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『神奈川県秦野市における継承スペイン語教室の取り組み』
講師:河北
祐子
氏
(上 智 大 学 短 期 大 学 部 サ ー ビ ス ラ ー ニ ン グ セ ン タ ー 多 文 化 コ ー デ ィ ネ ー タ ー )
○河北祐子氏
こんにちは、河北と申します。
私は、神奈川県秦野市にある上智大学の短期大学部、女子だけの2年制の学校のサ
ービスラーニングセンターというところで多文化コーディネーターをしております。
多文化コーディネーター及び非常勤講師です。上智大学の短期大学部では、学生たち
が、いろいろなボランティア活動をしています。その中に日本語 に関する活動もあり、
普通は学習支援と言われますが、本学では日本語教科支援と言っています。
今日は、先ほど櫻井先生が説明してくださった母語継承語教室の試みについて、お
話したいと思います。
私たちが始めました継承語教室は、秦野市内に多い日系ペルー人の子どもたちを対
象としているスペイン語の教室です。この中でスペイン語がわかる方がいらっしゃっ
た ら 、 多 分 こ の 「 Amigos Espaneses ( ア ミ ー ゴ ス エ ス パ ネ セ ス ) 」 と い う 言 葉 を 見
て、「あれ?」と思っていらっしゃると思いますが、これは学生と子どもたちが共同
で考えた教室の名前です。
「 Amigos ( ア ミ ー ゴ ス ) 」 は 、 素 人 の 私 で も 大 体 わ か り ま す が 、 「 友 達 」 と い っ
た よ う な 意 味 で す 。 「 Espaneses ( エ ス パ ネ セ ス ) 」 は 、 「 ス ペ イ ン 語 」 と い う 意 味
の 「 Español ( エ ス パ ニ ョ ー ル ) 」 と 、 「 日 本 語 」 と い う 意 味 の 「 Japonés ( ハ ポ ネ
ス)」という2つのスペイン語を合体させて作った言葉だそうです。
上智大学短期大学部での日本語教科支援活動には2種類あり、1つは地域の小中学
校に大学生が出向いて、教室内に入り込んだり、国際教室に子どもを取り出して支援
をする昼間の活動です。もう1つが、地域日本語教室で、午後6時から8時までの活
動です。
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この地域日本語教室の活動に来ている子どもたちのお母様たちから、子どもにスペ
イン語を教えたい、あるいはポルトガル語を教えたいという声がよく聞こえました。
何とかそういうものをしたいなとは思っていましたが、なかなか取り組めませんでし
た。
今年度、教員が獲得した研究費とロータリークラブからの寄附金などを元手として、
お母様たちに講師料を払う体制が作れ、母語教室をすることになりました。
この教室の目的は、子どもたちの母語と母文化を強めるということです。
会 話 力 の テ ス ト OBC と 読 み の 能 力 を 見 る DRA と い う テ ス ト を し て 、 幼 児 か ら 高
校 生 ま で の 13 名 の 子 ど も た ち の 日 本 語 力 と ス ペ イ ン 語 力 を は か っ た 上 で 、 教 室 を 始
めました。
第1回目に来たのは8名だけでした。理由は、幼児は6時からの教室ですので眠く
なってしまうから連れていけない、高校生は部活などと時間が重なっているからとい
うことのようでした。中学生にも同じような理由で不参加になった子どもがいます。
大学生は、スペイン語クラスの学生を中心に、第1回目は5名参加しました。指導者
は先ほどお話しした保護者です。以前から「子どもたちにスペイン語支援が必要だ」
と言っていた方と、ペルーで大学を卒業し、幼児教育のコースを1回だけとったこと
があるという方の2人に教師役をお願いしました。
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しかしながら、このお2人は子どもに教えたことがありません。それで、日本語教
育を専門にしている教員と私、もう一人、上智大学の日系ペルー人大学院生をアシス
タントとして、教室を始めることになりました。毎週木曜日の6時から7時半まで、
参加は無料です。
継 承 語 教 室 の 子 ど も た ち は 、 ほ と ん ど が 日 本 生 ま れ で す 。 秦 野 市 に は 、 約 300 名 弱
の 外 国 籍 児 童 生 徒 が お り 、 そ の う ち の 200 名 弱 が 日 本 語 指 導 を 必 要 と し て い る そ う で
す。その日本語指導を必要としている子どもたちのうち、4対1の割合で4が日本生
まれというような状況になっているそうです。
ほとんどの子どもが就学前後からずっと日本で育っていますので、みんな日本語が
上手に話せます。でも学校の授業がきちんとわかっているかどうかにはかなり不安が
あります。家庭ではスペイン語をしゃべっていると言いますが、それほどスペイン語
力を持っていないということがわかりました。
ス ペ イ ン 語 の ア セ ス メ ン ト 、 さ き ほ ど 申 し 上 げ た OBC、 DRA を 担 当 し て く れ た 日
系ペルー人大学院生に聞いたところ、スペイン語で日常会話ができる子どもは半分だ
ったそうです。4分の1は日常会話能力以下のスペイン語、4分の1は全くスペイン
語が話せなかったそうです。
読 み の 力 に つ い て は 、 年 齢 相 応 に 読 む 力 を 持 っ て い た 子 ど も は 13 人 の う ち 1 名 だ
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け 。 何 と か 読 め る 子 が 13 人 の う ち の 4 名 、 全 く 読 め な か っ た 子 は 8 名 だ っ た そ う で
す。これはほとんどの地域でこういう結果なんじゃないかなと思います。
日本語教室で見ていても、子どもたちはスペイン語を話したがりません。お母さん
たちからは「うちの子ね、外に行くと“スペ イン語話さないで”って言うの」とか、
あるいは「お弁当にペルー料理は入れないでくれ」 と言われたというような話を聞い
ています。実際、日系ペルー人や日系ブラジル人の子どもたちや学生たちに聞いても、
「お弁当にお母さんの料理は入れてほしくなかった」と言っていました。
ですから、私たちの継承語教室では、まず子どもたちにスペイン語を好きになって
ほしいということを目標にしました。そして、その次に自分自身に対する自信を持っ
てほしい、それはスペイン語の環境にある自分、そして日本で育っている日系ペルー
人としての自信、アイデンティティを育てたいと思いました。日本人でもない、ペル
ー人でもない、一体私は誰なんだろうというようなふわふわしたところにいる子ども
たちに、自信を持ってほしいと思ったわけです。
3つ目は、スペイン語の読み書きの能力。それを持つための基礎づくりをしたい。
先ほど櫻井先生もおっしゃいましたが、これがあれば今の時代インターネットを通し
て、いろいろな情報が得られます。彼らはもっともっと広い世界にアクセスする力を
持っているはずなのにもったいないと思いました。そこで、このようなことを目標と
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して定めました。
そして、私たちのところは大学ですので、学生たちも参加できるような教室にしま
した。
大学生たちはスペイン語クラスをとっていたりしますから、スペイン語が話せるよ
うになりたいという強い意欲を持っています。この意欲を活用しようと思いました。
大学生たちが目をきらきらさせて、「ねえ、スペイン語でこれ何て言うの?」という
ようなことを言えば、子どもたちの意欲も上がるのではないか。大学生たちが周りで
「教えて、教えて」と言うわけですから、「スペイン語って格好いいのかもしれな
い」ということで、スペイン語に対する誇りが出てくるのではない だろうか。それが
子どもたちのアイデンティティの強化につながるだろう。そんなスパイラルを作りた
いと思いました。
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次に、カリキュラムをつくる上で心がけたことは、まず成果物を作ること。今日の
ような座学的なスタイルの教室ではなく、子どもたちが何か発信できるような参加型
の教室にしよう。それから、大学生も参加しますし、子どもたちも小学生から中学生
までいますので、背景もさまざまです。スペイン語力もさまざまです。ですから、マ
ルチレベル対応で、子どもと学生両方が何か学べ、楽しめるような授業でなければな
りません。そこに読みと書きを入れたい。これがあることによって学びが定着して先
へ進むと思いました。全体を楽しいということがある実体験と結びつけた授業である
ことで、どのようなことをしたかというのがこちらです。
上の段を見てください。「人間マップ」だとか、「私の4つの顔」とか、教室名を
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決めるというのが第1回目です。これは全部アクティビティです。第2回目には「色
と名前を覚えよう」と言うことで、ここに発表も入れました。写真紹介カードを作成
するというようなこともしているんです。毎回こういったアクティビティを取り入れ
ています。
第1回目は子どもは8名、大学生は5名だけでした。それに対して、保護者が教師
役の2人以外に5人も来てくれました。ずっと参加してくれていました。
第 2 回 目 、 子 ど も が 10 人 、 大 学 生 は 16 人 に 増 え ま し た 。 保 護 者 も 教 師 役 の 2 人 以
外に7名参加してくれました。ここで保護者のスペイン語に対する熱い思いをすごく
感じ始めました。
3 回 目 、 子 ど も が ち ょ っ と 減 っ て 9 人 に な り 、 大 学 生 も 減 っ て 10 人 に な り ま し た 。
でもこのころから子どもたちが自信をもって大学生のスペイン語をチェックし、教え
るようになったんです。保護者は4名の参加になり ました。「どうしたの?」と聞い
たら、子どもたちが「もう大丈夫だから来なくていいよ」と言ったんだそうです。そ
の次の第4回には、保護者が教師役の2名だけになってしまいました。それ以外の保
護者は全員来なくなっちゃたんです。
でも、先週の教室のときに聞きましたら、何と保護者の方は外にとめた車の中で待
機していらっしゃるそうです。私はそれを知らなかったんです。ですから、そこを何
と か し な け れ ば い け な い な と 思 っ て い ま す 。 第 4 回 目 は 子 ど も 8 、 大 学 生 11 で す 。
このときになると、子どもが書けないということが私にもわかるようにな りました。
5回目です。子どもは5人、大学生が8人ですが、このころから両者の間に非常に
いい関係ができてきました。子どもの中でスペイン語がよくできる子、小学校4年生
の女の子なんですが、周りから「師匠」と呼ばれるようになりました。「師匠、師
匠」という言葉が教室の中で飛び交いました。「師匠」なんてすごくマニアックな日
本語ですよね。誰も意味を説明しないんですけど、その「師匠」という言葉が、第5
回目にはもう教室の共通語になっていました。
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第6回では、「師匠」が大活躍しています。教師役のお母様たちは、最初は私が作
った教案を隣から通訳として補佐するという程度だったんですが、もう6回目、7回
目になりますとどんどん自分たちの役割ができて、積極的にいろいろなことを言った
り、指示したり、動いたりしてくださるようになりました。
第7回目のときは、私は今日の講座の準備をするために教室にいませんでしたが、
お母様先生お二人だけで教室を始めて、私が戻ったときにはとてもいい雰囲気で、最
後までお二人でやってくださいました。
ここで、話を聞いただけではおわかりにならないと思うので、実際の教室の様子を
ちょっと見ていただこうと思います。
これは「幸せなら手をたたこう」の手をたたくところの動作をあらわす言葉を、み
んなで歌詞を作っているところです。
(スライド音声)
これが第3回目です。初回のときにちょっとした自己紹介のいい方を学んでいます。
そして、第2回目のときに色の名前を覚えるアクティビティをしました。ここで歌と
一緒に動詞を覚えました。この後、「生活マップ」というもう一つのアクティビティ
をして、そこで色と動詞とプラス場所、それから順番のいい方というのを覚える。そ
ちらの映像も見ていただきます。
(スライド音声)
今見ていただいたように非常ににぎやかにやっています。途中で人が入ってきまし
たけれども、あれは大学の職員で、ここで私たちがスペイン語教室をやっているとい
うのを聞きつけて、自分もやりたいと言って、時間のあるときには参加しに来ます。
学内では何となく認知されてきたのかなという感じです。成果物ですが、「生活マッ
プ」をやり出したころから、子どもたちと大学生の語彙が増えてきましたので、この
ような単語カードを作ってまとめています。子どもたちにどんなような変化があった
かということを見ていただきたいと思います。
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まず、上の丸印が子どもですが、子どもたち最初は発表をすごく恥ずかしがってい
ました。お母さんに引きずり出されるようにして発表していたんですが、だんだん
「やる、やる」と言って手を挙げて、発表に積極的になってきました。そして、今、
申し上げたこのカードですが、これは2回作りました。1回目のときには、非常に文
字が乱暴でした。スペルも間違えていました。でも、2回目のときにはスペルを確認
しながらとっても丁寧に書いていました。「丁寧に書きなさい」と誰も言ってないん
です。丁寧に書いたということは、何か心の変化があったのかなと思いました。自分
からスペルを周りに確認している。大学生が書いたものも、のぞいて確認してやると
か、互いの学び合いが起きていました。
その下、ひし形のところは、学生に起きた変化です。やはり学生も最初は遠慮して
静かでした。でも、だんだん回が進むにつれて、子どもたちと積極的にお互いのシー
トや成果物を確認し合うようになりました。そしてスペイン語教室外でも歌を歌って
みたりとか、スペイン語を使ったりして、「教室のときにはこうだったよね」なんて
話をしますので、ほかの学生たちが「私もスペイン語のクラスをとっているから出て
いいですか?」と聞きに来るようになっています。
一番下のハートマークは、教師役をしてくださっているお母様たちです。最初は非
常に威圧的な教え方でした。怖かったんです。でも、自分から進んでアクティビティ
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の中に飛び込んで、子どもたちを楽しく盛り上げるというようなことをしてくださる
ようになりましたし、また、途中でちょっとスペイン語が難しくなり過ぎたときに、
「あれは難し過ぎるからまだ早いわよ」というようなことをおっしゃって、子どもた
ちができるような文の形を自分たちで考えてくださいました。自分たちで教室を進め、
子どもたちのレベルに合わせた内容を考えるようになってくださったことが、変化か
と思いました。
教師役をしてくださったお母様たちに、「大学生の参加についてどう思う?」と聞
きました。お母様たちは「異年齢交流ができた。大学生に子どもたちが教えるチャン
スがあって、それがよかった」と。「なぜ?」と聞くと、「教えることができるとい
うのは子どもたちが自信を持つことで、子どもたちは自信ができて恥ずかしくなくな
ったと思う」と言っていました。また、「大学生がスペイン語ができない子、あるい
は恥ずかしがる子をうまくサポートしてくれている。それがとてもいいと思う」と言
ってくださっています。
1人ダウン症の子が参加しています。その子は発表が嫌なんですけれども、だんだ
ん回を重ねるうちに、「自分も発表する」と言って出てきてくれます。発表は大学生
が付き添って、その子が小さな声でつぶやくことを大きな声で言い直してくれたり、
本当に温かくサポートしてくれています。
そして、「スペイン語についてはどう思う?」と聞いたところ、「まず話す力がす
ごく伸びた。聞く力も伸びていると思う。ほんのちょっとだけど書く力も伸びたと思
うよ」って言っていました。それを聞いていた日系ペルー人大学院生は、「そのまま
にしておけば消えてしまうスペイン語が、こういうことがあれば何とかして保持でき
ていくきっかけになるんじゃないかと思う」と言っていました。
教室のスタイルについて、お母様たちは「自分の言葉で話したくなったのがわかる。
子どもたちが自分の言葉で、自分の言いたいことを言うようになっているのがわかる。
発表はチャンス、子どもたちが自分をアピールできるチャンスだと思う」と言ってく
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ださいました。「こういう形でやっているから、子どもたちは飽きないよね。最初は
“行きたくない”とか、“つまんない”と言っていたけれど、今は その子が“行きた
いよ、早く行こう。おもしろいから早く行こう”って言うようになったんですよ」 と
言ってくださいました。
そして、教師役のお2人が出されたこれからの課題ですが、「読む力を伸ばすこと
がすごく大事だ。そのためには家庭の理解を得なければいけない。だから、ほかの保
護者をいかにここへ巻き込むか、また読むことがすごく大事だということ、スペイン
語で読むことが大事だということをどのように家庭に伝えていくか、それが課題だと
思う」とおっしゃっています。
私が感じている課題は、行き当たりばったりみたいな感じで今回は やってきていま
すが、教室として何か1つの方向性を持ったカリキュラムを作るということはとても
大事だと思います。私たちがいつまでも関わることはできませんし、やはり保護者が
自分たち自身でこの教室を運営していくことが存続させる一番の鍵だと思いますので、
そういった形をどうやって作るかということも課題だと思っています。
また、こうした取り組みが地域にあるということをどのように発信していくかとい
うところを考えていきたいと思いました。この点についてですが、先日、私どもの大
学でこの教室に関わっている教員が、教育委員会の国際 教室担当者のための研修会の
講師をいたしました。大学内でその研修会が開かれたんですが、そのときに「師匠」
と 呼 ば れ て い た 子 ど も に 来 て も ら っ て 、 DLA の イ ン フ ォ ー マ ン ト に な っ て も ら い ま
した。
そうしたところ、最後にその子が「スペイン語で本をたくさん読みたいんだけど、
本がないんだよね」と言ったんです。それを聞いていた教育委員会の主事の方が「あ
あいう発言を聞いて僕はものすごく反省しました。 “本が大事です”と国際教室の先
生方が要望を出してくだされば、スペイン語の本を買う予算がとれるから、ぜひ要望
を出してください」とまでおっしゃったんです。本当にすごいことだと思いました。
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これから私たちの市の小中学校に、もしかするとスペイン語の本棚というものができ
るかもしれません。
ただ、日本で子どもに適したスペイン語の本を買うのは結構難しいんです。特にペ
ルーで流通している本を買うことは非常に難しいと思います。「その壁をどう乗り越
えるかをまず考えなければいけない」と教育委員会の先生もおっしゃっていましたし、
私たちもそう思っています。
私たちが継承語教室をやっている、そして学校の先生方がスペイン語を保持するこ
との大切さを理解してくださる、という今は別々の動きなんですが、これが何らかの
形でつながればもっともっと地域の母語保持あるいは継承語を育てていくということ
についての環境が進んでいくと思います。私はすごいことだなと思ってとても期待を
しているところです。
今日はここに子どもたちがつくった成果物を持ってきています。これがさっき申し
上げた「生活マップ」です。第1回目にやった「人間マップ」というアクティビティ
がありますが、皆さん「人間マップ」はご存じでしょうか。
では、ちょっとやってみたいと思います。まず、ここを神戸市だとしましょう。そ
うすると北ってどっちですか?あっち。南がこっちということは、西はあっち、こっ
ちが東ですね。皆さんが生まれたところはどこでしょうか?ここが神戸市です。神戸
市との距離と位置関係を考えてどうぞそこに立ってください。はい、どうぞ。どうぞ
協力してください。生まれたとこはどこ?ありがとうございます。この方たちは神戸
市生まれですか?
○参加者
○河北祐子氏
はい。東灘区。
ありがとうございます。現在、私たちは今神戸市に集まっている
んですが、神戸市生まれの方はたった4人。ではそっちの隅はどこ生まれですか。
○参加者
○河北祐子氏
高知県。
高知県。お隣は。
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○参加者
尼崎です。
○参加者
東京です。
○河北祐子氏
○参加者
○河北祐子氏
○参加者
○河北祐子氏
東京、お仲間。こっちの隅にいらっしゃる方は。
北海道です。
北海道、お気の毒です。こんな暑いところに。そのお隣は。
京都です。
京都ですか。じゃでもそんな遠くじゃなくてもよかったですね。
北海道そこですから。ありがとうございます。こちらは。
○参加者
○河北祐子氏
○参加者
○河北祐子氏
中国です。
中国、はるばる。お隣は。
島根です。
そうでしたね。中国と島根ですね、結構近いですねやっぱり。そ
ちらは。
○参加者
○河北祐子氏
○参加者
○河北祐子氏
○参加者
○河北祐子氏
○参加者
○河北祐子氏
○参加者
○河北祐子氏
姫路です。
姫路。
加古川です。
加古川、姫路。こちらは。
淡路島。
淡路島、淡路島もう1人いました。というような感じですね。
外にいらっしゃる方もおられます。
どこですか。
南米のパラグアイです。
本当にまあ、はるばる。
で は で す ね 、 こ れ が 15 歳 の と き ど こ に い ま し た か ? ち ょ っ と 動 き ま し た ね 。 15 歳
に な る と 大 分 神 戸 に 近 く な っ て き た 感 じ 。 で は 、 20 歳 の と き は ど こ で す か 、 20 歳 。
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大学生ですよ。はい、ありがとうございます。じゃどうぞ、おかけください。
この「人間マップ」というアクティビティは、人が一生のうちにいかに移動するか
ということを、目で確認することができるものなんです。これを継承語教室でやった
ときにどうだったかと言うと、秦野にいたのは私ともう1人だけでした。私は東京生
まれですが、関東圏で自分の周りにいた人は本当に2人ぐらい。ではみんながどこに
いたかというと、南米ペルーに山のように人が集まったわけです。それで秦野で生ま
れた子どもたちも、ペルーの固まりを見て目を丸くしていました。
そ の 後 、 10 歳 、 そ れ か ら 大 学 生 も い た の で 20 歳 と い う よ う な と こ で や め ま し た が 、
非常におもしろかったです。いかに継承語教室で南米ペルーの存在感があるかという
ことを意識できました。ふだん、子どもたちはペルーのことをすごく遠い存在だと思
っているんです。秦野が世界なんですよ。東京のこともあんまり意識していませんか
ら。そんな中でいかに人が移動するか、自分のお父さん、お母さんたちがあんな遠く
からここまで来ているということも、あるいは自分の友達でもそこから来ている友達
がいるとかということを感じたように思います。これが「人間マップ」です。そんな
ふうにして、第1回目を始めました。
次に、皆さんのところに紙がありますね、白紙のA4の紙。これを私がするように
4つに折ってください。まず、このように長い辺を二つに折ってください。次に、ま
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た長い辺を二つに折ります。そうすると広げたときに、4つの場所ができていますね。
これは本来、「私の4つの顔」という自己紹介をするための日本語でのアクティビテ
ィです。皆さん、自己紹介するときにはまず自分の名前を言いますよね。ですから、
左上のマスの中に大きく自分の名前を書いてみてください。継承語教室では「スペイ
ン語の名前も書いていいよ。日本語でもどっちでもいいよ。とにかく自分の名前書い
て」と言いました。
その下に、住んでいるところを書いてもらいました。市内の何々町ということを書
いてもらいました。このときは特にスペイン語とか、日本語とか何も言っていません。
右の上の四角の中には、好きなものを書いてもらいました。何でもいいんです。好
きなもの右の上の四角の中、好きなものです。
そして最後に、好きな色の名前を入れてもらいました。それからグループに分かれ
て、スペイン語ができる子もお母さんも大学生もみんなまじって座って、自己紹介
「私の4つの顔」をスペイン語で言う練習をしました。
ス ペ イ ン 語 で 「 私 の 名 前 は ~ で す 」 を 、 「 Me llamo ~.( メ ジ ャ モ ~ ) 」 と い う そ
う で す 。 私 は 祐 子 で す か ら 、 「 Me llamo Yuko.( メ ジ ャ モ ユ ウ コ ) 」 と い う よ う に
練習しました。子どもたちはもうそこで既にスペイン語を書き始めていました。
次 に 、 住 ん で い る と こ ろ は 、 「 Vivo en ~( ビ ー ボ エ ン ~ ) 」 。 私 は 吉 祥 寺 に 住
ん で い ま す の で 、 「 Vivo en Kichijoji.」 。
次 が 、 私 は 犬 が 好 き な の で 、 「 Me gusta perro.( メ グ ス タ ペ ロ ) 」 と 言 い ま し た 。
そ う す る と み ん な が 私 の 「 perro( ペ ロ ) 」 を 聞 く と 笑 う ん で す よ 。 何 で お か し い の
かわからないんですけど、何かおかしいらしい。何がおかしいんですか?
○参加者
髪 の 毛 も 「 pelo ( ペ ロ ) 」 な の で 。 「 perro ( ペ ロ ) 」 が 「 犬 」 で 、
「 pelo( ペ ロ ) 」 が 「 髪 の 毛 」 だ か ら …
○河北祐子氏
そうなんですか。巻き舌にしろという意味?そ ういう経験もしま
し た け ど 、 「 Me( メ ) 」 が 「 私 」 、 「 gusta( グ ス タ ) 」 が 「 好 き 」 と い う こ と ら し
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い で す 。 そ の 後 、 自 分 の 好 き な 色 を 「 rojo ( ロ ホ ) 」 だ と か 、 「 naranja ( ナ ラ ン
ハ)」だとか、覚えました。いろいろな色を書いて、その紙を持って前へ出て、今の
ように発表しました。
そこで色の名前が入ったわけです。これは次のときにも最初にやりました 。その次
に、ビデオにも出てきましたが、「幸せなら手をたたこう」をスペイン語で歌詞を作
って、みんなで毎週最初に歌うようにしています。その歌詞に動詞が確か5つ入って
い る ん で す 。 最 初 が 「 Reir ( レ イ ー ル ) 」 で 「 笑 う 」 、 次 が 「 Estudiar ( エ ス ト ゥ デ
ィ ア ー ル ) 」 で 「 勉 強 す る 」 、 そ の 次 が 「 Besar( ベ サ ー ル ) 」 で 「 キ ス す る 」 。 そ
のときにはペルー風に、「うんうん」って抱き合って、ほっぺたをつけて「うん」っ
て音を立てるんです。私はおばさんなので、子どもに飛びついて抱きしめますと、子
どもはすごく引くんですね。で、もうやらなくしましたけど。
そ れ か ら 次 が 「 Bailar ( バ イ ラ ー ル ) 」 、 「 踊 る 」 で す ね 。 「 Bailar 」 の と き に は 、
大 学 生 た ち は 本 当 に 上 手 に 体 を 動 か し ま す 。 あ と 、 「 ジ ャ ン プ す る 」 の 「 Saltar( サ
ル タ ー ル ) 」 。 「 幸 せ な ら ジ ャ ン プ し よ う 」 と い う の が 最 後 で 、 み ん な で 「 Saltar」
跳 び ま す 。 「 Reir 」 の と き は 「 ハ ハ ハ 」 っ て 笑 う ん で す ね 、 「 Estudiar 」 の と き に は
なぜか、「シュシュシュシュシュ」って書くまねをします。勉強しましょうというよ
うに。こんなふうにして楽しみながら、私でもかなりスペイン語が入ってきました。
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最後の「生活マップ」ですが、これも、やってみましょう。今の紙の裏をあけてく
ださい。これは日本語活動でも使えるんですが、それをちょっと私たちの継承語教 室
風に改編しています。
ま ず 、 真 ん 中 に 「 YO( ジ ョ ) 」 、 「 私 」 と 書 い て 、 丸 を つ け て く だ さ い 。 「 YO」
って書くと「私」だそうです。その周りに自分が日常行く場所を書きます。それはス
ペイン語教室なのでグループになってお互いにインタビューというか、教えてもらい
合 い な が ら 自 分 が 行 く 場 所 を 書 く わ け で す 。 「 colegio ( コ レ ヒ オ ) 」 、 「 学 校 」 だ
と か 、 「 super-mercado ( ス ー ペ ル メ ル カ ー ド ) 」 、 「 ス ー パ ー マ ー ケ ッ ト 」 だ と か 、
「 parque ( パ ル ケ ) 」 、 「 公 園 」 だ と か 、 「 biblioteca ( ビ ブ リ オ テ カ ) 」 、 「 図 書
館 」 と か 。 「 universidad ( ウ ニ ベ ル シ ダ ッ ド ) 」 は 「 大 学 」 で し ょ 。 そ れ か ら 、
「 retaurante( レ ス ト ラ ン テ ) 」 、 「 レ ス ト ラ ン 」 、 あ と 「 banco( バ ン コ ) 」 、 「 銀
行 」 と か 、 も ち ろ ん 「 mi casa( ミ カ サ ) 」 、 「 私 の 家 」 と い う の も 出 て き ま す し 、
「 piscina( ピ ッ シ ー ナ ) 」 、 「 プ ー ル 」 な ん て い う の は 、 子 ど も た ち 大 好 き で す ね 。
そういうふうな言葉が出てきてそれを周りにいっぱい書くわけです。
そ こ で 、 「 lugar ( ル ガ ー ル ) 」 、 自 分 の 必 要 な 「 場 所 」 の 名 前 が 入 り ま す 。 次 に 、
「一番好きなところに赤い色を塗って」と言いました。そうすると、最初の日にやっ
た 色 の 名 前 の 復 習 が で き る ん で す 。 「 primero ( プ リ メ ロ ) 」 、 「 一 番 」 が 赤 で 、
「 じ ゃ 、 2 番 に は 青 い 色 を 塗 っ て 」 と 言 う と 、 「 2 番 」 が 「 segundo ( セ グ ン ド ) 」
で 、 「 青 」 が 「 azul( ア ズ ー ル ) 」 。 「 3 番 は 、 「 緑 」 、 「 verde( ベ ル デ ) 」 を 塗 っ
て 」 と い う よ う な こ と で や り ま し た 。 こ の 紙 を 前 へ 持 っ て 出 て き て 、 「 primero 」 、
「 mi casa」 な ん て や っ た わ け で す 。
次の週には、もう一回これを書いて、そして今度は、理由を言う練習をしました。
「 Porque puedo reir.( ポ ル ケ プ エ ド レ イ ー ル ) 」 と か ね 。 「 Porque( ポ ル ケ ) 」 は
「 な ぜ 」 で し ょ 、 「 puedo( プ エ ド ) 」 が 「 で き る 」 な ん で す 。 「 で き る か ら 」 と い
う こ と で す よ ね 。 「 reir( レ イ ー ル ) 」 は 最 初 の 「 幸 せ な ら 手 を た た こ う 」 の 中 に 出
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て き た 「 笑 う 」 な の で 。 「 Me gusta( メ グ ス タ ) 」 は 最 初 に 出 ま し た ね 。 「 Me gusta
mi casa porque puedo reir.( メ グ ス タ ミ カ サ ポ ル ケ プ エ ド レ イ ー ル ) 」 と い う よ
うな発表をしたわけです。
これによって、子どもたちはつづりをきちっとするということを学びましたし、み
んなの前でスペイン語を話す。私たちもスペイン語ができたつもりになるという効果
がありました。
こんなふうに、教室をやってきております。先にいろいろな反省を申し上げたので、
順序が逆だったかもしれませんが、私たちの実践の報告は以上です。
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