社労士便り 10 月 (Vol.007) 『 ● 裁判に頼らずに労使トラブルを金銭解決した事例 』 裁判に頼らずに金銭解決する 前号では、労使トラブルに対する解決手段として、裁判外紛争処理制度(ADR)の 一つである、紛争調整委員会による「あっせん」のしくみを解説しました。今号では、 実際にあっせんを利用して、金銭により和解に至った労使トラブル事例を 3 つ紹介し ます。 ● セクハラ・トラブル 警備会社に在籍する A 子は、B 社に派遣され、管理室に勤務していた。ある日、B 社の懇親会で B 社の男性社員 C 男が酔った状態で裸のまま A 子に抱きついてきた。 ショックを受けた A 子は、B 社の人事部長にクレームを行ったところ、C 男の懲戒 処分を翌月中に下すことを条件に、本件を口外しない旨の念書を A 子と交わした。 念書を通じてセクハラの件は一応終了したが、今度は、本件を理由に、A 子が在籍 する警備会社と B 社との間で衝突が生じ、年度末をもって、B 社との契約が終了する ことになった。それと同時に、警備会社は A 子に解雇通告を言い渡した。理由は、大 きな取引先を失う原因の当事者であることであった。 そこで、A 子は、都道府県労働局に助言・指導を求めた。 A 子の言い分は次のとおり。 『セクハラの件は、念書を交わした時点で終了と考えている。しかし、セクハラの 被害者である私が解雇される理由はない』。 警備会社の言い分は次のとおり。 『解雇の理由は、A 子が原因で大きな取引先を失ったからだ』 。 ポイントは、セクハラを受けた社員のために、大きな取引先を失ったことが解雇の 理由として合理性が認められるか?であるが、常識で考えれば、本件は、解雇理由と しては認めがたく、仮に裁判になれば、会社の解雇権濫用を指摘され、会社が負ける 可能性が強いだろう。 都道府県労働局は、両者と話し合いを持ち、その際、A 子は警備会社への復職を望 んでいないことが分かった。そこで、行った助言は、警備会社が A 子に対して、解雇 予告手当(20 万円)と慰謝料(22 万円)と急性神経性胃炎の治療費(3 万円)の金 額合計 45 万円を支払うことであった。 この助言を両者が合意し、和解した。 ● 社内いじめ・トラブル A 男は、職場でいじめを受け、精神的ストレスから、現在休職中である。A 男は、 加害者といじめを放置していた会社に謝罪を求めたが、会社は、事実確認が取れなか ったことから謝罪は行わなかった。このままでは、両者の言い分は平行線を続け、ト ラブルの長期化が見込まれたため、会社側からあっせんの申請を行なうことにした。 会社の言い分は次のとおり。 『いじめの加害者とされる社員を聴取したが、事実確認が取れなかった。事実確認 が取れない以上、謝罪や補償を行なうことができない』 。 A 男の言い分は、次のとおり。 『職場の同僚から、体型についての侮辱発言や家庭内の話を流布されることが度々 あった。この件を上司や本社に相談したが、なんら具体的な対策を打ってもらえなか った。このことで、精神的ストレスを受け、休職に追い込まれた。加害者である社員 に謝罪を求めたい。また、いじめを放置してきた社長にも慰謝料を請求する。さらに、 休職後は、退職せざるを得ないが、退職理由は、「自己都合」ではなく、 「会社都合」 としてもらいたい』。 和解案は、次のとおり。 事実確認が取れていない現状では、両者の言い分は平行線となり、いっこうに解決 が見出せない。そこで、和解金による金銭解決を A 男と会社に提案した。これに対し、 A 男も会社もトラブルの長期化を嫌い、応じる意向を示した。 和解金の提案内容は、1 か月分の賃金 25 万円であった。これに両者は合意し、合意 文書が交わされ和解した。 ● 解雇・トラブル A 子は、B 社に在籍したうえで、C デパートへ販売員として派遣されていた。勤務 態度は良く、成績は常にトップクラス。 ある日、A 子が職場でいじめを行っていることを理由に、C デパートから、A 子の 派遣打ち切りの旨を B 社は受けた。 B 社は、A 子が有能社員であることを知っていたので、本件については驚いたが、 派遣先の C デパートの意向なので、従うほかはなかった。 本来なら、 A 子を他のデパートへ派遣するところだが、 他店で欠員がまったくなく、 B 社における内勤業務等の欠員もなく、 やむなく、 A 子に 1 ヵ月後の解雇通告をした。 A 子は、解雇無効を主張し、あっせんを申請した。 A 子の言い分は次のとおり。 『いじめの事実はなく、解雇撤回を要求する。他店へ派遣してもらいたい。もし、 無理であれば、退職金とは別に、賃金 6 ヶ月分の補償金を要求する』 。 会社の言い分は次のとおり。 『欠員見込みがないので、解雇撤回は不可能。よって金銭解決を希望する。しかし、 A 子の要求する 6 ヶ月分は高過ぎる。4 ヶ月分であれば、応じる』 。 ポイントは、両者の言い分は平行線ながら、金銭解決については一致している点。 そこで、あっせん委員は、両者に和解に向けて譲歩を求めた。 A 子の譲歩は、 『4 ヶ月分に減らすのなら、算定要素は、基本給だけではなく、他の 手当も加えて欲しい』 。 会社の譲歩は、『5 ヶ月分の賃金相当 125 万円を支払う』。 結論として、会社の譲歩案について、A 子が合意し、両者があっせん案を受諾した。 今回は、あっせんによる金銭解決の事例を 3 つ紹介しました。事例の和解金額が、相 場とは言えませんが、あっせん解決の参考にはなると思います。 ● プロフィール 社会保険労務士 佐藤 敦 平成 2 年:明治大学商学部 卒業 同年:ライオン株式会社 入社 平成 16 年:神奈川県社会保険労務士会登録 ● 著書 『60 代社員の手取りを下げずに人件費を下げる方法教えます!』 (九天社) 1,600 円 2006 年 8 月 10 日発売 『改正高年齢者雇用安定法対応実務マニュアル』 (アーバンプロデュース) 52,500 円 ● / ホームページ :『中小企業の労務改革提案』 http://www5f.biglobe.ne.jp/~asato/ / 2006 年 2 月発売
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