
(出典: www.aqualarm.nl および www.waterbase.nl)
同様に,定常的に水環境に排出される物質(例えば産業廃水処理水や下水処理水)に対し
ても,汚染物質の希釈作用の低下が予測される。したがって,残留医薬品や内分泌攪乱物質
のように,近年その存在が問題視されるようになった化学物質についても表流水中濃度が上
昇するということが考えられる。これらの物質は水道水中では好ましくない存在であるので,
表流水への排出をもっと厳しく管理するような水質基準を設定すべきである。溶存酸素濃度
や毒性のあるシアノバクテリアを含む藻類濃度などの他の関連パラメターも,渇水の拡大と
気温の上昇に大きく左右される。シアノバクテリアは既にオランダの水道事業における脅威
になりうると考えられている(Hoogenboezem et al., 2004)。洪水により,一時的に河川中の濁質
濃度とそれに付随する汚染物質濃度が増加し (Doomen et al., 2007),それが取水問題を引き起
こす。オランダの水道事業体であるEvidesは,洪水中の高い濁質レベルのため既に2006年中の
47日間 Meuse川の表流水の取水を停止する状況に追い込まれている。加えて,降水量の多い
時期は,度々下水システムの容量を超える雨水が,原水水質に悪影響を及ぼしている。
オランダの海岸地域の地下水は,海側 (北海と古代海水の浸入)と陸側(農業,蒸発,人
工的な地下水涵養と地域的汚染)の理由により塩類化に対して脆弱な状況にある(Stuyfzand,
1996)。このため,オランダ西部のアムステルダム, ロッテルダム,ハーグ市といった 低地に
おける水道事業は主に表流水に依存している。処理技術はいくつかあるが,その中でもdune
infiltration(訳注:砂丘地帯を利用した人工的地下浸透処理)は必要不可欠である。dune
infiltrationはMeuse-Rhine川からの取水,自然または人工貯水池への一時的貯水,人工的な地下
浸透後の揚水(AStR, Aquifer Storage transport and Recovery,図2参照)やbank filtrationを含む。
また,オランダの水道事業体は通常高度処理技術(紫外線消毒,過酸化水素,オゾン,ナノ
ろ過, 逆浸透)(の組み合わせ)によって(汚染された)表流水から高品質の水道水を作っ
ている。
3
図2. Dune infiltrationで用いられる浸透用の池
最近,50年にわたるオランダのRhine-Meuse川の河口域の塩類化の進行についての解析結果
がまとめられた(Doomen & Van den Berg, 2005)。この研究では,気候変動の影響について信頼
に足る予測をしたければ,他の主要な要因が河口域内の塩化へ及ぼす系統だった知見が不可
欠であることを示している。この知見とは例えば自然の河口の状態への回帰や,(農業の機
能を考慮した)地域水システムへの淡水の確保手段,また航行可能水深のための浚渫があげ
られる。将来の河口域中の塩分勾配は主として気候変動に依存して決まる。Rhine-Meuse川の
河口域の塩類化の増加は,海面の上昇,海からのより頻繁なそして強力な風,そして河川流
量の低下の組み合わせが引き起こす。これがこの地域の水道水(と農業用水)の供給に,特
に淡水に対する需要が大きい長期間の干ばつの間は,悪影響を与えるであろう。塩類化の増
加は北海沿岸でのbank filtrationも脅かすであろう。
気候変動適応戦略の可能性
気候変動や他の要因は水道事業のための革新的コンセプトの発展の必要性を強調する。水
道界ではいまでは一般に知られていることであるが,次の数十年間にわたり高品質の水道水
の提供を確実にするためには,適応戦略を作り上げ,それを実行せねばならない。我々は二
つの異なったアプローチについて,片方を需要関連,もう片方を供給関連と区別する。本論
文では水道事業体が取るべき4種類の適応戦略について述べる。表1に要約を示し,その後に
詳述する。
表1. 水道事業における有望な気候変動適応戦略
タイプ
需要関連
適応戦略
消費者意識の啓蒙
ピーク需要の拡散
例
教育とコミュニケーション
累進的な水道料金体系
渇水期は目的により使用制限や禁止
家庭における雨水の利用
供給関係
代替水源コンセプト
海水の利用
汽水を含む地下水の利用
下水処理水の利用
水源の組み合わせ
複数水源コンセプト
4
fresh keeperコンセプトの適用
Aquifer Storage and Recoveryの適用
雨水の一時利用
下水処理水の再利用
柔軟な水源コンセプト
需要関連の対応策は,水道水に対する消費者意識の変化を目的とする。これらの対応策では
セクター別アプローチ,さらに言えば河川流域スケールまたは地域スケールでのアプローチ
が重要となる。例としては,例えば節水(特に需要のピークを落とす)の重要性を説く消費
者教育や消費者とのコミュニケーション,累進的な水道料金体系の導入,そしてある一定の
目的(例えば洗車や芝生への散水)のために渇水期の水道水の利用を制限または禁止する規
則の設定があげられる。家庭レベルにおいてろ過雨水等の別水源を継続的に(そして安全に)
利用することを促すのも消費者意識向上につながるものと考えられる。これに関連した議論
や研究は主として微生物学的リスクに焦点を置くことが多い。Van den Berg et al. (2008)の研究
によれば,トイレ用水として(屋根からの)雨水が利用されれば,各家庭において10%(425
mm/年程度の,非常に降水量が少ない年の場合)から25%(1242 mm/年程度の,降水量が多
い年の場合)の水道水を節約することができる。
供給関連の対応策では,水道事業に必要な水源の質的・量的管理のための対応策の開発と実
施を行なう。
代替水源コンセプト
膜処理技術等の新しい処理方法を利用し,海水,雨水, 汽水を含む地下水や下水といったも
のが,現在広く利用されている水源(淡水の地下水と表流水)の代替となりえるか,世界中
で研究が行われている。その中には一定地域で既に適用されているコンセプトもある。例え
ば地中海諸国のような人口集中型の(半)乾燥地域では,海水淡水化は広く適用されている。
他地域への応用を阻むのは,コストの問題と,現在利用されている処理技術と比較してエネ
ルギー消費が大きい点である。オランダのWaternet社は,Rhine川 (Lek 運河)に替え,代替水
源を利用した水道事業について調査した(Bernhardi & Van den Berg, 2006)。代替水源としては,
大きな淡水貯水池(Ijssel湖 とMarken湖)からの取水,アムステルダム市街地を取り囲んでいる
人工運河からの取水(低地干拓地の排水),汽水浸出水の利用,そして大規模下水処理施設
の処理水の利用があげられる(図3参照)。
5
図3. アムステルダム周辺の代替水源の位置関係
表2に示すように,代替水源はそれぞれ,浄水処理プロセスの変更が必要となるかもしれ
ない水質特性を持っている。加えて,将来にわたるこれらの代替水源の持続性は,気候変動
と局所的,地域的,さらには流域全体の水管理の目標の実現の程度によって大きく異なる。
いくつかの代替水源は,単一の水源としては十分ではない。代替水源利用に必要なエネルギ
ーは,必要なインフラや十分な水質の水道水の供給に必要な浄水方法により大きく異なる。
別のプロジェクトでは,代替水源として可能性のある8種類の水源(浅井戸または深井戸の地
下水(硬水),bank filtrationによる処理水,表流水,汽水の地下水,下水処理水,および雨水)
について処理コストの評価が行われている(Meuleman et al., 2006)。このプロジェクトでは,汽
水の地下水と雨水の利用がコスト的に妥当な代替手段であると結論している。
表2.
水源
Rhine川*
IJssel湖
Marken湖
Rijnland運河
Amstel運河
Vecht川
浸出水
WWTP
Waternetへの代替水道水源の比較 (Bernhardi & Van den Berg, 2006).
塩分濃
度
0
0
0
-0
微量汚染
物質
0
+
+
-+
--
季節変動
供給能力
高い
高い
高い
高い
高い
高い
低い
低い
+
+
+
+
0
+
6
水質に関す
る事項
温度
藻類
濁質
塩分
塩分
下水処理水
塩分
微量汚染物
質
エネルギー
要求量
0
0
---
*現在の水源 (Lek 運河); AC = 運河; WWTP 下水処理場; -- 非常に好ましくない; - 好ましくない; 0 どち
らでもない; + 好ましい.
複数水源コンセプト
複数の水源(例えば地下水と表流水)を用いて配水を行なえば,特定の水源への依存は回
避できる。したがって表2に示すような水源を組み合わせて利用することは興味深い持続可能
な選択肢ということができる。地下淡水レンズの下部に存在する汽水の浸入を防ぐために
‘fresh keeper’ という概念が数年前に開発された (Kooiman et al., 2004)。 この方法は,淡水ある
いは汽水だけを揚水するという方法に比べて優れている。すなわち,深井戸を用いて汽水の
流れを変化させ,淡水との混合を防止する(図4 参照)。
揚水された汽水についても,例えば逆浸透処理を用いれば水道水として利用でき,井戸全
体の容量も大きくなる。現在このコンセプトの検証実験が行なわれている段階である。法的,
水地球化学的観点から,膜処理後の廃液を注入するための適切な帯水層の選択について十分
な注意が必要である(Stuyzand et al., 2007)。オランダにおける2種類のパイロット実験(Vitens
and Brabant Water water supply companiesによる)では,膜処理後の廃液(塩分濃度2000 mg/L
以上)はさらに深い汽水帯水層に注入されている。
従来の方法
fresh keeper コンセプト
図 4 通常の揚水(左,下方に汽水帯水層があり揚水にともない上方に流入する)と‘fresh
keeper’ コンセプト(右)の比較
柔軟な水源コンセプト
単一の水源や処理方法ではなく複数のものを柔軟に管理・運用することは,高品質の水道
水 を 継 続 的 に 供 給 す る た め の 有 望 な コ ン セ プ ト の 一 つ で あ る 。 Flex Water コ ン セ プ ト
(Meuleman et al., 2006)は大規模処理システムをもとに安定した水供給のためにデザインされ,
需要のピークに対処できるよういくつかの水源を組み合わせたものである。このコンセプト
7
は需要のピークと緊急時に対応可能なよう,季節変動の大きい水道水源と一時貯水の組み合
わせを最適化するものである。Flex Waterコンセプトの特長の一つに,規模的に限られた水源
を結びつけることがあげられる。これにより複数の水源間での変更が容易になる。
Flex Waterコンセプトは郊外と新規に開発された都市部において費用対効果が高いと見込
まれている。その地域にある水源の使用は,このコンセプトの重要な要素である。De Graaf と
Van de Ven (2005)は,都市部での水道事業のためその地域の雨水を利用する可能性を示した
(closed cityコンセプト)。現在,そういった自律的システムを実験するため戦略的研究が開始
されている。乾期中はより柔軟なシステムを作り出すための補助的水源として,下水処理水
とその地域の表流水が利用されるかもしれない。このことが,都市部での水資源の変化と一
時的な水ストレスへの耐性を高めるかもしれない。
Flex Waterコンセプトの一例を挙げると,水道水源の一環としての残余雨水や前処理を行っ
た表流水の利用がある。さらに,これにAquifer Storage and Recovery (ASR)による帯水層への
一時的貯水が組み合わされる。貯留した水は渇水期に揚水可能である。いくつかの地域(米
国,イスラエル,英国,カナダとオーストラリア)ではこのコンセプトが既に広域で適用さ
れている。オランダでは水道事業体WMLがパイロット研究を終え,良い結果を得ている。他
のパイロット研究も進行中である。そのうちの一つがワッデン海にあるテルスヘリング島で
(水道事業体はVitens)にASRを適用するというものである。この地域にある島々は観光客の増
加に伴い指数関数的に需要が伸びる夏期の上水供給について大きな問題を抱えている。注入
する(前処理)水の品質の変化を最小限に食い止めることが,このコンセプトを実行し成功
させるためにはである(Prommer & Stuyfzand, 2005)。この地域では,前処理水を汽水帯水層に
注入しているが,これが塩類化を誘発させる可能性がある。
緩和策の可能性
適切な適応戦略を選択する際,水道事業が気候変動に与える影響を考慮し,取りうる緩和
策を吟味する必要がある。
Climate footprint
オランダの水道事業の年間エネルギー消費,温室効果ガスの直接排出ならびに間接排出(薬
品と組織運営に関連するもの)を評価することで,水道事業のclimate footprint(訳注:ある活
動により直接的・間接的に排出される温暖化ガスの総量,気候フットプリント。厳密には定
義にもよるがカーボンフットプリントと概ね同義と考えてよい。)が計算されている。climate
footprintは地球温暖化ポテンシャル(GWP)すなわち二酸化炭素当量で表される。その結果を表
3に示す。
表3
水供給
オランダの水道事業のGWP (2006)
年間量
1,210,000,000 m3
GWP換算係数
GWP(トン)
568,700,000 kWh
0.59 kg CO2 / kWh
335,530
エネルギー消費
•
電気
直接排出
•
CO2
10,000,000 kg
1
10,000
•
CH4
1,770,000 kg
21 kg CO2 / kg CH4
37,170
8
•
N2O (オゾン処理)
2,409 kg
310 kg CO2 / kg N2O
745
8,945 tonnes
2,287 tonnes
6,448 tonnes
928 tonnes
3,709 tonnes
0.96
1.15
0.11
0.35
2.8
8,585
2,630
710
325
10,385
間接排出
•
•
•
薬品:
o 水酸化ナトリウム
o 塩化鉄
o 硫酸鉄
o 塩酸
o 活性炭
原料・資材:
o 無視できる
組織運営:
o 暖房
o
輸送
0
2,600,000 m3 gas
14,400,000 kWh
5,600,000 l
1.8 kg CO2 / m3
0.59 kg CO2 / kWh
2.45 kg CO2 / l
4,680
8,495
13,720
0
1,500,000 l diesel
2.6 kg CO2 / l
0
3,900
汚泥
•
•
排出
輸送
436,875
合計
出典: Frijns et al (2008)
図5はオランダの水道事業体のGWPの割合を示している。エネルギー使用が全GWPのうち
最も大きな割合を占める。エネルギーは使用は,ポンプによる加圧ならびに紫外線ランプや
浮上分離,オゾン処理といった処理ユニットごとのエネルギー消費量によって決まる。平均
すると,浄水・配水に関わるエネルギー消費量は0.47 kWh/m3 である(Vewin, 2006)。
配水はエネルギー消費量の25%を占める。しかしこの値は水道事業体により大きく異なる。
エネルギー消費量は浄水処理の規模,水源,適用されている処理段階や地勢,配水距離に依
存している。
温室効果ガスの直接排出はGWPの11%を占める。この数値は主に地下水からのメタンの排
出による(オランダの水道事業に利用される淡水の地下水におけるメタン濃度は0-52 mg/l
CH4である。換算すると年間約2500トンのメタン排出となる。Drijver et al., 2006)。間接排出
は薬品の使用と事業体(オフィスと輸送)に由来する。これらの薬品(水酸化ナトリウムや
硫酸鉄等)を生産するために要するエネルギーも,水道事業のGWPとして計上される。薬品
使用量もまた水道事業体により大きく異なる。
9
organisation
6%
chemicals
5%
direct
emissions
11%
energy use
78%
図5 水道事業のGWPの内訳
オランダの水道事業のカーボンフットプリントの総量は年間二酸化炭素当量で44万トンで
ある。換算すれば1 m3の水道水あたり0.36 kgとなる。また,下水のGWPは上水の約2.5倍であ
る(Frijnsら, 2008)。212 百万トン (MNP, 2007)というオランダの全年間GWPと比較すれば,
水道事業からの排出量は決して多くはない(0.2%)。しかし,オランダの水道事業体はカー
ボンフットプリントの削減と緩和策の実施を熱心に行っている。
緩和策
エネルギー消費量は主として適用されている処理法に依存している。今後原水中に残留す
るホルモン(様物質)や医薬品等の物質に対処していくためにより高度な処理法が必要とな
るだろうから,エネルギー消費量のますますの増加が見込まれる。実は,より高度な,多量
のエネルギーを消費する処理プロセスだけではなく,現行水源の塩類化の拡大に対処するた
め海水や汽水の地下水といった代替水源を利用しても,多量のエネルギーを消費するのであ
る。つまり,水道事業のエネルギー効率を上げることは大変難しい。表4に有望な緩和策をま
とめる。
表4
水道事業における有望な緩和策.
有望な緩和技術
高効率浄水技術
例
低圧水銀ランプ(紫外線)
配水の最適化
高度膜処理システム(低圧紫外線,TFC膜,AiRO
プロセス)
地域・需要に応じた配水
減圧と圧調整
メタンの脱ガスと再利用
メタンの回収
新しい水循環コンセプトと家庭での対策
分離型の衛生システム
水の持つエネルギーの再利用
集中的な軟水化
10
高効率浄水技術
エネルギー効率の良い技術が開発されつつある。例えばUV/H2O2 タイプの促進酸化処理に
使用される低圧水銀ランプは有望である。このランプを利用した場合,UV/H2O2 処理で有機
微量汚染物質の90%を酸化させるために必要なエネルギー消費量は,中圧ランプ利用時と比
較し30-50%も少なくなる(IJpelaar et al, 2007)。
膜ろ過のエネルギー消費量も比較的高い。しかし,1990年代の低圧薄膜濃縮 (TFC)膜の導
入により,ネルギー消費量も少なくなってきている。最近開発されたセラミック膜は高い透
水能力を誇り,エネルギー消費量も少ない。まったく新しいAiRO プロセスは,膜ファウリン
グを制御するために膜エレメントを垂直に配置し,空気と水で洗浄を行う。そのため前処理
を最小限に抑えることができ,エネルギー消費量も減少する。一般に生物ファウリングとス
ケールを抑制できれば,膜ろ過のエネルギー消費量を減らすことができる。他に開発された
ものとしては,海水淡水化の改善があげられる。
配水システムの最適化
地域・需要を考慮した配水システムの開発も選択肢の一つである。配水地域に応じ,水源と配水の
両方についてポンプステーションの利用が最適化され,必要量だけ浄水するという方法が考えられる
(Riemersmら, 2000)。各世帯におけるリアルタイムにより近い需要を算出する新しい確率的需
要モデルも出てきつつある(Blokker, 2006)。実際の需要に応じ調整を行うことで,さらに安定
した浄水フローが完成し,エネルギー消費を節約できるかもしれない。
配水システム内で水圧を下げることでポンプのエネルギー消費を減少させることが可能で
あろう。しかしシステムに浸水を許したり,エンドユーザーの使い勝手を悪化させたりして
はならない。配水システムの容量は,パイプに沿ってブースターを取り付けることで増す可
能性がある。ブースターは蛇口での圧力の調整に有用であると考えられ,また若干の省エネ
ルギーに貢献する可能性がある。
メタン回収
省エネルギーに加えて,地下水揚水の際のメタンの直接排出も減らすことができるだろう。
メタンを高濃度で含有する地下水をくみ上げる大きな井戸からメタンを回収することも実現
可能であろう。膜によるガス回収は有望な技術である (Drijver et al, 2007)。
新しい水循環コンセプトと各家庭での対策
上述の方策により,水道事業に関連するカーボンフットプリントは削減可能である。しか
し,最大の削減は,おそらく新しい水循環コンセプトと家庭での節水によって達成されるも
のと考えられる。分離型の衛生システムにより,かなりの省エネルギーが達成できる。この
尿と下水を別々に収集するシステムは,使用水量が圧倒的に少なく,エネルギー効率的に優
れている(Roorda et al, 2008)。それ以外の,好ましい水循環コンセプトとしては,雨水の分離,
水に「組み込まれた」エネルギー(または熱)の(再)利用,さらには軟水化の集中化があげ
られる。
近年,オランダの多くの浄水事業体は,浄水プロセスの中に軟水化処理を取り入れている。
事業体のエネルギー消費量は増大するが(0.02 kWh/m3),家庭でのエネルギー消費量が削減で
きるので全体的にはかなりの省エネルギーとなる。ボイラーなどの家庭用機器でのスケール
沈着も減るので,軟水を用いることで水の加温に必要なエネルギーが減少する。
そして,家庭でこそ大幅なclimate footprintの削減が期待できる。平均的な家庭(107 m3)あた
りの水道水の浄水・配水のclimate footprintは年38.5 kg である(二酸化炭素換算)。一方で,
水の加温にともなうclimate footprintは18倍も大きく693 kgである (Frijns et al, 2008)。各家庭で
の節(温)水が最も効果的な緩和策であろう。したがって,どのような緩和戦略を取るにせ
よ,家庭での削減が含まれる必要があることは明らかである。実際,家庭においてこそ,緩
11
和策が適応戦略に関連する要求に応えることできる。例えば,トイレ用水に雨水を利用する
と,一日あたり80 Lの水を節約できるだけでなく各家庭あたり年間10 kgのclimate footprintが
削減できる。節水シャワーは,家庭あたり年間,水利用について15 kg,エネルギー利用につ
いて80 kgの削減になる。
考察とまとめ
気候変動が水供給に及ぼす影響に関する知見は増えてきている。オランダの水道事業体で
は,気候変動が近い将来水資源管理に影響すると一般的に認識されている。水環境の変化に
よる水供給への影響を緩和するための質・量の両面を考慮した方策が必要とされている。本
論文では,今後起こると考えられる変化に適応するための革新的なコンセプトについていく
つか紹介した。すなわち,代替水源,複数水源,柔軟な水源の各コンセプトである。
水システムの持ついくつかの機能・側面(飲料水,農業用水,冷却水,生態系)を統合的
に取り扱うアプローチが必要とされている。水資源の持続可能性を改善することができる優
れた水管理ツールは,水不足の際の水の分配である。オランダでは,水不足時の優先リスト
が最近開発された。水の公衆衛生上の重要性を考えれば,水道事業はその他の産業部門より
も優先されると期待される。
化学物質による水資源の汚染は産業プロセスや下水処理の改善や,汚濁負荷の低い農業に
より徐々に改善され,高度な浄水処理が必要な汚染物質による水道水源の汚染は減少するで
あろう。水の管理にあたっては,水システムの機能を考慮した受水側の最大許容濃度に基づ
いた許可制度が必要である。このような戦略は,できることならばWater Framework Directive
(訳注:EU水政策枠組み指令)の原則にしたがって流域単位で開発され実行されるべきであ
る。
適応戦略の実行にあたってはエネルギー消費とコストを十分に考慮する必要がある。オラ
ンダにおける水道事業に関するカーボンフットプリントは全体からすれば限られたものであ
るが,現在進行中の研究では,水道事業体によるエネルギー消費を削減する,あるいは有望
な新しいコンセプト(例えば気候中立水循環)を実行するためのさまざな選択肢があること
が明らかにされている。
我々は,水道事業体は,気候変動適応戦略の選択において,緩和策(例えばエネルギー利
用について)を取り込む必要があると考える。例えば,代替水源戦略は,より多くのエネル
ギーを必要とするかもしれない。その一方で,需要の制御戦略は,家庭において水とエネル
ギーの節約につながるかもしれない。
気候変動に対する革新的適応/緩和戦略の開発には,それ以外の要因との相互影響に関する
統合的研究が明らかに有効である。しかしながら気候変動に関する不確実性のため,効率的
立案,予測,投資が非常に難しい状況にある。また施設等の減価償却期間が長いため,フレ
キシブルな気候変動への適応戦略への転換にはおそらく何十年も必要であろう。このことは,
このような長期間にわたる戦略の重要性を示している。こういった戦略は,現在の資産に関
する知識に基づいた変革の機会を捉えるためのものでなくてはならない。
謝辞
この研究はオランダ水セクター共同研究プログラム(BTO)の成果の一部である。また, EU
FP6 統合プロジェクト TECHNEAU (technology enabled universal access to safe water)からも資金
援助を受けた。緩和策に関する成果はオランダ住宅地域計画環境省とFoundation for Applied
Water Research (Stowa)により助成を受けた研究成果の一部である。
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